TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
南北に長い日本列島の気候は多様だ。そして自衛隊の輸送系装備は全国共通なのだが、地域性に対応した装備・車両も存在する。降雪・積雪地域では雪上での確実な移動・輸送手段の保有と運用が必須だからだ。
陸上自衛隊では北海道や東北の部隊に雪上車を配備し、厳寒期の積雪の多い時期の輸送任務などで多用している。現在の主力装備は78式雪上車とその後継機である10式雪上車だ。
78式雪上車は、1978年(昭和53年)に制式化、陸自の雪上車としては2代目にあたる。初代は1960年(昭和35年)に採用された60式雪上車だ。このほか、61式雪上車や小型雪上車というものがあったようだが、採用数はごく少数で、60式と78式が主流といえる。そして78式が旧態化したことを受けて2010年に登場したのが10式だ。大きく3つの代替わりを経ており、時代性や状況に合わせて更新されているのは自衛隊装備のなかでは珍しいことのように感じる。
雪上車は積雪地での走行や除雪された道路の走行が可能なものだ。各種の装備品や補給品などの積載と輸送、牽引などに使われる。冬季にスキーを履いた普通科(歩兵)部隊の隊員の曳航や、その普通科が使う各種の物資や火器・弾薬の輸送、拠点間の連絡、偵察活動などにも使われる。冬の雪国での活動には不可欠の存在というわけだ。
78式雪上車は基本的に簡素なメカニズムだといえる。ハイテク装備といったものはない。いすゞ製ディーゼルエンジンを積み、約170馬力で左右の履帯(キャタピラ)を動かし、車体後部の空間で人や物を運ぶ。シンプルなメカだ。
信頼性は高い。エンジンは、ひどく冷え込んだ朝でも一発始動するというし、脚周りも日本の雪に対応し、耐寒性と耐久性を向上させるための工夫が施された造り込みがある。
注目点はまず履帯だ。戦車などの金属製履帯ではなく、ゴムを主要素材とする幅広の履帯を装着する。履帯表面には箱形形状のスタッドが履帯横幅いっぱいに設置され、これが雪面を噛み込むことでグリップして進む。このゴム製履帯は氷点下30℃でも硬化することはなく、また、夏季の日差しに晒されたのちの冬季でもそのまま使用できるというから耐候性も高いことがわかる。
履帯内側の駆動輪と転輪はともにゴム製タイヤだ。戦車の金属製転輪と違いゴム転輪はばね下重量の軽量化に寄与する。雪上車は高速性より走破性に重きを置いた設計だから軽量さは都合がいい。整備性も高く、転輪交換時の作業性は良いという。走破性と耐寒性、耐久性、整備性を重視している。
操縦は転把(てんぱ)という左右2本の操縦桿を前後に操作する方式。操舵は左に行くなら左の操縦桿を手前に引く、右に行くなら右を引く。制動時は2本を引く。両手で操作しながら5速マニュアルシフトの操作も行なうので忙しい。操縦全般に様々なコツがあり、自在に動かすにはかなりの習熟が必要だという。
誰もが操縦しやすいわけでない78式の難点を改良したのが10式だ。4速AT化され、車体もコンパクトになった。小回りも利くようになり、ウインドウも大型化され視界も広くなった。被輸送性も向上し、長距離移動時に78式は大型トレーラーに積載する必要があり、そのぶん手間がかかった。一方の10式は73式大型トラックに積載可能なサイズになり、長距離移動の手間が軽減された。
78式や10式雪上車は人や物を運び、つまりは高機動車やトラックのような使われ方をされていることになる。だから必要なときに必ず使えるよう信頼性や耐久性が求められる。製造は雪上車のトップメーカーである大原鉄工所。同社は南極観測に用いる雪上車などを造り続ける国内唯一のメーカーで、信頼性はすこぶる高い。
一方、軽雪上車とは、いわゆるスノーモービルだ。一般のソレとほぼ同様の装備で、ヤマハの市販車をベースに陸自側の要求に合わせて小改造を施し、後部に大型キャリアを装着してある。キャリアにはスキーや背囊(はいのう、バックパックのこと)、燃料タンク、スコップなどを積載する。二人乗り仕様のロングシートに大型キャリアという車体構成だ。
エンジン始動に関して、旧型はヒモを引っ張るリコイルスターター方式だったが、新型はセルモーターを装備し始動性が向上した。加えてバックギヤも装備されているという。
軽雪上車は偵察用途で活躍する。つまり偵察オートバイの雪上版ということだ。雪上車と同じく、主に北海道や東北北部の部隊に配備されている。
軽雪上車とスキーの能力を見たのは、青森県弘前市に置かれた第39普通科連隊を冬に取材した時のことだった。駐屯地近傍の演習場の山の峠をいくつも走破する訓練とスキー競技会である。普通科部隊はスキーを履き、筆者は徒歩で部隊に随伴する。スキーができないからだ。そして要所で先回りしてスキーで登ってくる部隊を撮影することにした。
装備品のクロカンスキー、いわゆる歩くスキーを履いた普通科はとても速かった。89式小銃を背負い、スキーはザッザッと雪を噛んで急斜面を登る。なかには「アキオ」と呼ぶボート型のソリを牽引して走る猛者もいる。この、ソリを意味する言葉・アキオとはフィンランド語だそうだ。これに物資などを載せて人力で牽引する。競技会なのでほぼ空荷だが大型ソリゆえにそれなりの重量がある。重さ以上に、かさばるものを身体に結びつけて引っ張るのは走りにくいはずだが、担当者は淡々と登ってくる。部隊は一定速で確実に前進している。そして徒歩の筆者はあっという間に取り残された。コースをショートカットして先回りするなどという目論見は開始直後に崩れた。
シンガリで登ってきた地元出身の広報班長はスキーのベテランで、隊員たちよりも速く登る。ゼェゼェと息を上げスタックしている筆者を抜き去りざま津軽弁で『大丈夫が?』と聞き、振り向きざまニヤリとする。とても悔しい。スキーのできる人を羨ましく思い、自分の脚力体力のなさを痛感した。そして寒さに震え膝を激しく笑わせながら、青森の郷土部隊・39連隊の能力の一端を体感し、彼らをとても頼もしく思った。
結局、最後尾から追い上げてきた安全管理役の軽雪上車にお世話になった。その快速ぶりに驚く。これはまさに雪上バイクだ。全備重量約370㎏の重量級車体を滑る雪面で操る隊員の技量に感銘を受ける。有事の偵察、相手に接近して必要な状況にはこの重車体を倒して盾にし、小銃で応戦するという。これも偵察バイク同様のテクニックと運用だ。
雪国には雪国に対応した機動力や防衛装備が必要で、雪上車やスノーモービルの軽雪上車は充分にその能力を発揮していることを体感し理解したのである。