TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
陸自のKLX250はノーマル車両にいくつかの変更点が加えられている。まず、エンジンガードを兼ねた大型バンパーとヘッドライトガード・大型リヤキャリアを装着。車体後部左右には架台を設け、右側には無線機を搭載できるようにしてある。車体色はOD(オリーブドラブと呼ばれる濃緑色)に変更、カウリング類やフレーム、スイングアームなども塗装してある。さらに自衛隊車両に必要な灯火類を追加し、ハンドルに灯火管制用スイッチを装着。これら以外は基本的にノーマルで、エンジンや脚周りに変更はなく市販車と同じだ。
KLX250が導入されたのは2001年頃から。もう20年も継続導入している。だからベース車のマイナーチェンジなどにともない各年式のKLXが随時導入されることになり、初期型から現行型(最終型?)までが見られる状況だ。しかし、エンジン始動方式がキックペダル式の初期モデルは損耗分の更新などで交代、現在はほぼ姿を消していると思われる。
ここで少し余談。
KLX以前の偵察用オートバイは、ホンダ・XLR250Rだった。XLRもまた長年使われ、陸自の偵察バイクといえばXLRというイメージが定着していた方も多いはず。XLRはオフロードバイクの名車で、エンデューロレーサーXRの血筋を持つものだ。ロングセラー車でもあった。
XLRは派手さはないがシンプルな構成で耐久性や整備性に優れた。山奥でトラブルに見舞われても自分で応急処置を施して帰る、そんな生還性と言えるような素地を持っていた。そうした性能を重要視していると昔のホンダXLR開発チームは言っていた。これは石で叩いて直して帰るような話なのだが、オフ車には大事な素地だと思う。
実際に頑丈で使い易いXLRは街乗りやツーリング、レースなどに幅広く使えた。こうした素地性能の高さは、酷使されることが前提の陸自偵察バイクにも最適なものだった。
しかし時代は新排ガス規制へ移行する。そしてこれを当初からクリアする世代のKLXに陸自は切り替えた。こうした陸自バイクのホンダからカワサキへの変更は筆者には興味深い出来事だった。
1980年代後半から90年代にかけてのエンデューロレース界では2サイクルエンジンを積むカワサキKDXが急進、席巻していた。一方で長距離レースでは4サイクルエンジンのホンダXR/XLRが秀でていた。そこへカワサキはKDXの軽量車体にKLRベースの4サイクルエンジンを積んだKLXを開発、投入する。
すると、XR/XLRの牙城だった長距離レースにKLXは切り込み、各地の表彰台をものにし、市販車販売の版図も攻め取っていった。つまりXLRとKLXはライバルとなったのである。こうしたエンデューロレース界と市販車界でのライバル関係を、陸自バイクのホンダからカワサキへの変更に映してみたとき、非常に面白く、バイク業界の潮目の変化を感じるものだった。
話を戻します。
陸上自衛隊においての偵察用オートバイとは汎用性の高さが特徴だ。その用途は、戦闘時の偵察や斥候、部隊間の伝令、拠点間の連絡業務などがある。また災害時には初動を担い、被災状況の偵察や状況把握に即応する。二輪車の軽量さや高機動性、使用性の良さを生かしてマルチに使われ、用途は広い。
実際の偵察行動では、相手から銃撃される場合も当然考えられる。だから偵察バイクを駆る偵察隊や普通科などの情報小隊の隊員は89式小銃を携えて走行する。
攻撃された場合、身をかがめて射撃・反撃を行なう。一方で立ち乗りしたままの射撃も行なう。事後、バイクを倒し車体下部を相手に向け盾にして攻撃を避けながら反撃する。状況を把握したのち、車体の片側ステップに身をかがめ、身体を隠しながら離脱する。こうした防弾板も装甲もないオートバイを利用した戦闘方法を編み出している。
しかし立ち乗り射撃や車体片側に隠れながらの離脱方法を実戦で本当に使うのか疑問だ。これらの派手な走行は、踏み切り板を使ったジャンプとともに駐屯地祭での式典用ライディングなのだろうと思う。来場者に見せるには派手なアクションの方が二輪車運用の理解を促しやすいという判断ではないか。
実際の偵察バイクの行動はもっと地味で隠密裏にスローで行なわれるものか、あるいは逆にバイクの機動性や速度を活かして一気に接近し、所用の目的を果たせば速やかに離脱するスピーディな方法か、あるいは前者と後者の混成か。本当の実戦想定の偵察バイクの運用を筆者はまだ見たことがない。
そもそも偵察にオートバイを使うのは世界的に見ると珍しいものになる。米軍では偵察や斥候に使う機械力は4輪のATVの場合が多いように思う。諸外国軍で見ても、オートバイを使うなら基地間の連絡業務など後方での任務、後方支援・ロジスティクス(兵站、へいたん)での運用に限られているはず。陸自偵察バイクのように最前線のさらに向こうへ進む活動は稀有なものだ。
実戦想定の偵察バイクの運用を知るヒントは防災訓練にある。南西諸島で行なわれた防災訓練での偵察バイクの動きは次のとおりだった。
初動を担う偵察バイクはヘリコプターや船舶、ゴムボートなどで被災地直近へ急速輸送された。このほか、もちろん自力走行でも被災地へ入る。静かに走行開始し、被災状況を無線で後方の司令部へ伝達する。同時に要救助者の発見と救助を行ない、そして救助主力である本隊の誘導なども実施する。
つまり部隊の耳目となりながら、先発救助者としても機能するものだ。そのときの偵察バイクの隊員のライディングは、スロー走行しながら地形を踏破しつつ、倒壊家屋に目を光らせ要救助者の発見に努めるものだった。その「走り」は極めて静かで滑らかだ。駐屯地祭で見せるジャンプや片側ステップ走行などの派手な動きは行なわないし、その必要もない。これを見ると、実戦下での偵察バイクの運用とはやはり地味で隠密裏に走るものなのだろうと思う。
偵察員の走行技術は高く、白バイ警官のそれに比肩するものと思われるが、警察交通機動隊の技術と比較するのはあまり意味がないかもしれない。同時に、過酷で高度な偵察走行をスムースに行なえるのは、KLXという新世代のオートバイが導入され続けている要素が大きいとも思う。