TEXT:安藤 眞(ANDO Makoto)
トヨタから新型MIRAIが発売となった。どこか“特殊車両感”が漂っていた初代に較べると、普通のプレミアムセダンとして通用する佇まいとなり、「これなら売れそうだな」という印象を持った。
そこで、自分が買うことを想定し、近隣に水素ステーションがあるかどうか調べてみたのだが、最寄りのステーションまでは、南に約16km。渋滞が常態化しているエリアを通るため、所要時間は1時間弱かかる。また、北方向にはそれと似たような距離に水素ステーションがあるが、東はもっと遠く、西は非現実的なほど遠い。これではいくらクルマが良くても、とても買う気にはならない。
以前から言われていることとはいえ、水素ステーションが増えなければ、燃料電池車(FCV)は普及しないし、FCVの数が増えなければ、水素ステーションも採算が合わず、数が増えない。それに対してトヨタは、商用車をFC化して水素の流通量を増やすなどの取り組みを行なっているが、僕はFCVのプラグイン・ハイブリッド(PHV)化が普及の後押しをするのではないかと思っている。
実は先日、MIRAIのチーフエンジニアを務められている田中義和さんと、この件についてディスカッションする機会があったのだが、かつてプリウスPHVの主査も務められた田中さんの意見は否定的だった。「PHV化すると日常走行を電気だけで賄えるから、水素の需要は増えない。電池のコストがかかるし、水素搭載量が減って航続距離が短くなってしまう」というのが、その論旨だ。
当該ディスカッションは、新型MIRAI取材時の余談として行なわれたもので、すぐに時間切れとなってしまい、あまり深い話はできなかったが、この場を借りて、いち自動車ユーザーの目線から見た意見を述べさせてもらいたい。
確かに、すでに販売されているFCPHVのメルセデス・ベンツGLC F-CELLは、新型MIRAIより約350万円高いし、水素だけで走れる距離は336kmと、新型MIRAIの半分に満たない。数値を見れば、田中さんのおっしゃる通りだ。
しかし、水素ステーションへのアクセスが僕と同じ程度に悪ければ、その段階で「新型MIRAIを購入する」という選択肢はなくなる。水素の消費量が増える可能性はゼロだ。
一方でGLC F-CELLのように、家庭の充電で41km走れれば、「普段は家庭充電で走り、遠出をする際には、多少回り道になっても水素ステーションに寄ればいい」という使いかたができるから、購入する可能性はゼロではなくなる。すなわち、日常走行を電気で賄われたとしても、水素の消費量が増える可能性はゼロではなくなる。ならば、FCVのPHV化には意味が出てくるのではないか。
「でも336kmしか走れないのでは……」という見方もあるかもしれないが、それはFCVのメリットの自己否定と言うこともできる。水素は約3分で満充填できるのだし、300kmも走る間に1度ぐらいは休憩するはずで、その際に満充填にすれば、電気自動車のような煩わしさは覚えないはずだ(問題はタイミング良く水素ステーションがあるかどうかだが)。
という目で新型MIRAIのパッケージングを眺めれば、“フロアトンネルの中に搭載している水素タンクをリチウムイオン電池に置き換える”、というアイデアが出てくる。トンネル内のタンク容量は全体の約45%だから、これがなくなっても水素走行可能距離は約460km。東京からなら、名古屋や新潟、仙台ぐらいまでチャージせずに行ける。問題は、ここにどの程度の電池を積めるかということだが、10kWhぐらい積めれば40kmぐらいは走れるはずで、「何とかなるんじゃないか?」という気がして来ないだろうか?
トヨタの集めた豊富なデータを元に、PHVもFCVも長く研究されている田中さんの意見を否定するつもりは毛頭ないが、いち自動車ユーザーの感覚からすると、「MIRAIのPHV版があったら、手を出しやすいのになぁ」と思うのが、正直なところだ。