TEXT &PHOTO◎伊倉道男(IKURA Michio)
図書室。あの独特な匂いを覚えているだろうか?
入り口の貸し出しカウンターは国境のようで、少し入りづらかったものだ。高い渓谷のように連なる棚に、整然と並べられた本は、多くの子供たちが手に取ったからだろう。傷んでいた。
僕を冒険の旅に誘ったジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」、マーク・トウェインの「トムソーヤの冒険」、ダニエル・デフォーの「ロビンソンクルーソー」。
そんな図書室の一角に、大きなスペースを取り、とても小学校低学年では引き出せない書籍があった。地図である。興味本位で引き出して床に広げてみても、生活圏が狭く知識が乏しい僕には、自分の住んでいる地域を探し出すことすら難しく、早々に畳んで元の位置に戻した記憶がある。
成長にともない、行動範囲は広がり、公共の交通機関を使って遠方まで買い物に出かけたり、旅行したり。バイクに乗るようになるとロードマップを手に入れた。たとえ冬籠りの部屋でもロードマップを開けば、旅へのウキウキ感が味わえた。
もう10年以上前になるだろうか、あの図書室で出会った大きくて重い地図を集めてみようと思ったことがある。古書店を巡り、「まずは東京の地図から集め始めて、各主要都市を書庫に並べていこう!」としたのだが、2冊ほど手に入れた所で価格が高騰、数万円にもなってしまったため、残念ながら東京版の昭和37年と昭和44年版の2冊で収集は終りとなった。
その地図をたまに広げてみるのだが、水路や橋など、江戸の名残もわかりやすく、現都庁舎がどんな所に建てられたのかなど、以前の痕跡も知ることができる。当然、昭和37年度版には、まだ首都高速は載ってはいない。
紙の地図は都市の成長や衰退を知る上で、デジタルを上回る。年代ごとに手元に置けば、即座にその時代へタイムスリップもできる。
江東区にある旧中川から舟を出せば、北十間川を経由して東京スカイツリーへ。また小名木川を西へ向かえば扇橋閘門を通過して隅田川へ。隅田川を南下して右手の神田川に入ると、江戸城を中心に渦を巻くように水路がある。この水路によって、山の物資、海の幸を効率よく運んでいた江戸は、世界最大の都市となった要因のひとつだ。地図からはさまざまなことが浮かび上がってくるのである。
フォトグラファーの視点からすると、カヌーなどの動力源のない舟は撮影向きとも言える。ゆっくりと水路を進んで行くと、被写体を見逃すことが少ない。また、めんどうくさがって「この撮影ポイントは撮らずに次へ行こう」ということもない。スピードの出る移動手段は点と点の移動となってしまうのだが、徒歩の散歩が線の移動となるように、ゆっくりとしたカヌーの舟旅は、次から次へと発見がある。
日本各地に水路を利用した都は数多く存在しているので、流れが少なくのんびりした運河や水路の旅は、多くの場所で楽しめるはずだ。
水路の横には散歩道も多く、何人もの人が声を掛けてくれる。
「あら素敵な舟、木なんですね!」
「かなり速いね!」
「私も乗りたいわ!」
そんな人達と挨拶をしながら舟を進めるのも、舟の小旅行の楽しみのひとつだ。
さて、ランチだ。江戸と言えば蕎麦、寿司、天ぷら。どれもアウトドアには少し厄介だ。しかも今回は舟だ。さて、どうしよう。