プレミアムネイキッドであるブルターレ800の派生モデルとして、2015年に「ブルターレ800ドラッグスターRR」が登場。2018年のモデルチェンジを機に車名をドラッグスター800RRへと改めた。今回試乗したのは、MVアグスタが順次導入を進めているSCS(スマートクラッチシステム)を採用した2020年モデルで、クラッチレバーは存在するものの、操作は基本的に不要。標準仕様との差額13万2000円分の価値をチェックした。




REPORT●大屋雄一(OYA Yuichi)


PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)


問い合わせ●MVアグスタジャパン(https://www.mv-agusta.jp/)


取材協力●MVアグスタ東京

MVアグスタ・ドラッグスター800RR SCS……2,574,000円

ドラッグスターと言えばヤマハのクルーザーシリーズを思い浮かべる人が多いと思われるが、ヤマハがDragStarなのに対し、MVアグスタはDRADSTERとスペルが異なる。なお、標準仕様のドラッグスター800RRは2,442,000円だ。

車体色は写真のナイトグレー×ソーラービーム×メタリックカーボンブラックのほかに、アイスパールホワイト×ネオングリーン×メタリックカーボンブラックを用意する。
ブラックにゴールドの差し色という、日本では悪趣味になりがちな組み合わせをここまでスマートにまとめるセンスはさすがイタリアンメーカーだ。

非常に珍しい逆回転クランク採用の798cc水冷並列3気筒エンジンを、ALS鋼管トレリスフレームに搭載するプレミアムネイキッドがブルターレ800RR。その派生モデルに位置付けられるのがドラッグスター800RRだ。タンクやシュラウドなど主要な外装パーツは両モデルに共通するが、シートレールを含むテールデザインやハンドルバー、バックミラー、フロントフェンダーなどが異なっている。さらに、リヤタイヤがブルターレ800RRの180/55ZR17に対し、2サイズもワイドな200/50ZR17を採用。付け加えると、ドラッグスター800にはいくつかのバリエーションモデルが存在するが、今回試乗した800RR SCS(標準仕様の800RRを含む)は前後ともチューブレスのワイヤースポークホイールを選択しているのが特徴だ。

マスが集中している様子がデザインからも分かる。車重は168kg(乾燥)を公称。
コンパクトなテールデザインと極太リヤタイヤとのコントラストが美しい。
ハンドルとシートとの距離は近いのだが、バーの絞り角が浅いため、それによって軽度な前傾姿勢となる。ニーグリップエリアは非常にスリムで、下半身のフィット感は優秀だ。
シート高はブルターレ800RRの830mmよりも15mm高い845mmで、身長175cmの筆者でも両かかとがわずかに浮く。このように腰高ではあるものの、車重が軽いので停車時の恐怖感はなし。
この中にSCSが組み込まれている。標準仕様とのシステムの重量差はわずか36gだ。

まずはSCSについて簡単に説明しよう。マニュアルミッション車でありながらクラッチレバーの操作を不要とする機構としては、ホンダのDCT(デュアルクラッチトランスミッション)や、ヤマハのYCC-S(ヤマハチップコントロールドシフトシステム)などが挙げられる。これらに対して、MVアグスタはアメリカのアフターパーツメーカー、リクルス社のシンプルなオートクラッチキットを採用する。クラッチ機構そのものは一般的なMT車と同様で、フリクションディスクの1枚が遠心力によって拡幅するEXPディスクとなっているのが最大の特徴だ。




このアフターパーツを組み込むにあたり、MVアグスタはECUのセッティングを入念に最適化。さらに従来からあるオートシフター(EAS 2.1アシストギヤチェンジパワーシフターシステム)を組み合わせることで、発進時から走行中、そして停止に至るまで左手の操作を不要としたのだ。そして、DCTやYCC-Sと決定的に異なるのは、クラッチレバーが存在すること。高回転域でミートするなど必要に応じて操作できるため、ライダーの楽しみを全て奪わないあたりにMVアグスタの哲学が見え隠れする。

798ccから140hp(141.9ps)/12,300rpmを発揮する水冷並列3気筒エンジンは、ヤマハやトライアンフの直3とは全く趣きを異にする。最高出力はヤマハのMT-09が845ccで116ps/11,000rpm、トライアンフのストリートトリプルRSは765ccで123ps/11,750rpmであることから、同じ直3でもドラッグスター800RR SCSがいかに高回転高出力型かが分かるだろう。




ライディングモードはスロットルレスポンスの良い順にスポーツ、ノーマル、レインとなり、このほかにトラクションコントロールやABSの介入度を任意に設定できるカスタムを用意する。まずはエンジンを始動し、クラッチを握らずにローへシフトすると、まるで4輪のAT車のようなクリープ現象が発生する。SCS特有のものであり、ブレーキをしっかり作動させておく必要がある。そこからブレーキをリリースし、スロットルをゆっくりと開けると、驚くほどスムーズに発進する。完全にクラッチミートするのは2,000rpm付近だろうか。スタートはもちろん、Uターンのような小回りの際でもギクシャクしたりエンストするような気配は皆無。このイージーさには正直驚いた。




エンジン自体のフィーリングも実に良い。6,000rpm付近を境にパワーフィールとエキゾーストノートが、まるで全盛期の2ストレーサーレプリカのように切り替わり、特に排気音はレーシングサウンドと表現できるほどに官能的だ。1速なら60km/h前後であり、それ以下の回転域では粒立った鼓動感が楽しめる。ちなみに、最高出力や最大トルクなど同スペックのエンジンを搭載するブルターレ800RRでクローズドコースを走ったことがあるのだが、10,000rpmを超えてからさらに盛り上がる加速感とサウンドは鳥肌モノだ。




そして、オートシフターのセッティングも素晴らしい。2,000~3,000rpmあたりでポンポンとシフトアップしてもスムーズにつながり、ライダーがクラッチレバーでサポートしたくなるような症状は皆無。SCSとオートシフターのタッグは最強と言っていい。

そして、エンジンと同等かそれ以上に感心したのがハンドリングだ。ドラッグレースをイメージしたモデルなのでそれを想起させる車名とし、リヤタイヤも極太サイズをチョイスしているのだが、とにかくフロントからの回頭性はスーパースポーツ顔負けだ。スロットルのオンオフやブレーキングで発生する車体のスムーズなピッチングと、それによって伝わるマスの集中感は、バランスのいいエンデューロマシンやモタード車のそれに近く、全てがライダーの手の内にあるような感覚を抱くほど。極太タイヤにありがちなロール方向の粘りや重さもほぼ感じられず、また旋回中にギャップを拾ってもステアリングダンパーのおかげですぐに収束してくれる。絞り角の少ないハンドルは、おそらく自然とフロント荷重を増やすための工夫だろう。ブレーキは前後ともコントローラブルで、ここにも官能的なフィーリングがある。




リクルス社のオートクラッチキットは、エンデューロモデル用で約14万円。ドラッグスター800RR SCSはこれを最初から組み込んでいるほか、ECUも合わせて最適化。さらに、ギヤを入れた状態でも押し引きできてしまうことから、パーキングブレーキに相当するシステムまで導入している。そう考えると、標準仕様との差額13万2000円はほぼ原価と言っても良く、ドラッグスター800RRを買うなら積極的にSCSをお薦めしたい。

ホイールとは逆方向に回転するクランクシャフトや、4本のバルブをわずかに放射状に配置するラジアルバルブなどを採用する798ccの水冷並列3気筒エンジン。ライディングモードは4種類あり、トラクションコントロールは8段階に調整可能だ。クラッチカバーの下方に見えるのがパーキングブレーキ用のペダルで、踏み込むと作動し、リヤブレーキペダルを踏むと解除される。
EAS 2.1アシスト・ギアチェンジパワーシフターシステムと、SCS 2.0スマートクラッチシステムにより、クラッチレバー操作不要のイージーライドを実現。
フロントブレーキはφ320mmフローティングディスクとブレンボ製対向式4ピストンキャリパー、ニッシン製マスターシリンダーの組み合わせ。
φ43mm倒立式フロントフォークはマルゾッキ製で、インナーチューブは何とアルミだ。ストローク量は125mm。フルアジャスタブル式で、右が伸び側、左が圧側減衰力を担当。
アルミ製の片持ち式スイングアームを採用。リヤブレーキはφ220mmソリッドディスクとブレンボ製対向式2ピストンキャリパーのセット。
ザックス製のリヤショックもフルアジャスタブルだが、装着状態でダブルナットが回せないことから、取扱説明書では伸縮両減衰力調整のみに触れている。ホイールトラベル量は124mmだ。
前後ともワイヤースポークホイールを採用。リムサイズはフロントが3.50×17、リヤが6.00×17だ。標準装着タイヤやピレリのディアブロ・ロッソⅡ。
パイプオルガンを彷彿させる右3本出しの美しいサイレンサー。奏でられるエキゾーストノートは官能的だ。
モノクロ液晶のコンパクトなメーターパネル。視認性は良好だ。
トップブリッジの上にプレートを設置し、そこから左右のハンドルが伸びるという個性的なコックピット。絞り角が調整できそうな機構となっているが、それについて取扱説明書では触れられていない。
灯火類はロービームがH11B、ハイビームがH3のハロゲン球で、それ以外はLEDだ。
タンデムシートとテールランプの間にある空間がグラブバーとなっており、シートレールが外装デザインの一部を担っている。
格納式のタンデムステップ。折り畳むとシートレールに沿うようにデザインされている。
シート下にあるのはABSユニットのみで、徹底してマスの集中化が図られたことが伝わってくる。その前方には狭いながらもグローブボックスを設ける。

ドラッグスター800RR SCS 主要諸元

エンジン形式:4ストローク DOHC 12バルブ 3気筒 12バルブ


総排気量:798cc


圧縮比:13.3:1


始動方法:エレクトリック


ボア×ストローク:79.0mm×54.3mm


最高出力:103kW(140hp)/12,300rpm


最大トルク:87Nm(8.87kgm)/10,100rpm


エンジンマネージメント:


 MVICS イグニッションシステム(MOTOR &VEHICLE INTEGRATED CONTROL SYSTEM)


 4モード(ノーマル・スポーツ・レイン・カスタム)


 8段階調節トラクションコントロールシステム


 EAS(クイックシフター アップ・ダウン)


ミッション:6速


クラッチ:湿式多板クラッチ




全長×全幅:2,035mm×935mm


ホイールベース:1,400mm


シート高:845mm


最低地上高:135mm


タンク容量:16.5L


車両重量:168kg(乾燥重量)




フレーム:スチールパイプ ・トレリスフレーム


スイングアーム:アルミニウム ・シングルサイドスイングアーム


フロントサスペンション:MARZOCCHI φ43mm 倒立フォーク


リヤサスペンション:プログレッシブ シングルショック


ブレーキキャリパー(前/後):brembo 4ピストン ラジアルマウント/brembo 2ピストン


ブレーキディスク(前/後):φ320mmフローティング ダブル/φ220mmシングル




ホイール(前/後):スポーク3.50″×17″ /6.00″×17″


タイヤ(前/後):120/70-17 / 200/50-17
情報提供元: MotorFan
記事名:「 クラッチ操作不要。なのに、クラッチレバーを装備!|MVアグスタ・ドラッグスター800RR SCS試乗