重量:約14.5tの車体を100km/hで走らせるエンジンは6気筒ディーゼル。オーストラリア製の「輸送防護車」に迫ってみる。
TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
今回は陸上自衛隊の「輸送防護車」ですが、筆者はまずこの名称に引っ掛かる。一見わかるような、よく読むと逆にわからないような、不思議な名前をつけられている。結論から書けば、輸送する人員を守る車両という意味だ。ようするに、強固なプロテクト構造と機能を持った装甲人員輸送車両というもの。外国製で、陸自の現在保有数はたった8両。それが中央即応連隊に配備された。筆者は2016年の自衛隊観閲式で見て以来、見かけない。とくに隠されているわけではないが、いまのところ『出番』がないので、いきおい希少車両である。
輸送防護車はオーストラリア製だ。メーカーはタレス・オーストラリア社。現地では「ブッシュマスター」と呼ばれる。車体は頑丈な構造で、窓は防弾ガラスが嵌められている。運転席や助手席にドアはなく、乗員の乗降は後部ハッチを使う。つまり開閉する部分はほぼ後部ハッチだけで、これは車体の剛性を高める理由からだと思われる。
最大の特徴は前後タイヤ間の車体下部がV字形状であること。これは地雷や路肩爆弾、IED(即席爆発装置、簡易爆弾)などの爆発・攻撃を受けた場合に、爆風を車体下から横(外側)へ逃がす仕組みになっている点だ。車体構成はフレームとモノコックボディの組み合わせ。車首に置かれたエンジンブロックやプロペラシャフト、デフまでカバーされているか、これら主要部分がボディ構造物に内蔵されているようにも見える。とにかくこれでV字形状の耐爆構造体を成しているわけだ。実際に爆発物に触雷し被害を受けた場合、ボディは頑強で乗員は守られる。しかしおそらくタイヤ・ホイールはドライブシャフトごと吹き飛び、走行不能になる。その場でスタックするが、乗員の生存性は大きいというものだ。
本車を導入するきっかけは2013年のアルジェリア人質事件だった。同年1月16日、アルジェリア・イナメナスにある天然ガス精製プラントをイスラム系武装集団が襲撃し、日本人10名が犠牲になったテロ事件があった。本件を機に在外邦人の安全確保が緊急課題となり、その後の法改正で、自衛隊が在外邦人を地上輸送することを可能とした。その任務を行なうための装備として本車は導入されたわけだ。外国で災禍にある日本人の救出作戦を、この先の現実問題として置いたことになる。
本車は人員輸送目的で製造されており自衛のための火器は軽機関銃程度の火力のみとなる。装甲も7.62㎜小銃弾を防ぐことができる程度の能力だというし、RPGなどのいわゆる対戦車火器の直撃には耐えられないという。車体上に上半身を乗り出し、自衛火器で防戦する隊員を守るものは折り畳み式のワイヤーカッターのみで、防弾版などは取り付けられていない。豪州陸軍などが採用した車両にはRWS(遠隔操作式の無人砲塔システム)を搭載するものもあるが、陸自輸送防護車にはそのオプションはない。だから本車単独で人質救出作戦は行なえず、なんらかの武装援護車や戦闘車両が必要になるはず。戦闘ヘリなどの航空支援の必要も考えられる。
そもそもこの救出チームを海外派遣・輸送する手段やその兵站、相手国との調整など、課題は山積で、前方部隊や後方支援部隊は各々大世帯となり……と、こういう想定と準備、アルジェリア事件を契機に将来の類似事案に対する法制面も含めた備えが現在の日本政府に本当にあるのかは甚だ疑わしいと思う。法改正はしたが実態は自衛隊に丸投げではないのかと、現在のコロナ禍の政府対応を見るにつけ訝しい。ともあれ、現場の自衛隊は準備だけはしておくことにしたわけだ。
結局、輸送防護車は最前線での運用は想定せず、後方地域での人員輸送を目的としたようだ。本車は輸送機で空輸され、事態発生地域の救出対象者救助に向かう。救出後は速やかに安全地帯まで輸送する。これが本車の役割となる。本車は2016年、中央即応連隊に8両が配備された。同年10月に行なわれた自衛隊観閲式では国際派遣部隊として行進した。