Interviewer◎鈴木慎一(SUZUKI Shin-ichi)
出足好調! だが、そもそもなぜジュークではなくキックスだったのか?
MF:日産は長い間、ジュークがあって(2010-2019年)、2019年9月に欧州でジュークがフルモデルチェンジしたのに、「日本はキックスだ!」となって皆さん若干戸惑ったと思うんです。山本さんはこのクルマを任されていて、日産社内で、どんな戦略を立てられていたんですか?
山本:もともと私が参画する前に、ジュークかキックスかは、いろいろ議論がありました。いまの日本市場を見ると、やっぱりジュークではちょっと足りないところがどうしても出てきているので、最後は「キックス」という判断になりました。いまのコンパクトSUVのセグメントは、乗っていて楽しいし運転して楽しい。でも、それだけではなくて積載性の要求が非常に高くなってきています。欧州の新型ジュークを持ってくると積載性としては日本で少し受け入れられづらいなと考えました。初代ジュークは、デザイン面で高い評価をいただいて、ある意味このセグメントの基盤を作ったクルマです。クラスのリーダーとして君臨してきたのですが、日本でこれから長く売っていこうとすると、どうしても居住性とか家族で楽しく乗るっていうところが若干弱いところがありました。そこをちゃんとカバーしたクルマということでキックスでいこうを決めました。
MF:山本さんは現行の新しいジュークには全然関わっていらっしゃらない?
山本:はい。初代ジュークはちょっとやっていました。
MF:先ほど、ジュークは日本でもヒットしたけれど、後席とか荷室とかを考えるとより多くの人に買ってもらおうと思ったらちょっと足りないね、と。要するに、ジュークはかつてクーペを買っていたような人が乗るクルマ、昔だったらシルビアとかに乗っていた人がかっこいいから買うみたいな感じでしょうか。だけど、いま一番競争が激しいキックスが属するBセグSUVっていうのはそうじゃない、もうちょっとひと昔でいうと一番メインストリームのハッチバックのような……。
山本:そうですね、5ドアハッチバッククラスですね。
MF:そこがいま、みんなSUVに変わっていて、買い物から旅行から全部それでカバーするクルマになっています。基本的には都会で足クルマとして使うけれど、ちょっとオフロードへ行ってみたい気持ちもある。デートにも使うクルマです。
山本:そうです。私の個人的な話になるんですが、私の父は、ジュークが出たときにすぐに買ってくれたんです。でも、1年くらいで「狭くてだめだ」と特に荷物が積めないし、乗っていても窮屈だと言って、売っちゃったんです。そういう経験もあったので、やっぱり家族の皆さんに乗ってもらうにはジュークはふさわしいクルマではないなぁと前から思っていたので、キックスという方針は非常にウェルカムでしたね。
MF:じゃあキックスをやってね、と言われた時は、「よし!」っていう感じだったんですか?
山本:そうですね、はい。
MF:でもe-POWERを載せなきゃいけないし、プロパイロットもやれって言われるし……大変でしたね。
山本:それぞれが既存の技術ではあるのですが、やっぱりSUVにe-POWERを載せるのは初めての経験でしたし、プロパイロットもタイで作るのも含めてSUVに載せるのにかなり苦労しました。
開発のベンチマークはヴェゼルだった
MF:先日、ヤリスクロスの試乗会でも、トヨタの開発者が「このカテゴリーはジュークから始まった」とおっしゃっていました。ジュークのあとに、フォロワーとしてルノー・キャプチャー、プジョー2008が出てきて、あっという間に、とくに欧州でこのカテゴリーができ上がりました。僕らも日本でもデビューしたとき、びっくりしました。「まさかコンセプトカーの格好のまま出るとは思わなかった。こんな奇抜な格好のクルマが売れるわけない」と思ったけれど、結果的にすごく売れました。ジュークは国内でもある一定以上の知名度があったと思うんです。それを捨ててキックスというのは、外野から見ると相当思い切ったなぁと思いました。キックスって日本では誰も聞いたことがなかった名前ですから。
山本:2016年にキックスは、初めてブラジルに出しました。その後、ブラジルでもいろんな国でも、すごく高い好評をいただいています。デザインもそうですし、とくに乗り心地とか、積載性も含めた総合的な評価がとても高かったので、「これは絶対日本でも受け入れられる」とみんながひとつの方向へ向いて「キックスでいこう」となりました。ただ、2016年に出したものをそのまま日本に出してもおそらく新鮮味もないので、日産の得意なe-POWERを積んで、しっかり開発していこうとなりました。
山本:そこは本当に絶対に負けないくらいのものができています。
MF:僕らは長距離を走って取材ということが頻繁にあるのですが、普通は高速道路に乗る機会ってそうでもないんですよね。
山本:はいそうですね。街中で使う方が絶対に多いですし、だからといって100km/hで走るとうるさいわけじゃない。多少燃費的には不利になってきますが、そこは普通のICEのクルマと変わらないレベルですし、非常に気持ちよく高速道路も走ります。
MF:キックスは北米南米だとエンジンは1.6ℓNAです。当然e-POWERはないわけですよね。元々北米はジュークだったのをキックスにしたんですよね。
山本:そうですね。
MF:それは先ほどおっしゃっていたような理由ですか?
山本:そうです。このクラスは北米では小さい、積載性がちょっと足りないということでジュークからキックスへ換えていったのです。
MF:ノートといったらe-POWERじゃないですか。日産社内でも恐る恐るだしたらこんなに当たった、だったと思うんです。それが2016年。キックスが実際にデビューしたときですよ。そのときに、日本でe-POWER出したらすごく売れてるよ、と。それから2017年とか18年にキックスにも載せようぜって開発が始まったと想像します。2018年だとしたら2年くらいしか時間がない。ある意味ゼロからクルマを造ってe-POWER載せるほうが楽なんじゃないかと思うんですけど。逆に時間が余計にかかるのではと思うんですが。そういうものですか?
山本:うーん(考え込んで)ただ、そこは逆にキックスの部品が世界にあるので、最初はいろんな部品を集めてまずe-POWERをキックスに載せてみて、試作車を作ってどういう運転性になるか評価しました。それはかなり早いタイミングでできたので助かりました。ノートから出力を上げたパワートレーンを作って試作車に載っけたんですけど、かなり変な挙動をしてしまいました出力は上がったんですが車両はついてこないとかですね。そういう苦労はしましたが、部品がいろいろあったのと、タイで新規に作れるということあったので、自由に発想できて、逆に短く開発ができました。
MF:タイでゼロから作れるのが大きかったみたいですね。
山本:そうですね。たとえばブラジルとかメキシコにある既存のラインに入れようとすると、両方(コンベとe-POWER)成立させないといけないですよね。どうしても共用だとかなり時間がかかり制約を受けるのですが、今回は新しくラインを引き直したのでそういう点は自由にできました。
(後編へ続く)
日産キックス X(FF)
全長×全幅×全高:4290mm×1760mm×1610mm
ホイールベース:2620mm
車重:1350kg
サスペンション:Fストラット式 Rトーションビーム式
エンジン形式:直列3気筒DOHC
エンジン型式:HR12DE
排気量:1198cc
ボア×ストローク:78.0mm×83.6mm
圧縮比:12.0
最高出力:82ps(60kW)/6000rpm
最大トルク:103Nm/3600-5200rpm
過給機:×
燃料供給:PFI
使用燃料:レギュラー
燃料タンク容量:41ℓ
モーター:EM57型交流同期モーター
定格出力:95ps(70kW)
最高出力:129ps(95kW)/4000-8992rpm
最大トルク260Nm/500-3008rpm
最終減速比:7.388
バッテリー容量:1.47kWh
駆動方式:FF
WLTCモード燃費:21.6km/ℓ
市街地モード26.8km/ℓ
郊外モード20.2km/ℓ
高速道路モード20.8km/ℓ
車両価格○279万9900円