衝突安全性能を満たすためにボディが大きくなってしまったNC型マツダ・ロードスター。しかしその後退をものともせず重量増を最小限に抑えたエンジニアリングが光る。


STORY:國政久郎(KUNIMASA Hisao) TEXT:松田勇治(MATSUDA Yuji)

今回とりあげるロードスターは、量販メーカーであるマツダの製品である。マツダは初代コスモスポーツに始まり、専用プラットフォームによるスポーツカーを作り続けてきた歴史を持つメーカーだ。ただし、量販メーカーの製品である以上、スポーツカーといえども、さまざまな社内基準に適合する必要がある。




量販メーカーの社内基準は、幅広いユーザー層から「不満を持たれにくい」ためのものになりがちだ。しかし、スポーツカーが趣味商品や嗜好品なのだとしたら、社内基準はそれに相反する方向性の要求ということになる。もちろん、各部の耐久性などに関する基準はすべてのユーザーにメリットをもたらすはずだが、難しいのは功罪相半ばするケースだ。




たとえば乗り心地に関する基準は、ターゲットユーザーの幅を広げる代わりに、操縦性安定性に妥協を強いられるかもしれない。視界確保基準は、ほとんどのユーザーにメリットをもたらす半面で、スタイリング面に制約が出てしまうかもしれない。いずれもスポーツカーにとって重要なアピールポイントであるだけに、商品性のみならず、存在意義そのものにさえ関わってくる話である。

さらに言うなら、コスト面や生産設備などの面でも、量販メーカーならではの制約がある。だからといって、市場はそんな事情を斟酌してくれはしないから、性能面は専業メーカー製品と同等以上を目指さなければならない。そんな条件下でのスポーツカー開発は、相当な苦労をともなう作業だろう。そして、マツダの中には代々、そのような役割を引き受ける人物がいたというわけだ。




NC系ロードスターは、よく「RX-8とプラットフォームを共用化した」と言われるが、ロードスターの開発陣いわく、「基本構成や形状は同じでも、すべての部品は新規に設計した。共通するのはサスペンションメンバーの取り付け位置程度」ということになる。今回、あらためて細部を見渡してみると、記憶に頼っての範囲でも、たしかにRX-8とは異なる部分が数多く確認できた。




伝え聞くところでは、「プラットフォーム共用」は、開発の承認を受けるための方便として用いられていた言葉が一人歩きしてしまったようだ。昨今の市場動向を考えると、ロードスターやRX-8程度の販売台数で専用プラットフォームを起こすことは、実質的に無理。ならば、共用化によって開発コスト(この場合は、おもに設計上の工数)を低減するとして承認を取り付ける。実際、エンジンコンパートメントやサイドメンバーなどは可能な限り応用可能に、また製造工程でも性能面に直接影響しない部分は共用化できるように設計するが、その程度は量販メーカーとしては当然の話。そして性能に関わる部分は新規部品を起こしていく......といった流れだったようだ。量販メーカーの中でのスポーツカー開発の苦労がしのばれるエピソードである。

「人馬一体感」実現のために重要なのは、データには現れない「ねじれの中心」を抑え込むことだという。ブレースバーなどの性能向上構造は、そのポイントとなる部分を確実に潰していくために配されている。

RHTはルーフ収納の都合上、ソフトトップよりリヤデッキ開口部が拡大する。その上でボディ剛性を低下させないため、ルーフ開口部に補強ブラケットを設け、リヤデッキ前面の板厚を増すとともに、ボディ左右を閉断面でつなぐ構造を採用。

そして市販にこぎつけたNC型ロードスターは、衝突安全性能向上のためにサイズアップしながら、車重は1120kg(ソフトトップ)に留めることに成功した。サイズと排気量を考えれば、今日的には十分にライトウエイトと称していいレベルだと思う。




感心させられるのは、ボディ剛性感の高さだ。「リトラクタブル・ハードトップ」と銘打つ、電動開閉式メタルトップを装備したモデルに試乗したが、クローズド状態ではもちろん、オープン状態でも非常に高い剛性感を確保できており、脚周りの動きを観察していても、微小ストロークから確実に作動する、ボディ剛性が高いクルマならではの挙動が確認できる。実際に剛性を高めるための努力に加えて、軽量化にこだわった成果でもある。




個人的な嗜好で言うなら、RHTであってももう少しストロークに節度があっていいと思える。また、ステアリングを中立位置から切り始めていくあたりの感触と実際のクルマの動きにズレがあること、さらに電制スロットルのせいで、右足の動きとエンジンのレスポンスに常にズレが感じられる点は改善してほしい。リニアリティこそはスポーツカーの命脈。素性は確実に良いのだから、もう一歩踏み込んだチューニングに期待したいところだ。

フロントサスペンション

ロードスターは初代から前後輪ともダブルウィッシュボーン式を採用してきた。3代目NC系のフロントは、基本をRX-8と同じくするもの。アッパーアームをアルミ製とした上でアーム長を大きく取ったレイアウトで、動的なジオメトリー変化のコントロールの面で有利な配置だ。また、車体側ピボットには、内部に金属製のスリーブを持つストッパークリアランスゼロ構造のブッシュを採用し、タイヤの前後方向の動きを抑制している。面からの刺激を効果的に緩和することを実現した。ダンパーはピストン径45mmのガス封入式モノチューブタイプを採用。上位グレードではビルシュタイン製を標準装着する。




ダンパーはガス封入式モノチューブタイプ。ソフトトップモデルとRHTモデルではセットアップが大きく異なり、RHTモデルは思い切って乗り心地優先の方向に振られている。試乗したRSグレードにはビルシュタイン製のダンパーが装着されていたが、ビルシュタインとしては思い切って「軟らかい」方向のセットアップで、そのせいかモノチューブにありがちな反発感は少ない。




アッパーアームはアルミ鍛造製。ダブルウィッシュボーンのお手本のような、きれいなA字型を描く。ロワーアームはアルミ溶湯鍛造製で、アッパーアーム同様、教科書通りのΓ字型。アンチロールバーリンクのピボットも備える。タイロッドは前方から見て、ロワーアームとほぼ平行の位置に設定。まさに教科書通りのレイアウトで、バンプステアの影響を最小限に抑えている。前後スパンの長さも確保されている。パワーステアリングは油圧式。




クロスメンバーはスチール・プレス+溶接構造。マツダが得意とする、スチールのプレス成形品を溶接で組み立てる構成、昔ながらの無骨な手法ではあるが、局部的に板厚を変えて剛性を向上させるといったことが容易に行なえ、また設計しだいでは重量面でもメリットのある構造だ。ロードスターの場合も、アッパーアームマウント部分などに剛性確保のための試みが取り入れられている。マウント箇所は8点。

リヤサスペンション

リヤも基本構造はRX-8と同じ、5リンク構成のマルチリンク式。各リンクの長さを最大限に確保しつつ、コンプライアンスコントロールを狙ったレイアウトである。ただし、「スプリングやダンパーの反力が常にリンクに伝わること」という目的そのものに疑問がある。常にテンションがかかっている状態ということは、不感帯をゼロにするということであり、そこから一方向へテンションがかかっていくのと同時に、反対側には倍の不感帯が生じるということでもある。この構成のためにリヤのトーが長周期で常に変化するような動きが生じ、直進性などに影響を与えてしまっている。




ダンパーはガス封入式モノチューブタイプ。ロワー側ピボットはハブキャリアに直留めし、レバー比を1:1としている。コイルスプリングは床下配置として、ダンパーロッドに対する横力を軽減させ、フリクションを低減して作動性を向上させている。




ラテラルリンクロワーはリンク長529mmを確保。ハブキャリアはアルミ鍛造製で、すべてのリンクのピボットを備える、リヤサスペンションシステムの中核。剛性確保と軽量化のせめぎ合いがそのままカタチに現れている印象。




クロスメンバーはフロント同様にスチール・プレス+溶接構造。基本構造はRX-8に準じているが、後席がなくなったことによる負担重量の低減、また要求されるNVH性能基準の違いなどから、細部の形状、マウント方法などを変更。軽量化により貢献できる構造に変更されている。ボディ側マウントについては、RX-8ではラバーブッシュを介してマウントされているが、後席が存在しない分、NVH性能基準が緩和されるロードスターはリジッドマウント化を断行し、ダイレクト感を向上させている。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 サスペンション・ウォッチング | マツダ・ロードスター(NC型)味付けの面には疑問もあるが素性の良さは明確に現れている