STORY:國政久郎(KUNIMASA Hisao) TEXT:松田勇治(MATSUDA Yuji)
ボクスターというクルマのそもそもの商品企画は、「比較的手軽に味わえる“いま”のポルシェの技術のお試し版」といったところにあるのだと考える。911はもはや「様式美」の世界であり、リヤエンジン+後輪駆動のレイアウトを変更するわけにはいかない。メインの市場である北米での要求や、今日的なクラッシュ・セーフティ要件を考えると、サイズも小さくできない。そのような制約なしに、今日的な「ポルシェ」を表現するとしたら、どのような可能性があるのか? さまざまな世情から車体サイズこそ大型化しているものの、ラインアップの中に占めるポジションとしては、かつての914、944といった位置といえばわかりやすいだろうか。
ある意味「入門版」としては、価格面でも911よりはっきり下に設定しておく必要がある。そのためにはなるべくシンプルな構造として、新規専用部品の数も抑えながら仕立てなければならない。その現れのひとつが、前後ストラットという、簡素な構成のサスペンションだろう。
構造的に特別な工夫のしようもなく、力を受けるポイントも限られてくるから、もともと想定する限界性能は、さほど高いところに設定していないだろう。911の場合は、サーキットの限界走行で弱点をあぶり出されることをあらかじめ考慮し、それに対応できるだけの能力を持たせておく必要もあるだろう。対してボクスターの場合、おそらく限界性能は最初からさほど高いところに設定されてはいない。その代わりに、日常領域からしっかり楽しめ、気持ちよく走れる、という意味でのスポーツ性を担当することが、基本的な役割のはずだ。
デビュー当初に試乗したボクスターは、たしかにそういうキャラクターだった。ライトウエイトとは言えないが、手ごろな大きさのオープンボディでランナバウト的に小気味良く走りながら、随所に感じるポルシェらしさも楽しめる、という印象だった。
今回試乗したクルマも、高い剛性感がありながら滑らかさもしっかり実感できる、ステアフィールやブレーキタッチなど、ポルシェ特有の感触は明確に感じられた。しかし、キレの良さや軽快な走り、車全体の動きのまとまりといった点で、いまひとつ腑に落ちない印象が残ってしまった。
クルマ全体をチェックしながら気付いたのが、タイヤのサイズだ。デビュー当初に乗ったクルマは、17インチの「そこそこ」のタイヤを履いていた。しかし今回の試乗車は、18インチで比較的スポーツ指向の濃い銘柄を装着していた。セットアップそのものはバランスが取れているのだが、それでも端々に感じられるタイヤの主張の強さが、常にかすかな違和感を抱かせているようだ。
念のため明言しておくが、全体の完成度はかなりのレベルに達している。しかし、その完成度の高さゆえ、逆にほんのわずかな齟齬が前面に押し出されてしまうのだから、クルマ作りとはつくづく難しいものだ。
フロントサスペンション全体の構成を観察すると、キングピン・インクリネイションが大きい設定の影響によって、微小舵角で車高が変わりやすい傾向が感じられる。特に速い舵を入れた時は、ロール方向初期の動き出しがやや唐突な印象なので、そのあたりの領域ではやや丁寧にハンドルを操作する必要があるだろう。構造面では、ロワーアームの短さも少々気になるところ。この構成では、極力動かさない(ストロークを動的に減らす)方向にセットアップせざるを得ないのだが、実際の味付けと、最終的なバランスのまとめ方は「さすが」のレベルに達している。
ロワーアームはアルミ鋳造製。ハブ側マウント部に向けてやや複雑な3D形状で構成。イラストでは表現されていないが、要所にリブを立てての剛性確保と、細部の肉抜きによる軽量化努力が見て取れる。さらにアルミのトレーリングアームを備えているが、フロントにテンションロッド的に使われるのは、昨今では珍しい構成。Aアームを前後で分割したと考えてもいい。
ナックルは、登場からやや年数が経過していることもあり、昨今の欧州車のようにギリギリまで容積を減らした構成ではない。もちろん軽量化努力の痕跡は見て取れるが、むしろストラットゆえ特に横方向の剛性確保を主眼としているように見える。
ステアリングラックケースは、サブフレームとの間にブッシュ類を介さず直付けとなっている。舵の正確さに寄与する設定。一方でタイロッドはロワーアームとの位置関係が決して理想的なものとは言いがたいが、トレーリングアームの存在を考えるといたしかたないところか。
サブフレームはイラストでは鋳物にも見えるが、実際にはリヤと同様、プレス成型を主体とした構造。ややもすると頼りなく見えるが、エンジンやトランスミッションなど、重量が重く振動を生じる部品を支える必要がないことを考えれば、適切な設定なのだろう。
イラストや写真では全体的にそれなりの質感であるように見えるが、実物を目の当たりにすると、はたしてこれで大丈夫なのだろうか?と思わされる構造。特に昨今の欧州車で増えている、鋳物を多用したいかにも頑丈そうなサブフレームやピボット類を見慣れてしまうと、プレス品と板材による構成は、少々心許なく感じられる。逆にいえば、このような構造こそがボクスターというクルマの本来のあり方を示しているのかもしれない。徹底的に無駄を削ぎ落とし、必要最小限の部材と手間で、効率を追求するという、「割り切りの美学」ともいえる姿勢である。
ロワーアームはフロント同様にアルミ鋳造製。アングルの関係で形状が確認しにくいが、左右で同じ物を使っている。さらに、フロント用ともほぼ同じ形状・構造に見える。トレーリングアームもアルミ製。前後に長い部品であること、路面からの入力に加え、パワーパッケージによるシェイク等に耐えなくてはならないため、ここは鍛造品となっている。トーコントロールリンクはかなり高い位置に設定。ミドシップゆえ、リヤのスタビリティレベルを高く確保することを意図した設定と推測できる。アルミ鋳造製。アンチロールバーリンクはストラット直付けで、レバー比は良好。
ナックルは、フロントと同様、容積と強度・剛性のバランスを確保している印象だが、軽量化努力の痕跡はやや強めに見える。
サブフレームは先述のとおりプレス成型のプレート、ロッド、引抜き材、そして鋳物を組み立てた、やや複雑な構造。大きな力を受ける部分のみ強度・剛性を追求し、他の部分はピボットとしての役割を主として構成されている印象だ。