TEXT●渡辺陽一郎(WATANABE Yoichiro)
恥ずかしい話だが、私は過給器を装着しない自然吸気のロータリーエンジン車を運転する経験が乏しかった。仕事でRX-7は頻繁に運転したが、ターボを装着する2/3代目ばかりだ。吹き上がりが良く動力性能も高かったが、ザラザラとした回転感覚は好きになれなかった。
その意味で驚いたのがRX-8だ。自然吸気で回転感覚は抜群に滑らか。ターボをはずしたことで、本来の特徴が明確に表現され「これがロータリーなのか!」と感動した。
今のマツダはロータリーエンジン車を用意していないが、開発は続けている。この背景には「ロータリーエンジンと、それを開発する技術があったから、マツダは生き残れた。ロータリーエンジンの開発はマツダの使命」という想いがある。
ロータリーはコンパクトで軽いから、電気自動車の発電用エンジンに適することもわかるが、やはりあの回転感覚はスポーツカーで味わいたい。小さくて軽いことは、走行安定性と操舵感に与えるメリットも大きく、RX-8はこの点でも優れていた。
一期一会は試乗にも当てはまる。1日だけ付き合ったクルマから、忘れられない感銘を受けることもある。それが三菱ジープだった。メーカーにはジープの広報用車両が用意されず、東京都渋谷区富ケ谷にあった東京三菱(今の東日本三菱)渋谷営業所(4WDランド渋谷)から借用した。
1987年のことで、ソフトトップのボディに直列4気筒2.7Lディーゼルターボを搭載するPJ-53型だ。舗装路では前後方向の揺れが激しく、操舵感は超絶的に鈍い。今のクルマと違ってステアリングの「アソビ」が大きく、カーブを曲がっている時は、常に細かな進路の修正操作を必要とした。
ところが悪路に乗り入れて驚いた。まさに水を得た魚で、舗装路で感じた欠点がすべてメリットに変わった。舗装路で鈍かった操舵感により、悪路では前輪が激しいデコボコも良い具合に受け流す。ステアリングホイールに不要な動きを伝えない。
ボディと足まわりの優れた耐久性も実感され、常に安心して運転できた。前後に揺すられた乗り心地も、悪路では路面状況が分かりやすく、これも安心感を高めた。
シートの硬さは絶妙で、乗り心地が硬めでも不快に感じない。直線基調のボディは四隅の位置が分かりやすく、路面の判断をしやすい。すべてが悪路走行に絞り込んで開発され、1953年のノックダウン生産開始以来、洗練を重ねてきたことに納得させられた。
「これが本当のブランドではないか?」と思った。いつでも変わらない価値を提供して、顧客を絶対に裏切らない。
インパネはすべてアナログで、素朴な造りなのに視認性と操作性が抜群に良い。夜間に灯りを点けると、内外装ともに渋く、独特の生命感が宿った。忘れられない試乗となった。
1980年代に自分で所有したから思い出深い。全長が約3.7mの小さなボディは、車両重量も700kgを少し超える程度だ。後輪駆動だから前後の重量配分も優れ、人馬一体の運転感覚は、その後のロードスターを超えていた。手足のように自由自在に操れる。
東京から横浜にある自宅への帰り道、深夜の横浜ベイブリッジに差し掛かった時だ。左回りの大きなカーブで、右車線から初代テラノを追い抜こうとした。すると左前を走るテラノは、何を思ったのかアウト側(右側)に膨らんで私の進路を塞いだ。そこでブレーキングすると、スターレットの後輪が外側へ横滑りする。この時にフェンダーミラーで、右後部が外側のガードレールに当たらないかを確認しながら、ブレーキ踏力を調節する余裕を持てた。
運転の下手な私にも扱いやすく、事故を避けるという意味では、きわめて安全なクルマであった。ボディ剛性は低く脚周りも簡素で、横滑り防止装置はもちろん4輪ABSもなかったが、仮に挙動が乱れてもスグに収まった。
雨が降る深夜、枝道のない真っ直ぐな道路で、スピンターンに続けてアクセルターンを行なう。クル〜ンと360度回転させる遊びもできた。
安全装備を充実させることはとても大切だが、それによって車両重量が増すと、走行安定性の確保がさらに難しくなる。そこでより高度な安全装備が求められ、ボディはますます重くなってしまう。2代目スターレットは、車両重量と安全について考えさせるクルマであった。
【近況報告】
最近は飲酒をすると翌日の気分が冴えないので、時々ノンアルコールビールを飲む。アサヒドライゼロは旨い。ただしノンアルでも条件反射的に若干酔った気分になる。ノンアルで運転はダメです。