TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
自動車のモノコックボディに使われる冷延鋼板は、衝突時の乗員生存空間確保の目的から引張強度(降伏強度)が求められる。その値が現在は1000MPa(メガパスカル)を超えてGPa(ギガパスカル)のレベルに入ってきた。一方、エンジンの回転系部品に使われる鋼材には、繰り返し力を受けたときの疲労強度や圧縮力をうけたときの座屈強度、それと部材としての硬さが求められる。1mm2当たりの強度レベルで比べると、一般的なボディ鋼板が50~100kgであるのに対しコンロッド用鋼は約70~90kg、クランクシャフト用鋼は約80~120kg、コンロッドをクランクシャフトに留める高強度ボルトは約100~170kgである。さらに駆動系に使われる軸受用鋼では最大で約400kgが求められる。薄板には薄板の、回転系部品用には回転系部品用の、それぞれに応じたキャラクターがある。
ヴィッカース硬さ
(HV)
Vは英・ヴィッカースの頭文字。同社は1828年創業の重工業メーカーであり、2004年までに部門売却を買収によって完全消滅した。19世紀初頭の産業革命の前に生まれた企業で、いくつかの工業基準を生んでいる。HV以外にはHB(ブリネル)、HRC(ロックウェル)、HS(ショア)といった硬さの表記が存在し、それぞれ測定方法が異なる。
S20C+
バナジウムV鋼コンロッド材
コンロッド用鋼は、炭素鋼にバナジウムを添加し、強度を確保している。本鋼種はトヨタ自動車と愛知製鋼の共同開発鋼であり、疲労強度を向上させた例である。
38MnS6
クランクシャフト材
これも愛知製鋼製クランクシャフト材の代表。Mnはマンガンを表す。ちなみに自動車に多用されるS45Cは「0.45%の炭素を含む」という意味で、ステンレス鋼のSUSはスチール・ユース・ステンレスの略。鋼種によって一般呼称は異なる。
上のグラフは素材ごとの硬さを比較したものだ。一般に「硬い」と思われているチタン合金でも300HV程度であり、コンロッド材およびクランクシャフト材とほぼ同等である。チタン合金鋼板をプレス成形する技術は日本で発達し、一時期は世界中のあらゆるチタン製品が日本で成形された。1.2GPa級の薄板を冷間プレスする技術が日本で発達したのも、その流れと言える。ただし、コンロッドやクランクシャフトのような複雑な形状を持った製品を安価に大量生産するには切削加工性が必要であり、現在その限界は320HV程度だ。これ以上硬いと削り加工が極端に難しくなる。その場合は「削りやすくする」ための金属を添加する。
特殊鋼の添加物については下の表を参照していただきたい。まず、基本的な硬さと靭性(しなやかさ)をC(炭素)量で決め、そこにシリコン(Si=ケイ素)、マンガン(Mn)、硫黄(S)の3元素を適宜添加し、酸素(O)量の減らし具合をコントロールするという成分調整が基本だ。鋼種によって異なるがCは0.04~1.5%、Siは0.1~0.4%程度が標準だ。ここに粘りを損なわずに強度・硬度をアップさせるMnを0.4~1.0%、切削性を高めるSを0.04%以下という具合に添加している。
硬度、とくに高温下で強度が欲しい場合はMoを、耐磨耗性を高めサビにくくしたいときはCrを、それぞれ添加する。クロモリ鋼はこの両方が添加されており、セットで使われる場合が多い。また、表面の硬さを増すTi、耐磨耗性と強度の両方に効くVとNiは組み合わせて使われることが多い。それと、ごく少量で効くB。TiとNbは0.1%オーダーで使われることが多いが、Bの添加量はppmである。BそのものはN(窒素)と結合しやすいため、窒化ボロンを形成させると焼き入れ性を高める効果が消えてしまうので、Bよりさらに窒素と結合しやすいTiを入れてそれを防ぐという使い方だ。
世の中にはクロモリ以外にもさまざまな添加物があるということをお伝えしておきたい。