7月3〜5日、レッドブルリンク(オーストリア)で、いよいよ2020シーズンのF1が開幕する。昨年、3勝をあげたホンダが目指すのは、当然シリーズチャンピオンだ。果たして、その勝算は? F1のパワーユニット開発を指揮する浅木泰昭HRD Sakuraセンター長が、メディアを前に抱負を語ってくれた。

勝利で得られる自信が、技術者を育てる。それがF1参戦の意義でもある

ホンダのエース格、アストンマーティンレッドブルレーシング。メルセデス、フェラーリとともに三強を形成する。

レッドブルのドライバー、マックス・フェルスタッペン(右)とアレクサンダー・アルボン(左)。

トロロッソはチーム名を変更、スクーデリアアルファタウリとして2020シーズンを戦う。

アルファタウリのドライバー、ピエール・ガスリー(左)とダニール・クビアト(右)。

今回、メディアのためにオンラインで会見を開いてくれた浅木泰昭さんは、ホンダの四輪モータースポーツの技術開発を行う研究所、HRD Sakuraのセンター長であり、ホンダのF1プロジェクトのLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)も務める。

浅木さんは1981年に本田技術研究所に入社後、F1開発部門に配属。ホンダがウイリアムズやマクラーレンと組んで勝利を欲しいままにした、ホンダF1第二期に携わった。F1から離れた後は、乗用車用V6エンジンや気筒休止エンジン(可変シリンダー)の開発を担当。そして2008年にはN-BOXの開発責任者に就任した。当時、ホンダの軽自動車は鳴かず飛ばず。ホンダは軽自動車の生産から撤退するのでは?と噂されていた時代でもあった。そんな背水の陣の状況で2011年に発売されたN-BOXは、ライバルを凌ぐ室内空間が受け、たちまち大ヒットモデルに。2代目の現行型も、常にベストセラーリストの上位に君臨している。

浅木さんが開発の陣頭指揮をとった初代N-BOX。

そのN-BOXの成功の裏には、浅木さんのF1での勝利体験があった。F1ではゼロから開発がスタートしたにも関わらず、最終的にはフェラーリをはじめとする強豪チームをホンダが圧倒したという自信が、初めて軽自動車開発に臨む浅木さんの背中を後押ししたのだ。ホンダがF1に参戦する意義はそういうところにもある、と浅木さんは語る。世界一になったという自信が、エンジニアを育てるのだ。

2015年の復帰以来、ホンダF1は苦渋を散々味わってきた。参戦が遅れた分、メルセデスやフェラーリになかなか馬力で追いつくことができなかった。浅木さんが携わっていた第二期は、馬力を出すにはとにかく燃料をどれだけ燃やせるか、つまり高回転・高過給化こそが正義であった。しかし、現在のF1のパワーユニットは、レギュレーションで燃料流量が100kg/hと規定されている。その中では、燃焼効率の向上が勝負の決め手となる。そうした技術も、ホンダは一つ一つ蓄積していかなければならなかった。

マクラーレンのパワーユニットサプライヤーとして2015年にF1に復帰したホンダ。しかし、かつての盟友との再タッグは3年で解消。2018年からトロロッソに供給先を変更した。

現代F1のパワーユニットは、燃焼効率の向上が開発の主眼となっている。

F1パワーユニットは1.6ℓV6エンジンのほか、ターボチャージャー、MGU-K、MGU-H、バッテリー(エナジーストア)、インタークーラーなど複雑な構成となっている。

ホンダのスタッフもファンもしばらく忸怩たる思いを抱き続けたが、2019年、ホンダはついに躍進を遂げた。新たにレッドブルにもパワーユニットの供給を開始し、シーズン3勝をあげたのだ。ホンダジェットの技術を導入することでコンプレッサーの効率が向上し、標高の高いサーキットではメルセデスと対等に戦うことができた。ブラジルGPでピエール・ガスリー(トロロッソ)がルイス・ハミルトン(メルセデス)を引き離しながら最終コーナーを立ち上がっていったのは、ホンダの進化を象徴するシーンだ。

2019年ブラジルGPのファイナルラップ。最終コーナーからの全開勝負で、イン側にいたハミルトンの優位を物ともせず、ガスリーは全開勝負で見事にうっちゃり、2位でチェッカーフラッグを受けた。

図は2019年までのものだが、メルセデス、フェラーリとパワーを比較すると、当初の大きな差が少しずつ埋まっているのが分かる。

昨年、高地で勝てた。今年は、すべてのサーキットで真っ向勝負する

2020シーズンの開幕戦が行われるレッドブルリンクは、2019年、ホンダが復帰以来久々の優勝を遂げたげんのいいサーキットでもある。「昨年は、ターボの効率も含めて堂々と戦えたサーキット。メルセデスも問題点を解決してくるだろうが、それでもホンダの優位が残っていてほしい。期待と不安、半々だ」と浅木さん。

本来の開幕戦が行われるはずだった3月のオーストラリアGPには、浅木さんも足を運んでいた。「レースが行われなかったのは残念だったが、あの状況では仕方ない。(新型コロナの陽性者が出た)マクラーレンのスタッフと同じホテルに泊まっていたので、帰国後は2週間自主隔離で家から出られなかった。俺は何をしにオーストラリアに行ったんだろう、というのが感想」と当時の状況を振り返ってくれた。

今回のレースに投入されるパワーユニットは、3月のオーストラリアGPに持ち込んでいたものから若干進化しているようだ。


「2020年は、スペック1、スペック2、スペック3の3種類で戦う予定だった。もともとオーストリアGPにはスペック2を投入予定だったが、ファクトリーがシャットダウンされた影響もあり、『スペック1.1』で戦うことになる」(浅木さん)

オフシーズンの開発時には、得意な高地だけでなく、平地のサーキットでもメルセデスに追いつくことを目標に掲げていた。そしてシーズンを通してメルセデスやフェラーリと真っ向勝負で戦い、最終的にレッドブルとともにホンダがシリーズチャンピオンを獲る。浅木さんは、画面越しにそう明言してくれた。

新型コロナの感染拡大がもたらす影響については、「スポーツも興行も、世界が大打撃を受けている。FIAとしても、脱落するチームが出てこないよう開発コストの低減が話題となる。今後、すべてのチームがレースを継続できる予算枠が決まれば、ホンダもそれに合わせて予算を削減する構えだ。開発予算を効率的に使うことが求められる時代が、想定よりも数年早くきたというイメージを持っている」と、世界経済の状況悪化を懸念する。

新型コロナのため、日本グランプリも中止せざるをえない状況となってしまった。「ホンダは日本の企業なので、日本の皆様に頑張っている姿を見ていただくためにやっているようなもの。非常に残念」と浅木さん。1991年以来の地元優勝を多くのホンダファンが期待していたが、その実現は2021年以降に持ち越しとなってしまった。

22戦が予定されていた2020シーズンだが、コロナ禍によりレースの延期・中止が相次ぎ、現在明らかになっているのは第8戦のスケジュールまで。2021年から施行予定だったレギュレーション改訂も2022年に先送りとなった。

2020年は節目の年。みんなと笑顔で年末を迎えたい

なお、今回のオンライン会見の最後には、開幕レースに備えて渡欧している山本雅史・モータースポーツ部長も飛び入り(?)参加した。




「いよいよ7月からF1が始まる。マクラーレンの3年間は、ホンダが失っていた9年間(=参戦休止期間)を取り戻すいい勉強をさせてもらった。そして昨年はトロロッソ、レッドブルの4台体制となり、フィードバックが増えて開発も加速した。今年は節目の年となる。スタートラインについた時点で『今年は全戦でいい戦いができそうだ』と思えるのは初めてのこと。2月のカタロニアのテストも充実していた。ホンダが一丸となって、ファンの皆様のご期待に応えられるようにチャンピオン争いをして、年末を笑顔で迎えたい」と意気込みを語ってくれた。

1991年以来の王座獲得をホンダが実現できるのか。ファンも関係者も固唾を飲んで見守る2020シーズン。その行方を占う開幕戦は、7月3〜5日、レッドブルリンク(オーストリア)で行われる。

「今年もオールホンダで戦う」と浅木さん。F1で使われている高効率モーターは、市販車のEVやPHEVにも重要となる技術だという。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 ホンダF1パワーユニット開発責任者が断言「今年はシリーズチャンピオンを獲る!」【ホンダF1オンライン会見】