TEXT:瀬在仁志(Hitoshi SEZAI)
ボルボは世界販売6年連続で過去最高を更新し、2019年度に初めて70万台を突破した。日本でも前年比6.8%増・5年連続で販売増を続けるなど、波に乗っている。
勢いのあるメーカーはラインアップを見てもじつにわかりやすく、SUV人気にあやかりしっかりとサイズ拡大させたXCシリーズ、ボルボの中心的モデルでワゴンボディのVシリーズ。Vをベースにしたクロスオーバーモデルのクロスカントリーシリーズの3本柱に、昨年はセダンのSシリーズを復活させた。多角的にしっかりとおいしい路線を固めたうえで、いよいよ本丸のセダン市場に再参入するなど、その勢いはいまだ止まらない。
ドイツの御三家(メルセデス・ベンツ/BMW/アウディ)ががっちりと固めている、ミドルレンジセダンの市場に投入された、スカンジナビア生まれのSシリーズは、主力モデルは2.0ℓ直噴ターボエンジンとFFを組み合わせている。直接のライバルといえばアウディA4あたりだが、そのサイズ感は大きくなったBMW3シリーズや重厚感あるメルセデス・ベンツCクラスに決して引けをとることがない。
実際にS60のボディサイズを見ると全長×全幅×全高で4760×1850×1435mm。ホイールベース:2870mm
のスペックは3シリーズの4715×1825×1440mm、ホイールベース:2850mmをわずかに上回り、Cクラスの4690×1810×1485mm、ホイールベース:2840mmよりひと回りは大きい。
室内に目を向けてみれば左右に伸びのあるデザインや、サイドウインドウが上方に向けて大きく絞り込まれることもなく、開放感がいい。シート自体もたっぷりとして長距離ドライブも疲れが少なく、ひとクラス上の居住空間を実感させてくれる。
そんななか、今回注目したのがエントリーモデルのS60 T4 Momentumだ。2.0ℓターボエンジンはT5と共通。パワーはT5の254psに対して、190psと抑えられてはいるが、主要装備類に関しては本革仕様のシートがオプション設定になる以外は、先進の運転支援システム等を始め装備類の違いはわずか。それでいながら価格は489万円とT5の615万円に対して125万円もお値打ち設定となっている。
つまりパワー差を除けば、上級モデルと変わらぬ機能と快適性に加え、ドイツ御三家よりもひと回り近い大きなボディを手に入れられるのだから、コストパフォーマンスの高さに目を奪われる。パワーと価格の関係で見ても190psのスペックを手に入れようとすると御三家では軽く500万円を超えてしまうし、日本車に目を向けてみても、2.0ℓターボのクラウンが廉価モデルでも469万円で、中心モデルのSで492万円。上級モデルのGで553万円とその差は大きくなる。パワー的には245psあり、T5のゾーンになるものの、T4は日本車の王道路線さえも確実にターゲットにしてしまっている事実に変わりはない。
参考までに、対抗と目される御三家を見てみよう。アウディA4(FF)190ps 588万円/BMW 320i(FR)184ps 530万円/M/B C200アバンギャルド(FR)184ps 613万円だ。
ここまで説明が長くなってしまったのは、お値打ち感があるからばかりではない。
タイヤはT5の18から17インチへと変更されているが、この組み合わせが意外なほどハマっていて、走りの性能バランスに関してはT4の良さが光る。路面からの突き上げ感が緩和された上に、足元の動きにスムーズさが増して、ボディの動きを乱さない。路面からの入力を遅れなく吸収することで、フラット感ある姿勢を保ち続けてくれるのだ。
パワーの大きなFFモデルになると、路面の変化によってフロントタイヤが暴れてしまったり減衰が追いつかなくなったり、ということがあるが、T4は幸いにしてパワーの出方に大きな変化がなく、路面を正確につかみながら加速体制に移ってくれる。また、当然といえば当然なのだが、セダンボディはワゴンに比較してリヤ周りの重さが感じられず、加速時に荷重がリヤ寄りになることが少ないため、フロントの接地性を邪魔しない。
加速体勢や旋回中の姿勢が安定していることは、じつにこのセダンボディに依るところが大きく、これに足元の追従性の良さと、スムーズなパワーフィールが相まって、フラット感ある走りを生み出してくれていた。三位一体の走りが、うれしいことにエントリーモデルにピッタリとフィットしているのだ。ロープロファイルタイヤの採用や、パワースペックが評価基準となって久しく、原点回帰のチャンスはなかなか得られないものの、価格を抑えたことが、思わぬ副産物と新たな価値観を生み出してくれたといえる。
そのうえで、高速やワインディングなどを走ってみると、バランス性能に優れているためかハンドリング的にはサイズ感を感じさせない軽快さがある。接地感の高さから直進時の安定感が落ちついているうえに、操舵に対する反応も良く微少舵角から正確な反応を見せる。むしろもう少しルーズなくらいが重量感を感じられると思うが、ドイツ車との差別化を考えると、ハンドリングの良さを前面に打ち出してくるのは悪くない。これもセダンボディならではの走りの良さで、重厚感はワゴンのVシリーズに譲るといったところだろう。ラインアップの充実が、大胆な味つけに踏み切らせボルボの新しい乗り味を演出している。
操作感全体で見てもステアフィールは正確な動きながらやや軽めだし、ブレーキフィールも硬めで効き始めの反力も大きくはない。感覚的にはドライバーに負担をかけないアメリカ車に乗っているような印象でありながら、走りに関してはドイツ車を念頭に置いたスポーティさを持ち、独自の乗り味を見せてくれている。
インテリアは北欧の清涼感を感じさせるすっきりとしたイメージや、大ぶりなシートなどは、日本車のレクサスにも通じる優等生ぶりな仕上がりを見せるなど、その味わいはなかなか上質。ひと言で言うならば乗り味のすべてが各国メーカーの良いとこ取りをした仕上がりを見せ、多国籍な印象を与えている。走りはドイツ、仕上げは日本車、操作感はアメリカ。まさに、ボルボが世界で販売を伸ばしているのは、こんなところに理由があるのかもしれない。エントリーモデルがその基本性能の奥深さをたまたま教えてくれたと同時に、ボルボのしたたかさを垣間見た気がする。
ドイツ御三家に限らず、日本車もこのようなモデルが出てきてしまうと、競争力に一抹の不安を感じざるを得ない。個人的には価格設定を含めて、このモデルがひとつのベンチマークになっていくと思う。エントリーモデルの試乗は真の実力を見るうえでじつに重要であることを再認識し、今後は市場に近いエントリーモデルの試乗を欠かさず行なっていこうと決めた。そう思うと、ボルボのほかのモデルの試乗がまた楽しみになった。次はまだ日本にきていないS90あたりが待ち遠しい。
【ボルボ S60 T4 MOMENTUM】
全長×全幅×全高:4760mm×1850mm×1435mm
ホイールベース:2870mm
車重:1660kg(試乗車はサンルーフ付のため+20kg)
最低地上高:145mm
サスペンション:
F|ダブルウィッシュボーン式
R|インテグラル式
タイヤ:225/50R17(7.0J×17)
最小回転半径 5.5m
駆動方式:FF
エンジン形式:水冷直列4気筒DOHCターボ
型式:B420
排気量:1968cc
ボア×ストローク:82.0mm×93.2mm
圧縮比:10.8
最高出力:190ps(140kW)/5000rpm
最大トルク:300Nm/1400-4000rpm
燃料供給:
使用燃料:無鉛プレミアム
燃料タンク容量:55ℓ
JC08:12.8km/ℓ
車両本体価格:489万円
試乗車(オプション込)価格:565万4000円
【メーカーオプション】
メタリックペイント 9万2000円
レザーパッケージ 41万円
(本革シート/フロント・シートヒーター/運転席8ウェイパワーシート(運転席ドアミラー連動メモリー機能付)/助手席8ウェイパワーシート/キーレスエントリー(KEY TAGリモコンキー)/ドアハンドル(ボディ同色/グラウンドライト付)
クライメートパッケージ 6万2000円
(ステアリングホイール・ヒーター/リヤシートヒーター/ネットポケット(トンネルコンソール)
チルトアップ機構付電動パノラマ・ガラス・サンルーフ 20万円