TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
このエンジンはシボレー・コルベットとシボレー・カマロに搭載されている。GMの公式エックスレイ・ドローイング(透視図)を掲載してあるので、ご覧いただきたい。クランクシャフト直上にバルブ駆動用のカムシャフトがある。クランクシャフトからチェーンで回転をもらってこのカムシャフトが回る。これにプッシュロッドが接している。プッシュロッドの反対側はロッカーアームに接している。プッシュロッドが押し上げられるとロッカーアームが動き、バルブを押し下げてバルブ開の状態になる。1本のカムシャフトで両バンクの吸気/排気バルブすべてを動かす仕組みだが、カム山とバルブ動作の関係はSOHC、DOHCと変わらない。
ご覧のようにバルブは吸気/排気ともに1つ。V8エンジンでバルブ16個だ。気筒当たり4バルブではなく2バルブだ。シリンダーボア径は現行ガソリンエンジンとしては最大級の103.25mm。ビッグボアだ。これに対しストロークは92.0mmのショートストローク。1気筒当たり765.25ccだから日本の軽自動車なら1気筒だけでも規定排気量をオーバーしてしまう。
100mmを超えるボアでも点火火炎をシリンダー壁面まで到達させ、現代流の素早い燃焼を行なっている点はさすがである。エンジン性能を示す指標のひとつであるBMEP(Brake Mean Effective Pressure=正味平均有効圧)は筒内直噴仕様のLT4で17.97bar、筒内直噴とポート噴射を併用するLT5で19.8barだ。欲張ってはいないし、欲張る必要もない。
これだけの排気量でバンク角90°のV8エンジンを作るとなると、DOHCではシリンダーヘッドが大きくなり過ぎる。GMには総排気量4.2LのDOHC仕様V8 があるが、ボア径は標準的な2L級エンジンと同じ86.0mmだ。LT4/LT5より約17mm小さい。シリンダー直径がLT4/LT5より17mm小さいから、シリンダーヘッドをDOHCにしてもキャディラックCT-6のエンジンルームには収まる。
V型エンジンの車両搭載性は、縦置きでも横置きでもほとんどの場合で横幅が問題になる。かつてホンダは、資本提携していたBL(ブリティッシュ・レイランド)とV6エンジンを共同開発し1985年に初代レジェンド、翌'86年にはローバー800に搭載した。それがC型と呼ばれるV6エンジンであり、Vバンクの内側(吸気側)にカムシャフトを置き、排気側はそこからプッシュロッドで真横に「押す」という変わったバルブ駆動系を持ったSOHC4バルブだった。エンジンの横幅をできるだけ抑えるための発案だった。エンジン横置きFFでも横幅を抑えることが重要だったのである。ちなみに、いま思えばフィアット中央研究所と独・シェフラーが共同開発したユニエア・システム(フィアットが採用しマルチエアと呼んでいる)のルーツは、このホンダC型である。
SOHC4バルブという方式はひとつの流行を作った。まだバルブ挟み角が45°程度と大きかった時代は、吸気/排気バルブの間にカムシャフトを通し、点火プラグは斜めに差し込むことでSOHCが成立した。カムシャフトが2本あることよりも吸気/排気バルブが2個ずつあることを重視する方式であり、このジャンルでもホンダは意欲的だった。
さて、将来のことを考えてみる。水平対向エンジンの場合、シングルOHCで作ればDOHCよりはシリンダーヘッドを小型化できるだろう。ただし現在のFA/FB型と同じバルブ挟み角の場合、吸気/排気バルブの間にカムシャフトを通すのは少々無理がある。バルブ挟み角を少し広げれば問題はなくなる。シングルOHCという方法も選択肢としては残る。
いや、バルブ挟み角を大きくしたら燃焼室表面積が増えてしまう。それにカムシャフト1本だと吸気/排気兼用であり、吸気バルブと排気バルブの開閉タイミングを別べつの可変にするのはむつかしい(できなくなはいが)。選択肢としてSOHCにはメリットがない。エンジン横幅を少々削るということだけ達成できても意味がない。
だからOHVなのだ。カムシャフトをクランクシャフトのそばに置き、プッシュロッドとロッカーアームでバルブを動かす。バルブ1個あたりの動弁系重量は増える。その分、わずかだがエネルギーロスがある。しかし、吸気/排気それぞれにカム位相可変式のVVT(可変バルブタイミング)機構を取り付けることができる。燃焼の「質」は現在のFA/FBと変わらないはずだ。同時に、巻きばねを使わず板ばねを使うOHVなら、シリンダーヘッド高さ全体をさらに低くできる。MFiはこういう水平対向OHVエンジンを提案する。
エンジン上側は吸気用カムシャフト。図には描いていないがエンジン真下に排気用カムシャフトを持つ。そしてこの際、エンジンはドライサンプにする。排気用カムシャフトの場所は、ちょうどオイルパンの中だ。それでも構わないが、エンジンブロック全体の剛性を考えて下側カムシャフト周辺をしっかり作り込んだうえでドライサンプ化を提案する。オンデマンドのオイルポンプを使い、必要なときに必要な場所にだけオイルを供給する方式だ。ポルシェの水平対向6気筒エンジンもドライサンプである。
通常のウェットサンプの場合、運転中のエンジン内部はオイルミストで満たされる。クランクシャフトが掻き上げたオイルが四方八方に飛び散り、細かい霧状になって充満する。オイルを掻き上げるときの抵抗だけでなく、粘性のあるオイルミストもわずかだが内部抵抗になる。この抵抗を抑え込みたい。
こうした設計変更には当然、エンジン生産ラインの変更が必要になる。これは投資を伴うが、エンジン一新のチャンスはできるかぎり活かしたい。実際、スバルは過去にもエンジン設計と生産ライン設計をセットで進化させてきた。ここはスバルにとってお手の物だ。
GMのLT4/LT5について、少しだけ述べておく。筒内直噴LT4は最高出力485kW@6,400rpm、最大トルク881Nm@3,600rpm。直噴+ポート噴射のLT5は563kW@6,400rpm、969Nm@3,600rpm。いずれもツイストローターのスーパーチャージャーを使い総排気量6,162ccでこのスペックだ。
LT4と同じ燃焼をスバルの水平対向2Lエンジンで模倣できるなら、最高出力は157kW、最大トルクは286Nmになる。スバルのFB20型は直噴NA(自然吸気)で最高出力113kW@6,000rpm、最大トルク196Nm@4,000rpm。直噴&ポート噴射のFA20は152kW@7,000rpmと212Nm@6,400〜6,800rpm。NA対過給ではNAは不利だが、FAはBMEP25,1barであり、いかにも日本らしい小排気量高「圧力」型エンジンである。
かたやLT4はシボレー・コルベットZ06に搭載され、市街地〜郊外を普通にドライブするなら2,000rpm以上のエンジン回転は不要だ。低速トルクは恐ろしく太い。「それだけ排気量があるなら当たり前だろ」と言うなかれ、低中速域での扱いやすさこそがアメリカンV8の真骨頂。アクセルペダルを踏み込めば速いに決まっている。6LクラスでいうとダイムラーにM279というV12エンジンがあるが、これはボア径82.6mmのスモールボアSOHCであり、GMのビッグボアV8とはキャラクターが違う。
「所詮はアメリカンエンジン」などとバカにしてはいけない。このエンジンを載せたコルベットZ06の気持ちよさは天下一品だ。飛ばして気持ちいいのではなく、軽く流していていて気持ちがいい。OHVがローテクなのではないし2バルブがローテクなのでもない。高回転まで回らないのではなく、回す必要がないのだ。いまのトレンドである「ダウンスピーディング」を、OHVエンジンは昔から実践していた。エンジンを高回転まで回さないで運転できれば機械損失は減る。実際、LT4は恐ろしく精度感のあるエンジンであり、1発ごとの燃焼音は低回転域でも澄んでいる。
もちろんLT4/LT5が吸気バルブ1個で済んでいる理由はスーパーチャージャーによってエンジンに大量の時間当たり空気を「吸わせている」からであり、次世代の水平対向OHVでは低回転域でも力のある4バルブNAを成立させなければならない。当然、スバルが公言しているようにリーンバーン(希薄燃焼)にも対応する。
このお話、まだまだ続きます。