久保愛三博士は、京都大学で教授を長く務めたあと、07年に退官。現在は名誉教授でいらっしゃる。公益財団法人応用科学研究所理事長をであると同時にKBGTクボギヤテクノロジーズの代表でもある。歯車の世界的権威である。
ポルシェ911をこよなく愛し、現在も日本の歯車界を牽引し続ける久保愛三先生に、自動車に使われる歯車についてモータリングライターの世良耕太氏が教えを乞うた。
「博士、自動車の歯車についてやさしく教えてください!」
これは、Motor Fan illustrated誌に掲載された記事の再編集版である。
連載第2回(全6回)は、エンジンに用いられる歯車について、である。
TEXT◎世良耕太(SERA Kota)
平歯車(spur gear)
歯筋(はすじ)が軸に対して平行の円筒歯車で、歯車の基本形。歯車は一方の軸の回転を相手軸に伝える役割を果たす。回転を伝える側の歯車を駆動歯車、伝えられる側の歯車を被動歯車と呼ぶ。平歯車は歯筋が軸に対して平行のため、軸に対して斜めに力が掛からないのが特徴。シンプルな形状をしているため、曲がった歯を持つ歯車に比べて製造は容易。クランク軸の回転トルクをカムシャフトに伝えるのに歯車を使う場合、薄く成立させなければならない都合やスラストが発生する歯車を採用すると荷重を受け止めるのに軸受が複雑になるため、必然的に平歯車になる。
他のやり方も存在しますが、クランク軸の回転トルクをカムシャフトに伝えるのにギヤが用いられることがあります。この場合の難しさは、原動機と作業機の距離が長いことです。1段でつなごうとした場合、歯車の直径が大きくなってしまいます。それは現実的ではないので、細かい歯車を順番に詰めて歯車列にする必要が出てきます。この場合、歯車の軸をどこに留めるのかが問題になります。軸を留める場所はエンジンのブロックになりますが、歯車に最適な形で軸をきっちり留めることはできず、軸剛性がいい加減になります。さらに言うと、歯車はすべて片持ちになります。これらの制約条件から、クランク軸とカムシャフトをつなぐ歯車はいい加減な留め方にならざるを得ません。そのため、歯車本来の性能を出し切れないことになります。
空間的な制約から、カムシャフトを動かすギヤは薄くしなければなりません。はすば歯車を使うと軸方向の推力(スラスト)が発生していい加減な留め方はできませんし、歯幅がないとはすばの良さを生かせないこともあり、どうしても平歯車にならざるを得ません。
内燃機関のクランク軸で発生するトルクは一様ではありません。燃焼したときの動きと慣性力で動くときの影響でトルクがプラスマイナスに振れ、歯面が離れたりぶつかったりしてジャダー音が発生します。衝撃が強い場合は歯車が壊れてしまうので、そうならないようにバックラッシュ(歯が噛み合った際の裏歯面側の隙間)を詰める必要があります。図面に書いてあるバックラッシュの数値は、現実の世界では嘘八百です。なぜなら、歯車は何かしら偏心しているからです。偏心すると歯車の回転につれてバックラッシュは変化し、ゼロになると必ず焼き付きます。それを避けるため、バックラッシュが最小になってもゼロにならないようにすると、今度はバックラッシュが最大になったときに開きすぎてしまいます。
歯車をエンジンに留める際、作業工程で歯車が簡単に留められるようにクリアランスを設けると、センターが狂いがちになります。そうしたいろんなことを想定しながらバックラッシュを極限まで詰めようとすると、非常にお金の掛かる技術になっていきます。歯車の設計は究極的に言うと、すべてお金です。どこでお金を使う努力をするかです。歯車はベルトやチェーンに比べると大きな力を伝えられるのが特徴で、レース用など、高い信頼性が求められるエンジンに使われます。量産エンジンに使われないのは、音の問題以上にお金です。
スターターに使う歯車は、昔は壊れるまで使わない歯車だったのですが、アイドルストップが普及したこの頃は、「本当にもつんかな」という状況も若干出てきました。ここも平歯車である理由があります。始動時にフライホイール側の大歯車に小歯車を飛び込ませ、動き出したら抜くからです。この部分には哀れなほど貧弱な歯車が付いています。まともな歯車を作るだけのお金を、自動車メーカーは払ってくれません。ユーザーの目の触れないところでもあるし、まともな金を掛けていたら、現在の値段でクルマを売れなくなるからです。過剰品質はアホと捉えられるのが、工学の現実です。
スターターモーター
エンジン始動時はフライホイール側の大歯車に飛び込ませ、始動後は引き抜く都合上、軸に対して歯筋が平行な平歯車にならざるを得ない。アイドルストップの普及が進むにつれ、入れたり抜いたりを繰り返す際の耐久性が課題として浮上している。クルマの商品性に直接結びつく部品ではないため、必要最小限のコストしか掛けられないのが実状。フライホイール側の歯は溶接で接合されていたりするが、飛散したスパッタが付着していたりもする。
次回は、「はすば歯車が用いられる第一の理由は音・振動対策〈基礎からわかる自動車のギヤ講座③」をお送りします。