REPORT●佐野 弘宗(SANO Hiromune)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)
※本稿は2020年2月発売の「新型フィットのすべて」に掲載されたものを転載したものです。
新型フィットの運転席に座って最初に目を惹くのは、ステアリングホイールが今どき珍しい2本スポーク型であることだ。全体にスポーティ指向が好まれがちな昨今は、世のステアリングも3スポークが主流なのはご存じの通りである。
「新型フィットのインパネデザインには2スポークが似合うと考えました。もっとも、最近のステアリングは3スポークでも“心金”が入るのはだいたい左右の2本のスポークだけで、真ん中の1本はいわば飾りです」と教えてくれた新型フィットの開発責任者である田中健樹ラージプロジェクトリーダー(LPL)は「今回のフィットには、機能のないただの飾りは似合いません」と続けた。
新型フィットは、この2スポークのステアリングに象徴されるクルマである。これまで一世代ごとに新開発されてきたプラットフォームを、今回はあえてキャリーオーバーしたという新型フィットのキーワードは「心地よさ」という。「1㎜でも広く、0.1㎞/ℓでも燃費よく……といった数字もあえてこだわりませんでした」とは田中LPLの弁だ。
プラットフォームの新造や数字を追い求めた開発で必要となるコストを、あらゆる面で「心地よく」することに振り分けたのが新型フィットの特徴という。言われてみれば、先代でもいまだ圧倒的に広い室内空間をさらに広げて何の意味があるのか……との思いも理解できなくはない。
ただ、日本では1.3ℓガソリンと1.5ℓハイブリッドの2機種が用意されるパワートレーンのうち、ハイブリッドは新しい。ほぼ日本専用となるという1.3ℓ従来改良型だが、新たに「e:HEV」と名づけられたハイブリッドは、これまでi-MMDと呼ばれてきた上級車用2モーター式の小型版である。
しかし、そのe:HEVのカタログ燃費は、ほぼ同時発売となったトヨタ・ヤリスのそれに及んでいない。燃費はもちろん0.1㎞/ℓでも優秀に越したことはないが、そのわずかな燃料の節約と引き換えに、乗り心地や乗り味、質感、肌ざわりなどが犠牲になるのだとしたら、そこに多様な意見があるのは当然だろう。
というわけで、クルマのほぼすべてにおいて、数字では語れない心地よさを優先したという新型フィットは、冒頭のステアリングホイールからして心地よい。運転席から自分の足もとがあからさまに見えるのも、今の目には新鮮だ。中央にあるエアバッグユニットも小ぶりだし、リムグリップが細めに仕立てられていることもあって、見た目でも、実際の操作性でも爽やかで軽やかである。
この2スポークステアリングに象徴される心地よい開放感は、インテリア全体に貫かれている。メーターパネルとして7インチ液晶を標準化したことでダッシュボードからメーターフードが姿を消した。高い衝突安全性が求められる現代のクルマだから、実際のダッシュ高は絶対値としてはさほど低くないが、上面もメーターフードのないフラット形状になって、とにかく見晴らしがよく心理的にも爽快である。
しかし、そのさらに前方のフロントウインドウの視界の広さは、お世辞ぬきでちょっとした驚きである。心地よく癒し系のデザインが売りというエクステリアだが、技術的な特徴はフィット伝統のワンモーションフォルムを継承したことにある。フロントピラーが前に出るワンモーションフォルムは視界には不利なモチーフだが、衝突安全性を担保するピラー本来の機能は前から2本目に持たせた。最前のフロントピラーには、ウインドウガラスを貼り合わせるためだけの機能しかなく、それによってフロントピラーを55㎜という極細化することを可能とした。
「左右の瞳孔間隔より細いものは基本的に死角にならないんです。小柄な女性の瞳孔間隔が57㎜といわれているので、それよりも細い55㎜を目標としました。バーチャル画像システムで検証しても、この細さなら人間の目では実質存在しないものと変わらないと確認できました」と田中LPL。もちろん、それを意識して目をやれば極細ピラーの存在はハッキリわかるが、運転席から無意識に前方を眺めているだけでは前方で約90度(先代は約69度)という水平視野角は、一枚ガラスのパノラマビューとしか認識できない。
この視界性能は、さすが開発陣が声高に主張するだけのことはある美点というほかない。さらに、これまでのホンダにはあまりなかった明るい色調のインテリアもあって室内は明るく、なるほど心地よい。
先代改良型のプラットフォームはホイールベースもこれまでと変わっていない。全幅はもちろん5ナンバーで、全長と全高も新旧でいわば誤差範囲程度の違いしかないから、絶対的な室内容積は先代比で拡大しているわけではない。
その一方で、シートは前後とも新設計である。フロントシートは今後のホンダ車に横展開される立派なものであり、リヤシートは自慢の座面チップアップやダイブダウン機能はそのままに、クッションの厚みや着座姿勢を見直して、椅子としての機能を大幅に向上させている。フラットで固めだった先代のリヤシートとは一転して、新型のそれはふわりと身体を包み込むようでいて、ホールド性も向上。さらに前席のドラポジもより心地よくリラックスできるよう見直されたという。
室内容積は変わらず、ドラポジや着座姿勢と椅子の座り心地を向上させた……となれば「室内有効空間が狭くなったのでは?」と思う向きも多いかもしれない。そして、それは正しい。新型フィットでは「○○ルーム」と表現される乗員の居住空間を示す各方位の寸法では、先代より減少しているところが多い。しかし、その代わりに視界やシート自体の座り心地、そして例えばセンターコンソールにあしらわれたニーパッドに柔らかいクッション素材が選ばれる(最も安価な「ベーシック」グレードを除く)など「心地よさ」のための手当てや工夫をふんだんに込めたのが新型フィットというわけだ。
試乗前に田中LPLが語っていた「数字より心地よさにコストを掛けた」という言葉を、最初はよく理解できなかったのが本音である。だが、その具体例を聞いたり、または実際に使ってみると、なるほど膝を叩きたくなるものも少なくない。
走り出すと、新型フィットはパワートレーンを問わずに静かなことがまず印象的で、これも開発陣の言う「心地よさ」なのだろう。ドアを開けると開口部とドアのゴムシールが二重になっている上に、サッシュやサイドシル部など、さらに追加された三重構造になっているのは、コンパクトカーとして異例の入念さ。事実、乗り心地のよさに加えてロードノイズの低さはかなり優秀である。
注目のe:HEVの作動原理は従来のi-MMDと同様だ。フルパワー時を含めて基本的にはエンジンは発電に専念して、モーターが駆動するシリーズハイブリッドとして作動するが、低負荷巡航時のみ、駆動輪とエンジンが直結されるアレだ。
面白いのは、1.3ℓのCVTとe:HEVのどちらも、アクセルペダルを大きく踏み込んだ全開(か、それに準じる)加速時に、エンジン回転をあえて上下させるステップドAT風の制御をするところだ。CVTのステップド制御は最近のハヤリでもあるが、それをe:HEVにも取り入れたのは新しい。理屈ではエンジンをおいしい一定回転域に張りつけるのが理想である。それでも新型フィットがエンジン回転をあえて上下させるのは、エンジン音の上下と加速感のズレを減らして、ドライバーとクルマが「心地よく」一体になれることを意図したからだろう。
e:HEVの瞬間的なパンチ力は1.6〜1.8ℓエンジン相当といった印象で、個人的にはもう少しビビッドな加速レスポンスを期待したいところではある。ただ、新型フィットの欧州仕様は全車がe:HEVになるそうで、約180㎞/hというこのクラスの電動車では屈指の最高速を達成しているのも自慢だ。また、以前のi-MMDではエンジン直結となった瞬間にそれなりの切り替え感があったものだが、今回はそれもほとんど体感できない。エンジンとモーターの心地よい協調マナーはこれまでよりハッキリと進化している。
新型フィットのグレード名はこれまでの記号的なものから「ベーシック」、「ホーム」、「リュクス」、「ネス」、「クロスター」といったアパレル的コーディネートによるバリエーションを、パワートレーンや駆動方式を問わずに自由に選べるのが新しい。いわば「心地よいクルマ選び」だ。この中では「ネス」が従来のスポーティグレードに準じる存在だそうだが、それもあくまでシャシーやパワートレーンなどで旧来的な「走り」を表現したものではないのが新しい。実際、体感的な操安性は専用大径タイヤとなる「クロスター」も含めて、グレードごとに走りのキャラクターが分けられているわけではないようだ。
新型フィットは走りもまさしく「心地よい」と表現するのが妥当だろう。タイヤの銘柄やサイズも基本的には先代と変わっておらず、今回はその限られたタイヤの性能を引き出すことに留意したという。その走りは少し前までの、どんな車種・グレードでも姿勢変化が小さく俊敏に走って曲がったホンダとは明確に異なり、路面の凹凸をしなやかに吸収しながら、横Gが入るとたおやかにロールして路面に吸いつく。田中LPLは今回の開発で強く意識した競合車の一台にフランスのシトロエンC3の車名を挙げていたが、新型フィットの乗り味には「さもありなん」と思わせるものが確かにある。
……といった部分は新型フィットすべてに共通する味わいだが、その上でe:HEVは1.3ℓより明確に静か、かつ重厚だ。それはパワートレーンの音だけでなく、エンジンが停止した時のロードノイズも1.3ℓより好印象。これと比較すると、1.3ℓは少しばかりエンジン音が目立つが、身のこなしが圧倒的に軽快である。ちょっとした郊外路や山道でパリッとした操縦性を楽しみたいなら断然1.3ℓである。
タイヤは「ベーシック」と「ホーム」が15インチ、それ以外が16インチ(「クロスター」のみ専用サイズ)が標準となるが、16インチだからといって明確に安定性や限界性能が高まるわけではない(笑)こともあって、個人的には15インチの濃厚な接地感や軽快な回頭性に好感が持てた。また、e:HEVの16インチのみにVGR(可変ステアリングギヤレシオ)が装備されるのだが、操舵量が少ないVGRは肉体的な負担が減る一方で、接地感やリニアリティでは非VGRの方に軍配が上がる。
というわけで、新型フィットを軽快に振り回したい人に個人的オススメのひとつは、1.3ℓの「ホーム」である。走りは「ベーシック」も同様だが、レザーステアリングやニーパッドなどの新型フィット自慢の心地よさは「ベーシック」では味わえないからだ。
SUV風味の「クロスター」は車高の分だけ上下動やロールが大きくなるが、そのぶん引き締められたフットワークの恩恵で、躍動的な操縦性はある意味で最もスポーティである。コーナーで気合を入れるとロールはさらに大きくなるのだが、専用タイヤのおかげもあるのか、大舵角まできっちりと追従するステアリングには感心する。新型フィットならではの心地よさと、ホンダならではの俊敏の両立……をご所望なら、「クロスター」は悪くない選択だと思う。
ところで、新型フィットでは電動パーキングブレーキ(EPB)を全車標準として、このクラスでは贅沢な渋滞追従可能な全車速対応アダプティブクルーズコントロール(ACC)を備えるのも大きな自慢である。聞けばACC走行での車線維持やブレーキ制御にまで違和感のない心地よさに配慮したという。今回の試乗コースではそれを試すことはできなかったが、この種の先進安全運転支援システムが、いよいよ使い勝手や味わいにまで踏み込んできたのは「時代だなあ」というほかない。
そういえばEPBの全車標準化が、新型フィットの発売を当初予定より遅らせた原因のひとつであることは事実ではある。ただ、その対応のために、もともと上級モデル用だった四輪ディスクブレーキが全車適用になったというのだから、長い目では、結果的には悪くない話だった思う。