TEXT : 石井 昌道 (ISHII Masamichi)
PHOTO : 中野 幸次 (NAKANO Koji)/花村 英典(HANAMURA, Hidenori) / 水川 尚由(MIZUKAWA, Masayoshi)
※本稿は2020年1月発売の「ボルボS60のすべて」に掲載されたものを転載したものです。
ボルボは1992年に発売した850からエンジン横置きFFおよびFFベースAWDのプラッフォームを採用している。
その昔、モビリティの中心がまだ自動車ではなく、馬車だった時代は前方の馬の数が多いほど高性能で贅沢だったことを受け、自動車でもロングノーズが持てはやされる時代が長かった。1990年付近までは一般的だったFRプラットフォームは、エンジンを縦置きすることもあって高性能を追えば必然的にノーズが長くなることを意味する。いまでもメルセデス・ベンツやBMW、ジャガー、レクサスなどが縦置きFRとして、ロングノーズ・ショートデッキの古典的なスタイルにこだわるのはそういった名残があるからだ。エンジンを横置きすることは、全長のわりに室内空間を広くとれるから、コンパクトな大衆車を中心に発展してきたこともあって、高級車・プレミアムカーにそぐわないというイメージもある。
だが、今日のボルボは数多あるプレミアム・ブランドのなかでも高い成長率を誇り、その人気のかなりの部分をエクステリア・デザインが占めていることに異論を唱える人はいないだろう。2015年のXC90以降の新世代ボルボは、横置きFFベースながら、ついに縦置きFRベースに、デザインのプレミアム的価値感で風穴を開けたという意味でエポックメイキングなのである。ちなみにアウディはFFベースながらエンジン縦置きが基本という特異なレイアウト。横置きでミッドサイズ以上を席巻するのはボルボだけである。
ユーザーにとってはエンジンが縦置きだろうが横置きだろうが、カッコ良くて乗り味がよければいいこと、今後BEVが主役になっていったらまったくそういったレイアウト論争など無意味ではあるものの、ボルボが30年近くに渡って横置きFFで奮闘してきた歴史を振り返ればセンチメンタルな思いもわいてこようというもの。BMWやメルセデス・ベンツがライバルだと謳いつつも、微妙にサイズ感や価格帯をずらして買い得に思わせるなど、ガチンコを避けながらなんとか凌いできた歴史の長さを思えば、いまの成功は快挙と言える。
転機となったのは2001年に登場した初代S60だろう。850は四角いスタイルというユニークさで支持されてきたが、時代の要請もあって流麗なスタイルに転換しつつ、横置きFFベースでのスタイリッシュさを追求しはじめた。ロングノーズ・ショートデッキではなく、上手にキャブフォワード(ショートノーズ)することでカッコ良くできるはずだという信念を持っていた。事実としてミドシップのスポーツカーやレーシングカーはそうだったからだ。このレイアウトは、前車軸の位置が後ろ寄りになってフロントオーバーハングが大きくなるというデザイン上のデメリットがどうしてもつきまとったが、それも技術の進歩で克服していった。SPAと呼ばれる最新プラットフォームのS90、XC90、V90、XC60、V90、そして新たに登場したS60は縦置きFRに匹敵するほど前車軸が前寄りになってフロントオーバーハングが短くなった。フロントのホイールアーチ後端とフロントドア前端が以前よりも長くなっていることは一目瞭然。キャブフォワードになると前のめりすぎて落ち着きに欠けるところを、バランスさせて美しいプロポーションを実現したのである。
それに加えてS60は後方や斜め後方から眺めた姿が美しい、いわゆるバックシャンだ。最近のセダンはクーペ風スタイルをとることも多いなか、端正でオーセンティックなスタイルはボルボらしいところ。ボリューミーなリヤホイールアーチから上方に向かうにつれて絞り込まれていくフォルムは踏んばり感が強く、スポーティなセダンならではの雄々しさがある。走りの良さをクルマ選びのコアにおいている向きにとってはグッとくるはずだ。
新型S60 は、いまのボルボのなかでは珍しくはっきりとスポーティを謳ってもいる。一世代前は、どのモデルでもハンドリングがシャープで楽しかった反面、乗り心地はちょっと硬めだったいう反省があるからなのか、SPA登場以降のボルボ車は、ポテンシャルはありながらもいたずらにスポーティを追いすぎることなくリラックスドライブが前提といったところだが、SUV全盛の時代においてのセダンならではの価値として、S60はスポーツセダンとして仕立ててきたのである。
それがルックスに留まらないことは、ステアリングを握って走り出せば即座に理解できるはずだ。コーナーへ向けてステアリングを切り込んでいったときの身のこなし、舵の効きの頼もしさや正確性などが、他のボルボ車とは一線を画しているのがよくわかる。特徴的なのは、あまりロールを感じさせず、ノーズがスーッと平行移動していくかのようなミズスマシ的な動きであること。フロントの外側が沈み込んでからノーズが動き出すような、いわゆるダイアゴナル的な動きが少なく感じる。ダイアゴナルロール自体はまったく悪いものではないし、ハンドリングに大きなこだわりをみせるBMWもその適切で自然な動きを大切にしているが、過去のボルボはノーズヘビーな横置きFFベースゆえの過大なダイアゴナルロールが批判されることがあり、それに対する回答とみてとれる。最新のSPAプラットフォームは秀逸で、フロントに強く荷重がかかった状態でのコーナリングでもフロントの内側のタイヤもしっかり接地していて左右両輪からグリップ力を引き出して力強くコーナリングしていく。その実感を強めているのがS60のセッティングなのだ。
スポーティな分、サスペンションは引き締められてはいるものの、乗り心地が無用に硬く感じないのも最新世代ゆえの美点だろう。サスペンションのフリクションが徹底的に低減されているようで、ストローク感はじつにスムーズ。ロールやピッチングが抑えられているからストローク量自体はさほど多くはないものの、動きがしなやかだから、まったく不快ではないのだ。むしろ、ダンピングが効いているから、凹凸を越えた後に上下動が残らずスッキリとした後味のいい乗り心地。スポーティさとコンフォートのバランスが絶妙にとられている。コンベンショナルなダンパーとFOUR–Cの電子制御可変ダンパーでは、もちろん後者のほうが守備範囲が広く、スポーティとコンフォートの両立次元も高いところにあるが、前者もスムーズさは大したもので感心させられるほどだ。
エンジンはT4が2.0ℓターボで190㎰/5000rpm、300Nm/1400–4000rpm、T5が同じく2.0ℓターボながら254㎰/ 5500rpm、350Nm/1500–44800rpm、T6 Twin Engineが2.0ℓターボ+スーパーチャージャーの253㎰/5500rpm、350Nm/1700–5000rpmにモーターが前34kW、160Nm、後ろ65kW、240Nmでシステム総合では253ps+65kW(87㎰)、350Nm+240Nmというスペックとなる。
T4は比較的に穏やかだが、常用域のトルクが充実していて扱いやすい性格。アクセルを深く踏み込めば6300rpmまでスムーズに回るものの5000rpm以上の高回転域ではだんだんとパワーが頭打ちしていく感覚がある。T5になると全域でトルクが1ランク太く感じるとともに4000rpm以上での回転上昇に勢いがあり、トップエンドの6300rpmまで活発な印象が強い。T4も十分だが、S60のスポーティな性格にマッチしているのはT5のほうだ。
低回転域から大きなトルクを発生できるモーターを搭載したT6 Twin Engineは桁違いなダッシュ力をみせてくれる。ゼロ発進でアクセルをグイッと踏み込めば、それこそ仰け反るほど力強く路面を蹴ってエンジンに過給がかかってパワーを発揮する手前からドーンと飛び出ていく。AWDだということもその印象を強くしている。プラグインハイブリッドゆえに車両重量はT4やT5に比べて350㎏ほど重たくなるが、それをものともしないパフォーマンスの持ち主なのだ。ワインディングロードで元気に走らせていると、およそ環境対応車だということを忘れてしまう。
その一方で街や郊外路、高速道路などではエンジンを停止してのゼロエミッション走行が可能。静かで余裕のある走りに、環境対応車であることを実感する。ハイブリッドカーだからブレーキは一般的な機械式と回生が協調制御していてペダルを踏み始めた瞬間のタッチが少し独特。機械式のようにローターとパッドが摩擦を始めるフィーリングではなく、わずかな間の後にぐーっと減速が始まる。少し慣れが必要かもしれないが、踏み込んだ力に対して期待した減速度は立ち上がってくれるし、減速感も安定していて、制御を巧みに造り込んでいる実感はある。
グレードによる乗り味の違いは、タイヤに主因する。T4はベーシックな17インチでエアボリュームが大きいので乗り心地が快適だ。大きな凹凸を乗り越えたときでもしなやかさが保たれ、それでいてフワフワはしないので安心感もある。ただし、ハンドリングもやや穏やかになる。
T5は19インチを履いていたので、S60らしいシャープなハンドリングが味わえた。3台のなかではもっともバランスがいいと言えるだろう。ただし、T6に比べるとパワートレーンの応答性では一歩譲る。
T6はレスポンスもパフォーマンスも図抜けて楽しませてくれるが、19インチを履いていてもコーナリング時に重さを感じることはある。スポーティさを求めるなかでもハンドリング重視ならT5、パワートレーン重視ならT6という見方もできるだろう。
そして、S60のスポーツセダンとしての資質を究極に高めたのが限定モデルのT8ポールスターエンジニアードだ。T6 Twin Engineのパワートレーンをベースにエンジンは333㎰まで出力向上してシステム総合は420㎰。サスペンションはスプリングレートを高めるとともに、市販車では珍しく減衰力を手動で22段階調整できるオーリンズ製ショックアブソーバーを採用している。ブレーキもフロント6ポッドとレーシングカーのようなスペックだ。
加速はT6 Twin Engineをさらに上回る豪快なもの。全開加速でもエンジンはあまり引っ張らずに6000rpm弱でシフトアップ。スーパーチャージャーとモーターのトルクを生かしたほうが効率良く速さを引き出せるのだろう。どの回転域にあってもアクセルを踏み込めば即座に加速体制にうつる応答性の良さが気持ちいい。またパドルシフトが採用されているのが嬉しい。S60はスポーツセダンなのだからスタンダードモデルにも全面採用して欲しい、というのが装備上の唯一のリクエストでもある。サスペンションはじゃっかんの硬さは感じる。ストローク量が他のS60より短めで、路面の凹凸をこえていくとサスペンションが縮む側ではそれほどゴツゴツ感はないものの、反動で伸びるときに硬さがある。ただ、特別なスポーツモデルであることを考えれば、まったくの許容範囲ではあり、それほど不快には思わないだろう。公道向けオススメのセッティングにしておけば、同乗者から文句がでることもないはずだ。ワインディングやサーキットで楽しむときには、手動でショックアブソーバーを締め上げればいい。ちなみに番手は工場出荷のデフォルトがフロント6/リヤ9、快適でオススメなのが12/15、ベストパフォーマンスが2/4。試乗時はおそらくデフォルトだったが、それほど不快ではなく、パフォーマンスとのバランスも良かった。T8ポールスターエンジニアードは特別だとしても、S60は新世代ボルボのなかでもっともスポーティで、名実ともに世界を代表するプレミアム・スポーツセダンだ。20年近く前に初代S60が登場したときも「ライバルはBMW」と言いつつも追いかける立場だったが、現在では走りの実力で肩を並べ、デザインやユーティリティでは超えてもいる。SUVに比べればそれほど多く販売されないだろうセダンではあるが、セダンの価値がわかるファンに向けて見事な造り込みをみせてきたのである。