日本を守る陸・海・空自衛隊には、テクノロジーの粋を集めた最新兵器が配備されている。普段はなかなかじっくり見る機会がない最新兵器たち。本連載では、ここでは、そのなかからいくつかを紹介しよう。今回は、背中にレーダーを背負った航空自衛隊の早期警戒管制機E-767と早期警戒機E-2Cだ。


TEXT◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

早期警戒管制機E-767:世界でわずか4機、そのすべてが航空自衛隊に

E-767は、旅客機のB-767をベースに製造されているため居住性が良く、長時間の滞空任務にも対応できる。写真/航空自衛隊

 航空防衛、空を守る戦いにF-15Jなどの戦闘機は必須の戦力だが、戦闘機単独では戦えない。できるだけ早い時点で脅威を発見する能力が必要だ。それが早期警戒管制機や早期警戒機と呼ばれる航空機である。これらの航空機は、いうなれば陸上に設置されたレーダー施設が空を飛んでいるものだ。航空自衛隊では、早期警戒管制機E-767と早期警戒機E-2Cの2機種を保有運用している。




 早期警戒管制機E-767は2000年から運用開始している。世界で4機のみが生産され、そのすべてを航空自衛隊が保有している。




 外観上や機能面でも大きな特徴となるのが機体背面に搭載された大型円盤形状レーダーだ。このレーダーがカバーする範囲は広く、本機3機が上空にあれば日本全体を覆うことができるという。ローテーションを取った各機が日本列島上空や領海上空などに滞空することで、我が国の領域を常時監視することが可能だ。こうした長時間の滞空任務を行なう運用上の要求から、旅客機のB-767をベースに製造されていて居住性も良く、多数の乗員が効率的に仕事を行なえる。




 本機は通常、戦闘が想定される空域の遥か上空で大きく旋回しながら滞空し、レーダーで周辺空域を警戒する。作戦を有利に進めるため、獲得した情報は陸上の司令部や味方航空機に送られる。つまり自衛隊の「目」となるわけだ。加えて、戦闘機部隊を必要な空域や有利な位置へ誘導する「管制」も行なえる。空飛ぶレーダーサイトであり管制室、前方作戦室でもあるのが本機だ。

早期警戒機E-2C:導入の契機はベレンコ中尉亡命事件」

E-767とともに活躍するのがこの早期警戒機E-2Cだ。E-2Cは有事の現場へ接近し、きめ細やかな警戒監視の網を張る役目がある。写真/EDITORIAL NETWORK

 E-767より小型だが、同様にレーダーを背負って飛ぶのがE-2Cだ。本機は早期警戒機と呼ばれる機種である。機能的にもE-767と同様な役割を持つが管制は行なわず、前線近くで、空間を深掘りするような活動を行なう。


 E-2Cを空自が運用開始したのは1983年から。本機の導入には、ある国際的大事件が関係していた。それは「ベレンコ中尉亡命事件」である。

E-2Cは米国で開発され、空母などの艦上で運用することを念頭に設計されている。そのため主翼を折り畳む機構を持っている。写真/貝方士英樹

 1976年、北海道の函館空港にソ連(当時)の戦闘機「ミグ(MiG)25」が飛来し、強行着陸した。ミグ25は低空飛行を行ない日本領空へ侵入してきたのだが、航空自衛隊のレーダーはこれを発見できなかった。つまり低空飛行する航空機の探知追尾が不可能だということで、この事態は当時の日本の防空体制の盲点を明らかにしたのだ。ミグ機を操縦していたベレンコ中尉や機体の扱いをめぐり、日露をはじめとした緊張は凄まじかった。当時は米ソの緊張緩和策が進んでいたとはいえ東西冷戦構造にあり、「全面核戦争」への危惧は現代のソレとはまた異質・具体的な不安として全世界を覆っていた時代である。北海道に展開・駐屯している陸海空3自衛隊の各部隊は、この事態からのエスカレーションに備えた防衛作戦準備にかかったという。


 この事件を契機に導入されたのがE-2Cだ。E-767が高高度から広範囲に目を光らせているのに対し、E-2Cは陸上レーダー基地の死角や超低空を飛行する航空機を見つける役割を担っている。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 「空飛ぶレーダー」航空自衛隊の早期警戒管制機E-767と早期警戒機E-2Cの実力