マツダでミラーサイクル・エンジン開発を主導したエンジン博士の畑村耕一博士(エンジンコンサルタント、畑村エンジン開発事務所主宰)が、2020年のスタートにあたり自動車用パワートレーンの将来:2020年の年頭に当たって」を寄稿してくださった。第3回のテーマは、「エンジンもトランスミッションも新しい変革が始まる」だ。


TEXT◎畑村耕一(Dr.HATAMURA Koichi)

エンジンもトランスミッションも新しい変革が始まる

図1

 ダイハツから軽自動車と小型乗用車に新しいCVTが搭載されて市場導入された(図1)。CVTは低速トルクのないエンジンから電気自動車のような理想の駆動力特性を発生させるトランスミッションで、なめらかな走りを実現できるだけでなく、モード走行中のエンジン回転数を自由に設定できるので、カタログ燃費を向上できるというメリットがあり、日本では小型乗用車、特に軽自動車の主流になっている。ただし低速トルクのないエンジンと組み合わせると、エンジン回転数が上昇するまでは充分な加速が得られないラバーバンドフィールと称される違和感がある、伝達効率が低いために高速走行燃費が良くないという問題があった。そのため、日本以外、特に高速走行の多い欧州ではほとんど普及していない。HEVとともにこれまでは日本がガラパゴス状態だった。




 アウディ2.0TSIのチェーン式CVTは、MFi-Vol.79の『博士のエンジン手帖』で紹介をしたように、低速トルクのある過給ダウンサイジングエンジンとの組み合わせで、ラバーバンドフィールはほとんど感じないレベルに仕上がっていた、ただし、高速燃費の問題からか、アウディはCVTをやめてしまった。そこで不要になった生産設備を使ってチェーン式CVTを引き継いだのがスバルで、高出力のターボ過給エンジンと組み合わせたが、ターボとCVTの応答遅れがダブルラグになって、ラバーバンドフィールは最悪だった。CVTは低速トルクが充分高い過給ダウンサイジングエンジンとの組み合わせとチューニングの思想が重要だ。


 そこでダイハツのD-CVTの話に戻すと、遊星歯車機構を使ってCVT経由と歯車経由に動力伝達を分割するものだ。レシオカバレッジ(変速比)幅が増加すると同時に高速の伝達効率が8%も向上するというスグレモノだ。MTやDCTにはかなわないとしてもATの伝達効率と同等レベルになったということ。逆に、これだけ向上代があるということは、従来のCVTの効率の悪さを物語っているとも言える。

図2

 D-CVTの原理は説明するのもややこしいが、MFi-Vol.159の『博士のエンジン手帖』でも紹介したように、図2に示すトヨタのHTS(MFi-Vol.84P72に詳しい)のジェネレーターとモーターを組み合わせた電気CVTをメカのCVTに置き換えたと考えればイメージがつかめるだろう。ただし、単純なCVT駆動と切り替え可能にするために、モーターに当たるCVT出力はリングギヤでなく、青線で示すようにプラネタリーキャリアに伝えているところが少し異なる。




 D-CVTを搭載したダイハツ・ロッキー(トヨタ・ライズ)は1.0ℓダウンサイジングターボと組み合わせており、応答性、高速燃費はAT並の実力がありそうだ。レシオカバレッジを拡大するために8速になりつつあるATに比べて、コスト面でも優位に立つはずだ。加えて、エンジン回転数を連続的に制御できるということは、エンジンブレーキもアクセルで制御できるので、EVやシリーズハイブリッドで採用されているe-Pedal(日産の商標)の採用が視野に入ってくる。


 従来のアクセルは加速、ブレーキは減速と分かれていたのは、アクセルがスロットルにつながり、ブレーキが油圧マスタシリンダにつながっているというメカの都合で決まったもので、ドライバーの要求から決まったものではない。わがままを言えば、アクセルで加減速を含む速度コントロール、急に減速・停止したいときにブレーキを使いたい。好都合なことに、EVの場合はモーターというメカの都合でアクセルを設定すれば、減速(回生)も含むアクセルコントロールができる。エンブレを利用すればCVTでも実現できる。停止時のブレーキ制御を追加すればe-Pedalの完成だ。従来のアクセルに慣れたドラバーは、しばらくは違和感に戸惑うが、一週間程度乗るとその良さがわかってくるはずだ。




 筆者はデミオディーゼルからノートe-Powerに乗り換えて1年になるが、普通のAT車は変速ショックと大きなエンジン回転(騒音)変化、下り坂でのエンジンブレーキの調整(ギヤの選択)、市街地走行での頻繁なブレーキ操作……以前は当たり前だと思っていたことに違和感を感じてしまう。e-Pedalに乗り慣れると、従来の車がすごくが時代遅れに思えてしまう。




 そこで低速トルクの高い過給ダウンサイジングエンジンにD-CVTを組み合わせてe-Pedalを採用すれば、スムーズで快適な走りを実現できる。高速燃費もATと遜色ないし、市街地はe-Pedalによる楽々運転ができる。マイルドハイブリッドと組み合わせると、減速時の回生ブレーキと油圧ブレーキの複雑な協調制御が不要になるだけでなく、回生量を高めて燃費向上にもつながる。コストでも優位となると、将来に向けて主流になる可能性を秘めている。ただし、設備の変更が大きいので、小型乗用車を中心に日本車の採用が増加し、遅れて世界的に広まっていくと予想している。



図3

 中型以上は当分は多段ATが主力で、いずれストロングハイブリッドになっていくだろう。小型で安価な車については、2016年に実用化され、昨年搭載車種が増加した図3のスズキのAMTハイブリッドに注目したい(MFi-Vol.125『博士のエンジン手帖』)。安価で伝達効率が高いMTをロボットが操作するAMT(Automated manual Transmission)の駆動軸側にマイルドハイブリッドの小型モーターを搭載したものだ。変速中の駆動力抜けを瞬時のモーターアシストで補うので、AMTの最大の欠点を緩和できる。モーター出力が小さいので急加速の変速では駆動力抜けが感じられるが、通常走行ではATに遜色がない変速を実現している。ハイブリッド用バッテリーやモーターは安価とは言い難いが、ベースになるMTは低コストと高い伝達効率で低価格車のトランスミッションとしては理想的だ。欧州のAVLやFEVでも開発されていたし、マイルドハイブリッドが一般化すると、このHEVの競合力が高まって普及していく可能性が高い。ただし、低速トルクの高い過給ダウンサイジングと組み合わせてモーターはもっと大きくする必要がある。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 畑村耕一博士の「2020年の年頭に当たって」③エンジンもトランスミッションも新しい変革が始まる