TEXT●三浦祥兒(MIURA Shoji)
VW以上にデータ収集がやっかいなのがフランス車だ。伝統的にエンジンについてあまり最新技術を投入しないというか、旧いエンジンをしつこく使い回しているからで、おまけにスペインや中東で化石のようなクルマを継続生産しているので、仕向地によってエンジンがばらばら。旧式エンジンの基本設計をそのままにターボを付けてさも新しいエンジンのように謳っているから始末が悪い。
それがやはりここ2~3年で事情が変わってきた。
まずルノーは、基本的にガソリンエンジンは日産のものを、ディーゼルは逆に自社設計のものと役割分担をハッキリさせるようになった。データを拾っている際、1.3ℓターボにガソリン直4がほぼすべて切り替わっているのを知り、「はて、このエンジンの素性は何じゃらほい?」といろいろ調べている内に、実は日産のHR13DDT(日本では未発売)であり、ベンツのM288とも異名同種であったと知って腰が抜けた。資本提携、業務提携がこんなに明瞭なカタチで現れていることにだ。会社はゴタゴタ続きだが、日産のエンジン部門は実に頑張っているのである。可変圧縮比やV6ターボも作ったし。
こうしたエンジンについては案外経済紙の記者の方が知っているのかもしれないが、新聞も読まない、テレビも見ないオッサンには数字だけが頼りである。ボア×ストロークと総排気量が完璧に一致している事実から、情報を読み解いていくのだ。2ℓで86㎜×86㎜のボアストなんていう定型スペックでもない限り、1333㏄なんていう半端な排気量が他にあるわけもない、という稼業故の嗅覚が働いた。それでも新しいエンジンについてはネット上の情報のウラをいちいち取らないといけないから、ルノーの項だけで調査が半日かかったりするわけなのである。
ルノーだけではない。PSAはそれ以上に他メーカーのエンジンをさも自社製のように喧伝するのがお得意である。
現在PSAには直4のガソリンエンジンは1機種しか存在しない(マルチシリンダーは皆無)が、その直4・EP6とは、PureTecなる愛称付いてもBMWがミニのために開発したPrinceそのものである。登場は2006年。それほど旧いとは言えないが、開発元のBMWは既に自社製直3に切り替えている。新しいエンジンを作る噂の影さえ見えないことから、Princeは今後10年は使われるはずだ。
原設計がもっと古いのは2種のディーゼル。どちらも1990年代の末にフォードと協同で開発されたもの。PSAは「Blue HDi」、フォードは「Duratorq」とオリジナルを称しているけれど、中身はほとんど同じモノだ。
当時のフォードはPAGという欧州メーカーの連合体を束ねていたから、このエンジンはランドローバーやボルボ、マツダでも使われていた。ダウンサイジングターボが生まれる前の欧州は、ディーゼルが空前のブームを迎えており、各社躍起になってコモンレールを使ったターボディーゼルを開発していたものの、それまでの列型プランジャーに副室燃焼型とはフェイズの異なる最新のディーゼルを作るのは難しく、どのメーカーも何らかのカタチで他社と協力しないとモノにならなかった。コモンレール・ディーゼルは元々日野が実用化したもので、フィアットやGMのディーゼルはいすゞが関与する等、今に至る新型ディーゼルの根幹は案外日本のメーカーがカタチ作ったものなのである。その日本が乗用車ディーゼルとは距離を置いているのは、歴史の皮肉としかいいようがない。
話が逸れてしまったが、PSAのエンジンに戻ると、現在のPSAはガソリン3種、ディーゼル2種しか持たないからデータ整理は楽勝かと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。
2017年にGMがオペルを手放しPSA傘下に入ったため、オペルのデータも調べなくてはならなくなったからだ。誌面上には載っていないが、系列の英ボクゾールも調べなくてはならない。ところが昔からオペルは公式サイトのデータがいい加減で(新型の1.5ℓディーゼルの詳細はどこにも載っていない。正確な情報は来年号をお待ちください)、売っているクルマの馬力をただ羅列しているだけ、しかも同じエンジンで出力違いが膨大にある。過去のデータと他社のデータをひたすら見比べること2日。判明したのはPSAのエンジンとGMのエンジンが半々で混在していることだった。
驚いたというか、感心したのは、僅か2年弱でオペルがエンジンとプラットフォームを切り替えてきたことだった。PSAは2018年からEMP1(CMP)という小型車用プラットフォームの車種を導入しているが、まさか同時にオペルにも採用されるとは思っても見なかった。生産設備の整備も考えれば1年ばかりで転換できるとは思えない。GMのオペル売却は17年以前から噂には上がっていたが、その後の展開を見ればかなり前から水面下でPSAとは話が進んでいたとしか思えないのだ。
更に魂消たのは、現行型のアストラにPSAの直3ターボが搭載されること。プラットフォームが変わればエンジンを換えるのも道理だが、シャシーを変えずに「他社製」エンジンを載せるとは、チューニングショップの成せるワザとしか言いようがない。
いずれにせよ、日本から見れば欧州の中規模メーカーに過ぎないと思いがちなPSAが、一気呵成にシャシー&エンジンの生産転換を行ってきたということがサプライズなのだ。電動化をはじめとした新技術の移転も一大事業ではあるけれど、生産設備を変えるのが何より自動車メーカーにとって負担であることを承知している身には、「PSAは本気だぞ」と思わずにはいられない。
一時期提携していた三菱をあてにしていたEV開発も、どうやら自社(当然サプライヤーの協力はあるだろうが)の独自路線に切り替えるようで、技術的には混血を気にしなかったPSAが、独立独歩を目指す気配が濃厚となった。
そうはいっても現状、データ集を眺めてみれば、エンジンはBMWあり、フォードあり、GMありのごった煮なのが面白い。
ごちゃまぜと言うなら、その権化はフィアットだろう。
フィアットはトリノにフィアット・パワートレイン・テクノロジーズ(FPT)という動力のR&D施設を所有しており、可変バルブタイミングの実用化、コモンレールシステムの原型開発、独自のバルブ駆動技術であるユニエアーの開発をはじめ、提携時代のGMダウンサイジングターボエンジンの開発に関わったりと、当代随一のエンジン開発能力を持っている。フェラーリ&マセラティの市販車用エンジンも、実情はFPTが基礎開発を行っているといってよいだろう。
なのにである。1985年登場のFireエンジンがラインアップに残っている。FrremontというSUVにはクライスラーのPentastar V6が載っていて、マセラティ・ギブリのV6も基本設計はこのPentastar。グループ内のエンジンだからOKではないか、と言っても、Pentastarは元々ダイムラー・クライスラーAG時代に設計されたメルセデスM276なのだ。メルセデスのラインアップにもM276は存在するものの、あちらはツインターボ版。まぁ現行ギブリのV6と兄弟分と言えるか。
ちなみにPentastarの主要適用車種となっているクライスラー300のシャシーは、96年登場のメルセデスW210ベース。こちらも改良版が未だに使われている。エンジン以上に物持ちがヨロシイ。
そのクライスラーのエンジンラインアップにあるTigerSharkとは、2000年初頭にクライスラーと三菱自動車、ヒュンダイが合弁で設立したGrobal Engine Alliance(GEMA)開発によるもの。フィアットとクライスラーという企業自体が、自動車メーカーの合従連衡の象徴のような存在であり、その技術力は高く評価されながらも、常に経営が不安定な状態が続いていた。今やイタリアの自動車メーカーはランボルギーニを除いてすべてフィアットグループとなったが、ランチアにしろ、アルファロメオにしろ、名声とは裏腹に中身はグチャグチャであって、やっとFCAとして落ち着いたと思ったが、その残滓はしっかりとあった。
ただ、FCAはGME(Global Medium Engine)とGSE(Global Small Engine)という新世代エンジンを開発して導入をすすめており、近々登場するであろう直6もおそらくGMEベース。フィアットのTwin AirとクライスラーのHemiという世界的にも類を見ない2機種以外は、次第に統一されていくのだろう。
エンジンの多様性とは裏腹に、FCAは電動化では他のアライアンスに比べて明らかに進展が遅れている。電動化に対して先鋭的な英仏と中国に大きなマーケットを持たないことが理由と想像するが、今後の展開は如何に? フェラーリがPHEVを発表したけれど、ポルシェはBEVへと先んじている。FPTがどデカいイノベーションを用意しているのだろうか? 日本市場に導入車種が少ないことから、関心が希薄になりがちなFCAだが、やる時はやりそうな気がする。(続く)