TEXT●小山 浩(KOYAMA Hiroshi)
PHOTO●花村英典(HANAMURA Hidenori)/木原寛明(KIHARA Hiroaki)/山口尚志(YAMAGUCHI Hisashi)
※本記事は2019年9月発売の「プジョー508のすべて」に掲載されたものを転載したものです。
まだ日の出に程遠い早朝。スマートフォンは4時30分に電子音を響かせ、その日がきたことを告げた。
そそくさと準備をし、そっと家のドアを閉めながら駐車場に向かうと仄暗い中で、周囲から洩れる光にうっすらとシルエットを見せる1台のクルマ。鋭い目つきに長く低いノーズ、なだらかに寝たリヤウインドウと短いデッキ。立ち上がったフロントピラーとのコンビネーションは、クラウチングスタイルにも見える。
昔のプジョーだったならば、"静かにご主人が来るのを待っていたライオンのようだ"、と表現するところだろうが、長さ4.8m、幅1.86mの大柄なボディでは、もはやちょっとその可愛らしさはないが。
いずれにしても、薄暗い光の中で見せるシルエットに息を呑まされる感じは、代々のプジョーの隠れた美点でもある。
最大トルクで400Nmもあるディーゼルターボは、静かになったとはいえ早朝の住宅街では少し気がひける。足早に荷物を積み込み、スタートだ。しかし室内では、エンジン音もまったくといっていいほど聞こえてこない。どちらがガソリンか、ディーゼルかすらわからないほどだ。
東京から目指すは福岡。距離は1000㎞ほどあるが、「ヨーロッパ的には走れちゃう距離でしょう」などと簡単に取材を決めてしまった。ところがあとで考えてみれば、パリからフランクフルトまでは、500〜600㎞程度。朝普通にクロワッサンを朝食に食べた後に出ても、夕飯には普通にドイツビールが飲めるくらいの時間に余裕でたどり着く。パリを起点にするならば、ジュネーブやドーバー海峡を挟むがロンドンなどもその範囲に入って来る。それだけに、クルマで移動できることには大きな価値があるのがヨーロッパだ。
ところでパリから1000㎞といえばミラノ、モナコ、フランスでもニースはそのくらいの距離。そしてスペインに向かえば、バルセロナなどまでの距離だ。この距離は、さすがの欧州人でもちょっと気合の入る距離だ。
かつてカメラマンとともに、初代のNSXでフランクフルトからイタリアはモデナの往復を敢行したが、その片道距離は900㎞。山あいに雪の残るスイスを抜けるコースなど、かなりのヘビーなツーリングだったことを思い出す。また同時に弾丸のロングツーリングは、NSXを忘れ得ぬ「同志」と確信できた思いもあった。そんな思いやあの時の情熱を再びという気持ちがなかった、といえば嘘になる。
途中、ガソリンエンジンのGT Lineと合流、2台と3人ドライバーの体制でツーリングが始まった。
併せて最大の関心事が第二東名だ。ここでは一部の区間で普通自動車などでは制限速度が120㎞/hへと引き上げられた。これまでの100㎞/h制限から2割増という画期的なこととなっている。
フランスでの制限速度は最高で130㎞/h。フランスの速度取り締まりは厳しく、少しオーバーするだけでもレーダーでの取り締まりの対象。一般路では移動式レーダーも設置され、全く普通のハッチバック車の中から隠し撮りをされる例もあるという。意外に思うかもしれないが、フランス人の速度取締りに関する意識は、日本人以上に敏感なのだ。
そんなことから、フランスの高速道路では速いクルマでも基本は130㎞/hでオートクルーズを設定し、追い抜く時だけはちょっと加速して、すぐに走行車線に戻るのが一般的。
となれば、フランス車にとって130㎞/hベストセッティング説が想定される。これまでは100㎞/hを基本にする環境だったので、フランス車の美味しい領域が堪能できなかったのではないか、それを検証することも大きなテーマとなった。
奇妙といえばかなり奇妙なメーターパネルだ。まだヘッドライトを必要とする暗闇の中、東名へとクルマを進める。この液晶パネルは表示を変えるときに、いちいち動きが大げさだという人もいる。工業製品たるもの……機能優先と、確かにその気持ちはわかる。しかし、これはフランスの機械なのだ。法規上で必要な表示、例えば速度のデジタル表示などは素早く点灯。しかし、そのほかがなんともきらびやかに、ダンスをしながら動く。
終業時間になれば会社からはぱったりと人がいなくなり、街のレストランに人が集まる。休日には、会社に入ることさえ許されない国。テロの恐怖に晒されても、まず日常の営みを変えない。パリに行くたびに、その独特な世界を見る。地下鉄に乗れば、そこにパフォーマーが乗ってきて勝手に歌を歌う。でも、みんな普通。むしろ、ちょっと耳を傾ける。なんかその感じ。自己主張はするが、他人も受け入れる。
いいという人がいればそれでいい。絶賛がもらえれば、なおさら良し。しかし悪いは、ない。なぜならば、それが今回の508だから。それだけ。主張があちらこちらに飛び交いながらも、淡々と送られて行く毎日。その中にあるのが、他を認める気持ちなのだろう。
それにしても、老眼となってきた自分にとってメーターパネルはちょっと苦手。文字にピントが合わないこともしばしば。しかし、508のiコクピットのディスプレイは、視点が遠く外からの視線移動に苦痛がない。508にヘッドアップディスプレイがないのも、このメーターパネルの狙いなのだろう。
サスペンションはずっとコンフォートのまま。ロングランにはこのクルーザーのようなおおらかさがいい。といっても急な動きにもついてくる。このあたりが電子制御の妙で、かつてのソフト&ロングストローク一辺倒の路線からの進化かもしれない。
と思っているうちに第二東名、いよいよ120㎞/h区間に突入。電光の標識に120と刻まれるのは、なんとも感動的だ。ここから合法的に100㎞/hオーバーの世界が開かれる。120㎞/hへと速度をあげるのは、いともたやすいことだ。この速度で淡々と走るとまだ周囲はこの制限速度にピンときていないのか、どんどんと追い越すことができる。ちょっと快感。
ハンドルの吸い付く感じ、路面の継ぎ目のトンという衝撃が小さく感じられるのがわかる。この安定感は、大げさにいうならフランスの新幹線TGV。あちらは気がつくと270〜280㎞/hで巡航。普通に談笑しているのに、時に300㎞/hを超える普通の凄さ。もちろん120㎞/hは全然次元の異なる話なのだが、その安定感や静かさが、まさにフランスの大地を移動するためにあるのだと実感。とはいえサッシュレスの限界か、トンネルに入るとそのノイズは普通のセダンよりやや大きめに感じた。
意識の違いなのだろうが、名古屋までがこんなに近かったとは思わなかった。車での名古屋出張はあるが目的地を名古屋と考えると、こうは感じない。まだこの先700㎞との思いが、距離を感じさせないのだ。
そこから約150㎞で京都。約50㎞で大阪と景色は様々に変わり楽しいのだが、だんだんと山陽道へと入って行くと、道は淡々としてくる。こうなってくるとアクティブクルーズコントロールは疲労を軽減してくれる。
150〜200㎞を基準にドライバー交代など休み休みの走行だったが、その都度出会うサービスエリアがまた魅力的だ。2時間ごとに何かを食べるというのは現実的ではないが、その土地の風土に直接触れられるのは、飛行機や新幹線では味わえないものだ。
そして下関を渡るころには、夜も8時近くになっていた。さらに豪雨。前5mも見えない中、極度なスピードダウンだが意外にもアクティブクルーズコントロールが役に立った。この環境下で完全に頼ってはいけないが、そんな中でもちゃんと白線を読んでくれていて、走行をサポートしてくれた。
トータルで17時間にも及ぶ移動だったが、何よりも疲労が少ないのはこのクルーズコントロールのおかげだ。と実感できた。なぜ今回福岡を目的地にしたかというと、誌面でも紹介しているディーラー取材を翌日に設定したためだった。
プジョー福岡の栗原店長の驚いた顔が印象的だったのと、またここから東京へお帰りですね、といわれた瞬間、往路の行程が走馬灯のようによぎった。
帰りは午後早めに出て、500㎞先の大阪で一泊、そして東京へ。
この手で走るという実感。カメラ機材から、小型のスーツケース。たくさんの荷物を自分のこの手で運ぶという、自由な感覚。
ショールームの中からポケットのキーをいじると、窓越しの赤い508のハザードが光る。
それはまさに「そろそろ、行こうぜ」と言っているように思えた。