REPORT●後藤武(GOTO Takeshi)
決勝の第一ステージとなるラウンドオブ14。前日の予選で南から吹いていた風は南東に変わり、選手達はコース戦略(ライン取り)を変更することになった。最初の対戦は室屋とイギリスのベン・マーフィー。この戦いで室屋はマーフィーに0.015秒及ばず敗れてしまう。
室屋が次のステージに進む可能性は一つだけ。ファステスト・ルーザーになることだった。敗者の中で最速のタイムを記録した一人だけが、勝ち残った7人と共に次のラウンドオブ8に進むことができるというルールだ。
「ラウンドオブ14を見ていて、心臓が止まるかと思ったことが3回はあった」と室屋は言う。ヒヤヒヤしていたのは会場にいた観客も同じ。対戦が一つずつ進み、室屋がファステスト・ルーザーのポジションにいることが表示されるたびに安堵の声が会場を包む。胃が痛くなるような時間が続いた。
もうダメだと思ったのは最後の対戦でカービー・チャンブリスが室屋のタイム57.912を上回る57.306を記録した時だった。チャンブリスと対戦するのは昨日の予選で最速タイムを叩き出したファン・ベラルデだ。予選のタイムを考えたらベラルデが勝ち進み、チャンブリスがファステスト・ルーザーとなってもおかしくない。
実際、ベラルデは前半でチャンブリスを上回る速さで飛んだ。誰もが室屋の敗退を覚悟しかけた時、ベラルデのスピードが鈍り始めた。ゲート9で垂直に上昇するバーチカルターンをしたあたりからだった。タイミングを誤ったのか、失速させてしまって速度が低下してしまったのか、ベラルデのコメントがないから原因は定かでない。ベラルデは後半に生じたこの遅れを取り戻すことができず、チャンブリスに敗れてしまう。タイムは室屋にわずかに及ばず58.180。これで室屋は、次のラウンド8にコマを進めることができたのである。
ラウンドオブ14では、もう一つ予想外の出来事があった。2018年のチャンピオン、ソンカの敗退である。ここまでのチャンピオン争いでトップにいたソンカは、今回のレースでも優勝候補の一人。前日の予選でも2番手のタイムを叩き出している。実際、対戦相手のニコラス・イワノフに対し、前半はリード。そのままいけば勝ち抜けるはずだった。
ところがゲート9後のバーチカルターンでリミットの11Gを超えてしまい1秒のペナルティーを受けてしまう。このミスでイワノフに敗れ、早々と決勝から姿を消すことになってしまったのである。
「ヘッドウインド(向かい風)でバーチカルマニューバ〜をしたからオーバーGになりやすい要素は揃っていた。そこで自分が少し集中力を欠いてしまった」
正面から吹き付けていた風がターンの瞬間、わずかに強くなったのかもしれない。この瞬間、ランキング2位のマット・ホールと3位の室屋にシリーズポイント逆転のチャンスが巡ってくることになった。
ラウンドオブ8で室屋と対戦したのはフランシス・ルボットである。先行は室屋。タイムは57秒895。続いて飛んだルボットは、前半のセクションタイムで室屋とほぼ同等の速さで飛んだ。そして途中からルボットがわずかにリードしていく。しかしルボットはパイロン通過時の姿勢とパイロンヒット、二つのペナルティーを受けてしまう。こうして室屋は決勝ファイナル4にコマを進めることになった。
ファイナル4はピート・マクロード、室屋、チャンブリス、ホールの戦いとなった。ポイントでリードしているホールは、このレースで3位以内に入ればシリーズチャンピオンを決定することができる。対して室屋は優勝し、なおかつホールが4位だった場合のみチャンピオンとなることができる。
そして最初に飛んだマクロードが二つのペナルティーを受けた時点で、ホールがチャンピオンになる可能性は一気に高くなった。
続いて飛んだ室屋のタイムは58.630。チャンブリスは室屋を超えることができなかった。そして最後がホールのフライトだった。
ホールはレースで優勝するよりも、シリーズチャンピオンになる道を選んだ。慎重にペナルティーを出さないように飛び、1:00.052でフィニッシュ。この瞬間、室屋の優勝が決定。マットは3位となりシリーズチャンピオンに輝いたのである。室屋は1ポイント差でランキング2位となった。
幕張ラウンドは、レッドブルエアレース最後の戦いに相応しいレースだった。テクニカルなコースレイアウトと刻々と変化する風に翻弄されながら、パイロット達は全力で飛び、最後まで観客の目を釘付けにしたのである。