【難波 治のデザインウォッチング】でもお馴染み、スバルの前デザイン部長で現在は、首都大学東京で教鞭をとる難波治教授。デザインについて知り尽くした教授だからこそ伝えられるデザイン論を、さまざまな角度から語ってもらう講義連載、スタートです。




TEXT:難波 治(NAMBA Osamu/首都大学東京教授)

2017年デビューのボルボのフラッグシップセダン。SPAと呼ばれるアーキテクチャーを使う。ワゴン版がV90、SUV版がXC90

 こんにちは。難波治です。この度、カーデザイナーとして、またひとりのプロダクトデザイナーとして、デザインのあれこれについて徒然なるまま、『とはずがたり』的にいろいろとお話をさせていただくことになりました。初めましてのかた、いままでの連載を見てくださっていたかたがいらっしゃると思いますが、おつき合いのほど、よろしくお願いいたします。

 さて、今回はプロポーションのお話。




 昨今の若い世代の方々、小顔で背も高く、なにより腰の位置が高くて脚が長い。僕のような旧式の諸元値で構成された体型では、なにをどう頑張っても追いつけません。とはいえ、そんな僕だって10代の頃には一所懸命に脚を長く見せようと頑張ったものです。流行りに乗ってロックバンドを組んでいた高校時代にはハイヒールのブーツも履いたし、ジーンズの裾はヒールが見えないくらいに長くして頑張っていました。


 体型だけではありません。実家が美容室を営んでいる同級生がいたため、美容院デビューも果たしました。それまでは床屋にしか行ったことのない僕が生まれてはじめて美容院なるところに行って、友人のお母さんに当時コピーしていた海外バンドのメンバーの写真を見せ「こうして欲しい」とお願いをしたのです。もちろん髪型は可能な限り似せてもらえました。ですが大きな鏡に映る自分の姿は、仮装大会でカツラを被っている域を出るものではなく、ひどく落胆したものでした。




 ああ、やっぱり……。




 その原因はすべてプロポーションにあるわけで、僕が若かった頃といまの若い人とは決定的に身体を構成する寸法やその位置のバランスが違うのです。僕が若かった頃に理想と言われた「八頭身」という比率なんて、いまの若い人達は軽々とクリアしているというわけですね(そりゃそうですね、いまから50年近くも前。クルマでいえばクラシックカーの領域に片足突っ込むくらい昔の話になるんですからね、ああ、嫌だ)。




 頭のカタチ=頭蓋骨のプロポーションの違いはそもそもの人種からくる骨格の違いです。これこそ根本的な違いで表面だけ似せようとしてもどうにもならないのです。骨格が違うのですから小手先の処置ではごまかせません。

全長は4965mm 全幅は1880mm ホイールベースは2940mmの堂々たるサイズだ

 プロポーションとはかくも大事なものなのですね。それではクルマにもその影響はあるのでしょうか。じつは大ありなのです。クルマもプロポーションはたいへん大事で、プロポーションはスタイリングの基本なのです。


 でも、そのクルマのプロポーションの違いは、ディーラーのショールーム内では少しわかりにくいかもしれません。八頭身美人だって目の前に立っていたら何頭身なのかわかりませんよね。少し離れて見るから「わー、顔が小さくて、見事なバランス!」とわかるし、その素晴らしさを堪能もできます。クルマもそれと同じ。少し離れて見ないとそのクルマの本来持っているバランスの良さはわからないものなのです(クルマは少し離れてグルグルと周囲を廻りながらゆっくりと見るのがいいですよ)。

 今年はラグビーのワールドカップが開催されますが、ラガーマンの鍛えられたあのガッシリとした逆三角形の体型はとても安定感があって、頼り甲斐もありますよね。なにが言いたいかというと、八頭身美人も良いけれど、ラガーマンもいい。その根拠は? どちらも魅力的に見えるプロポーションを備えているからなのです。


 私たち人間は、欧米の人だろうが、東洋の人だろうが、美しいと感じるバランスを知っているのです。もしかすると何千年もかけて刷り込まれた感性なのかもしれませんが、それでも多くの人が「いいなあ」と感じるバランスがあるのですね。でも、東西で少しばかりカタチの評価や感じ方に差があることも事実。これらは人種の違う骨格の差による長年生きてきた環境のせいなのかもしれません。

 人とは違って4つのタイヤで地面に立つ自動車は、また違うプロポーションバランスがあります。人と同じように職業柄(クルマのタイプ)によって求められるバランスはそれぞれですが、いずれも4つのタイヤとの位置関係がとっても大事で、この「タイヤとの相対関係が大事ということ」はどんなタイプでも変わりません。それを「立ち方」と表現します。カーデザイナーたちは常に「いい立ち方」を追求しているのです(その筈です……そう信じたい)。




 そしてさらにグルっと一周360度、どの角度から見たときにおいても、そのクルマのシルエットを形作る輪郭線のバランスや、デザインを構成する主要なモチーフ同士が引き合う位置関係のバランスなど、幾つかの要素もとても大切です。これらは「デザインのアーキテクチャー」と呼んだりします。


 自動車の車体設計をされている方々もプラットフォームのコンセプトをアーキテクチャーと呼ぶことがありますが、同じ言葉でもこの場合の意味とは少し違います。とはいえ外観デザインはそのプラットフォームが中身にあって成り立っていますので、言葉の血縁関係は大いにあるといえるでしょう。


 また、プロのカーデザイナーは直接目には見えない身体つきまでコントロールします。昨今は人も表面には見えないインナーマッスルを鍛えますが、自動車の造形においても表面には表れていない「体幹」がとても大事になります。造形された塊(かたまり)の中に「軸」を作り、これをコントロールするのです。

ボルボのフラッグシップセダン、ボルボS90
セダンを上回る人気を誇るワゴンボディのボルボV90


 こららのポイントから見て、僕は最近ではVOLVO S90がとても綺麗なバランスを持っていると思っています。このクルマは本当に素晴らしいプロポーションをしています。メーカー自身もそのカタログでそれを強く押し出して宣伝しています。次回、さらに詳しく説明を続けたいと思いますが、メルセデスやBMWが肉感競争をしている間に、品のあるグッドバランスなデザインはVOLVOに取って代わられてしまったように思います。




 でも最後にこれだけはお伝えしておきたいのですが、グッドプロポーション=グッドデザインかどうか。じつはこれは決してそうはならないのです。プロポーションはとても大事で、根本的にはそれができていないとお話にならないのですが、しかしクルマの魅力はプロポーションだけではないのがツラい。それでもプロポーションが良くなければグッドデザインには到達しないと僕は思っています。

品のあるグッドバランスなデザインと言っていいボルボS90

ボディサイズはメルセデス・ベンツEクラスより若干大きい。残念ながらS90は日本では販売されていない

 話を人に戻すとわかりやすいかもしれません。とても綺麗なバランスで構成された顔をお持ちの方は羨ましいばかりですが、でもそれだけではない、というのは我々もスクリーンやTVの画面の中で感じますよね。




 デザインとは、なんともやっかいな話なのです。




(つづく)

情報提供元: MotorFan
記事名:「 【新連載】難波教授の “カッコいい” お話 #1_なんてったってプロポーション