ストリート派とサーキット派では、NSRへの向き合い方が異なるに違いない─。今回の企画はそんな発想が原点になっているのだが、話しは意外な方向へ進む。2人のNSR マイスターが語ってくれた話は、多くの共通点を感じるものだった。


月刊モトチャンプ 2019年8月号より




PHOTO◉富樫秀明(TOGOSHI Hideaki) REPORT◉中村友彦(NAKAMURA Tomohiko)

NSRへの向き合い方が異なるとセッティングはどう変わる?

――生産終了から約20年が経過したにも関わらず、近年になってブームと言えるほどの盛り上がりを見せているNSRの世界。このモデルを熟知した達人として、どんな人を思い浮かべるかは人それぞれだが……。




 今回は過去に本誌の取材に協力してくれた、和光2りんかんの狩野 修さんと、モトアップの渡部 晋さんに登場していただき、現代のNSRの状況を対談形式で語ってもらうことにした。




 もちろん、日本には他にも多くのNSRマイスターが存在するけれど、この2人が近年のNSRブームに大いに貢献していることに、異論を挟む人はいないだろう。




 本題に入る前にざっくり説明しておくと、和光2りんかんがNSRのパーツ販売と整備を主業務としているのに対して、レーシングチームが母体のモトアップは車両の販売に力を注いでいる。また、狩野さんが通勤・ツーリングにNSRを積極的に使うストリート派であるのに対して、渡部さんはレース畑出身で、サーキット事情に精通する。こういったスタンスの違いが、NSRへの向き合い方に何らかの影響を及ぼすことはあるのだろうか。








渡部 あんまりないと思いますよ。確かに僕は、レースの世界で仕事をしていた期間が長いですが、今の時代にNSRと接するうえで、最も重視しているのは本来の性能を取り戻すこと。エンジンをカリカリにチューニングしたり、足周りをサーキット指向のセッティングにしたりという仕事は、ほとんどやっていませんから。もしそういうことをやるとしても、まずはノーマルの素晴らしさを味わってもらうのが大前提ですし、扱いやすさが何よりも大事という考え方は、実はストリートバイクもレーサーも変わらないんです。




狩野 僕もそう思いますよ。もちろんレースで表彰台を目指すとなったら、ストリートバイクとは異なるノウハウが必要になると思いますが、基本的な姿勢は同じでしょう。なおウチの主業務はパーツ販売と整備以外に、DIY派のサポートがあります。具体的には、シャシーダイナモを使った健康診断を通して、お客さんにさまざまなアドバイスをするわけですが、NSRユーザーはとくにDIY派が多いですね。なお健康診断を通して僕が把握している、最近のNSRの傾向を述べるとしたら、完調の車両が少なくなった……という印象です。中でもMC18以前のモデルは、好調を維持している車両にはめったに出会いません。




渡部 そうなんですよね。僕がNSRの中古車の実情を知ったのは、モトアップで車両販売を始めた数年前からですが、そのまま乗れるレベルの車両には出会ったことがないです。だからウチが扱うNSRは、比較的コンディションが良好なMC21と28が主力。もちろん、お客さんからどうしてもと言われれば対応しますが、80年代に生まれたMC16と18は、完調を取り戻すまでに、かなりのコストと時間がかかります。




──ちょっと答えづらい質問かもしれないが、狩野さんはモトアップの仕事をどう感じているのだろう。古くからNSRに力を入れて来た狩野さんとしては、新興勢力であるモトアップに対して、違和感や敵対心を持つことはないのだろうか。




狩野 まったくありません(笑)。そもそもウチは車両販売を行なっていないですし、普段から調子が悪いNSRをたくさん見ている身としては、モトアップさんのように卓越した技術力のあるショップが、完調のNSRを世に送り出してくれることは、むしろ嬉しいことですから。少々大げさな表現かもしれませんが、NSR業界と2輪業界の活性化を考えると、モトアップさんの参入は大きなプラスになっていると思います。




渡部 そこまで言ってもらえると、かなりのプレッシャーを感じますが……(笑)。でも完調を目指すと相応の費用がかかるわけで、それがお客さんに受け入れてもらえるのは、NSRだからなんですよ。同じ時代に生まれた他のレーサーレプリカの場合は、なかなかそうはいきません。逆に言うならウチの中古車販売は、NSRという偉大なモデルのおかげで、何とか成立しているんです。

パワーユニットに関するふたりの推奨品と考え方

──ここからは油脂類やパーツに関して、おふたりの推奨品や考え方を聞いてみたい。マニアなら誰もが気になる、2ストオイルの話から。




狩野 僕の推奨品はホンダ純正のGR2です。サーキット指向のユーザーの中には、エルフやワコーズなどを選ぶ人もいますが、一般的な使い方なら、GR2に勝るものはないでしょう。ちなみに、混合が前提のレース用2ストオイルを街乗りで使うと、燃え残りのカーボンが、燃焼室に堆積しやすくなります。




渡部 ウチもメインはGR2で、サーキットでも分離給油のままなら、GR2をオススメしています。世の中には純正オイルをバカにする人がいますが、GR2は相当に侮れない、守備範囲が広いオイルだと思います。




──続いては油脂類つながりで、ギヤオイル、ブレーキフルードの話。




狩野 ギヤオイルはホンダ純正のG1も選択肢のひとつですが、乾式クラッチを装備するSE/SP用として、ウチでは広島高潤さんと共同開発した、タイプHとLを準備しています。ブレーキフルードは、ワコーズを使うことが多いですね。




渡部 ギヤオイルはG1とエルフHTX830、ブレーキフルードはゴールデンクルーザーとプロジェクトμが、定番になっています。




──エンジンについてはどうだろう。渡部さんからは先ほど、カリカリにチューニングする機会はほとんどない、という話が出ているが……。




渡部 それ以前の話として、ピストンリングやリードバルブがへたっていたり、RCバルブが正常に動いていなかったり、クランクシャフトのセンターシールが抜けていたりと、ウチに入ってくるNSRは、何らかの問題を抱えている個体がほとんどです。まずは純正部品を使ってのフルオーバーホールが出発点で、チューニングの話はそれからでしょう。でも実際に本調子のNSRに乗ると、〟これ以上のパワーは必要ない〝と言うお客さんが多いですけどね。




──その一方で、狩野さんのMC28は、独自のチューニングで約70㎰の最高出力(クランク軸)を獲得している。和光2りんかんは、そういう指向のユーザーが多いのだろうか。




狩野 いえいえ、そんなことはないです(笑)。本来の調子を取り戻して、それをできるだけ維持したいというお客さんが、圧倒的な多数派です。ただしDIY派の中には、僕のように地道なエンジンチューニングを続けているNSRユーザーがいて、そういう人たちとよく話しているのは、取り返しがつかないような壊し方をしないのが大事だということ。いくら丈夫でパーツが豊富なNSRといっても、エンジンに致命的なダメージを負うと、修復は難しくなります。




──2ストならではのパーツであるチャンバーに関しては、どちらのショップも、ドッグファイトレーシングが一番人気になっているという。




狩野 確実な出力向上が見込めることに加えて、品質の安定感や納期の早さという面でも、素晴らしい。もっとも最近では、ドッグファイト製の美点をわかったうえで、ライズオンやタイガパフォーマンスを試したい、というマニアも増えてきました。




渡部 ドッグファイトさんのチャンバーは、昔から〟間違いない〝と言われていますからね。ただし現在ウチでは、チャンバーの選択肢を増やすために、MC21/28用の右2本出しタイプを開発中です。




──キャブレターは純正をフルオーバーホールする。両店ともに、アフターマーケット製のものに変更するケースはめったにないそうだ。




狩野 キャブをオーバーホールするときは、単純に内部を掃除してシール類を交換するだけではなく、針と筒、ジェットニードルとニードルジェットホルダーの磨耗についても要注意です。この部分の寸法変化によって、調子を崩している個体は少なくないですよ。




渡部 昔のNSRは、直キャブが定番でしたが、今はエアクリーナーボックスを取り払うことはまずないですね。そもそも直キャブにしても、簡単にパワーが上がるわけではないし、耐久性の確保という面では、エアボックスの使用はマストでしょう。




──点火ユニットのPGMに関しては、かつては壊れたらどうにもならない……と言われていたものの、近年では独自に修理を行なうショップやプライベーターが登場している。




狩野 ウチのお客さんも、そういったショップやプライベーターに修理を依頼している人が多いです。ひと昔前のギャンブル的な雰囲気、でアタリかハズレかわからないPGMを、多くのNSRユーザーがネットオークションで購入していた頃を考えれば、今はいい時代になりました。




渡部 PGMの修理は、ウチも外部に依頼しています。なお点火系については、近年のレース界で話題になっている、スロベニア製のジールトロニックを試してみたいのですが、じっくり取り組む時間がなかなか取れない……というのが現状です。




狩野 ジールトロニックは、まだインフラが整っていないですよね。すでに使いこなしているプライベーターはいますが、ボルトオンでOKという雰囲気ではない。

モトアップのパーツ開発&テスト用車両であるこのMC28は、渡部さんが中心になって開発。基本的にはレーサーだが、ストリートバイクへのフィードバックを念頭に置いているため、耐久性を損なうチューニングは行なわれていない。とはいえ、VHMのシリンダーヘッドやRS125R用リードバルブ、7Cのチャンバーなどを採用したパワーユニットは、後輪で65psを発揮するという。フレームはノーマルだが、リヤホイール/ブレーキパーツの選択肢を増やすため、スイングアームはMC21用のガルアームに変更している。

20代前半からNSRに乗り始めた狩野さんにとって、現在の愛車は2台目のMC28。エンジンには高度なチューニングが行なわれているものの、狩野さんは通勤やツーリングなどに、この車両を普通に使用している。「NSRを日常的に使っていると言うと、もったいないとか、街乗りは疲れない?と言われることがありますが、僕はどんなときでも、大好きなNSRに乗っていたいんです(笑)。それに“走る・曲がる・止まる”の三拍子がきっちり揃ったNSRは、危険を回避できるという意味では、実は安全なバイクなんですよ」

足周りには現代の技術を投入する

──ここからは車体関連の話。まずは骨格となるフレームに、問題が生じていることはあるのだろうか。




渡部 ほとんどないです。NSRのフレームはとにかく丈夫で、ちょっとくらいの転倒や事故では変形しません。この点では、今どきの250ccのほうが軟弱です(笑)。




狩野 フレームは確かに丈夫ですが、実際に健康診断すると、ステムベアリングがガタガタになっていたり、前後ホイールの整列が出ていなかったり、リヤサスのリンクがグリス切れを起こしていたり、などという個体をよく見かけます。




──外装についてはどうだろう。NSRを含めた古いモデルの場合、メーカーからの供給が真っ先に無くなるのは外装と言われているが……。




狩野 貴重な純正は保管しておいて、普段はリプロ品を使っている人が多いですよ。最近はリプロでもいろいろな選択肢がありますから。




渡部 ウチのお客さんもそうですね。リプロの中には精度がいまひとつで、取り付けに加工が必要になる製品もありますが、新品が今でも入手できるのは素晴らしいことだと思います。




──足周りの要となる前後タイヤに関しては、両店ともに最新のスポーツラジアルを推奨している。




狩野 MC16には対応していませんが、MC18以降のお客さんに僕がオススメしているのは、ダンロップのα-14です。このタイヤとNSRの相性は抜群で、どんな場面でもスポーツライディングが満喫できる。過激なトレッドパターンを見て、敬遠する人もいるんですが、せっかくNSRに乗るなら、ツーリングタイヤや一昔前のタイヤではなく、最新のスポーツタイヤを選んで欲しいですね。




渡部 ストリートならブリヂストンS21、サーキットならピレリ・ディアブロスーパーコルサSCか、ブリヂストンR11が、モトアップでは主流になっています。狩野さんの意見には僕も同感で、やっぱりNSRに乗るなら、タイヤは最新モデルを選んで欲しいと思いますよ。




──ブレーキは、フロントはマスター&キャリパーを交換するケースが多いようだが、リヤはノーマルをオーバーホールして使うのが一般的だ。




渡部 きちんとオーバーホールすれば、NSRのブレーキはノーマルでも十分な制動力を備えているんですが、良質なタッチを求めてマスターはラジアルポンプ、パッドの選択肢を増やすためにキャリパーはブレンボに交換、というのがよくあるケースです。フロントディスクが磨耗限度を超えたときは、ウチではアフターマーケット製のサンスターやアドバンテージをオススメしています。




狩野 ブレーキに関しては、パッド選びがなかなか難しいところです。レース指向の製品は制動力が抜群ですが、モノによっては初期制動が強すぎたり、ダストが多かったりします。パッド選びは、乗り手の使い方に応じてということになりますが、NSRユーザーに推奨する機会が多いのは、ベスラとジクーですね。




──続いてはリヤショックユニット。このパーツについては、オーリンズやナイトロンといったアフターマーケット製が人気を獲得している一方で、純正をオーバーホールして使用するユーザーも少なくないという。




狩野 NSRの純正リヤショックは、現代の目で見てもかなり出来がいいですからね。最近は純正をオーバーホールしてくれるショップがたくさんありますから、スカスカのダンパーを本来の状態に戻して使い続けたい、と考えるのは当然だと思います。スプリングに関しては、アイ・ファクトリーの強化タイプが、昔からマニアの間では定番になっています。




渡部 ウチでも純正をオーバーホールして使う機会は多いですが、守備範囲の広さでは、やっぱり現代のアフターマーケット製のほうが上でしょう。ただし、アフターマーケット製リヤショックは、車体の状況や乗り手の技量、走る場面に合わせたセッティングが必要になるので、安易にオススメはできません。

プロの診断と整備で完調を取り戻す

──冒頭で述べたように、近年NSRの世界はブームと言えるほどに盛り上がっている。そういった状況を踏まえて、NSRユーザーにアドバイスをするとしたら、おふたりはどんなことを言うのだろうか。




狩野 完調を取り戻すなら今! でしょうか。何と言ってもNSRは、20年以上前に生まれた旧車ですからね。修理と部品に関する心配がほとんどない今の状況が、いつまで続くかはわかりません。だから自分の愛車に何らかの不満を持っているなら、できるだけ早く、プロの診断を受けたほうがいいと思います。




渡部 狩野さんと同じような言葉になりますが、程度の悪い車両をダマシダマシで乗るのではなく、完調の状態を知って欲しいと思います。ここまでスポーツライディングが楽しめるバイクって、僕が知る限りでは他に存在しないですから。ちなみに世の中には、昔の2ストレプリカは何となく手間がかかりそう……と感じる人がいるようですが、NSRはいったん完調になれば、以後の手間はほとんどかからないですよ。

ホンダ '94 NSR250R SE (MC28)

ルックスはレーシーになっているものの、使用パーツの大半は普通に購入できる製品がほとんど。アドバンテージイグザクトのアルミ鍛造ホイールは、ホンダ純正マグテックと比較すると、フロントで300g、リヤで1kgの軽量化を実現。削り出しのステップはSEDで、クイックシフターはバトルファクトリー。

アルミ削り出しのステアリングステムとデトネーションカウンターは、モトアップのオリジナルパーツ。

エンジンチューニングは耐久性の確保に加えて、気候の変化に左右されないことをテーマにして行なわれた。

FRP製フルフェアリング+シートカウルはタイガパフォーマンス。ガソリンタンクはSTDを使用する。

■ホンダ '94 NSR250R SE (MC28)


7C製チタン+カーボンチャンバー/ VHM製シリンダーヘッド/ AZ製リチウムバッテリー/タイガパフォーマンス製フェアリング+シートカウル/ HRC製ハンドル/オーリンズ製CBR250R 用フロントフォークカートリッジ/オーリンズ製TTXリヤショック/ゲイルスピード製フロントラジアルマスター/プロジェクトμ製ブレーキパッド/アドバンテージ製ディスク/ SED製バックステップ/ブリヂストン・R11 (F) 110/70ZR17 (R) 150/60ZR17

ホンダ '94 NSR250R SE (MC28)

ノーマル然としたスタイルを維持している狩野さんのMC28だが、ライズオンの井場さんがクランケース加工、狩野さん自身がポート加工を行ったエンジンは、クランク軸で約70psを発揮。クランクシャフトのセンターシールは、“抜け”の心配が不要となる、井上ボーリングのラビリンスタイプを採用している。

LEDヘッドランプはスフィアライト。ラジアルポンプ式のフロントマスターシリンダーはベルリンガー。

シリコン素材のラジエターホースはサムコ。点火系にはオカダプロジェクツのプラズマブースターを導入。

リヤショックのスプリングはアイ・ファクトリー。乾式クラッチはカバーを撤去したうえ、プレートを研磨。

■ホンダ '94 NSR250R SE (MC28)


ドッグファイトレーシング製ステン+カーボンチャンバー/ SEJ製トップブリッジ/井上ボーリング製ラビリンスシール/オカダプロジェクツ製プラズマブースター/ベルリンガー製フロントマスター/ベスラ製ブレーキパッド/ステルス製ドライブスプロケット/ RK製ドライブチェーン/ブリヂストン・S20(F) 110/70ZR17 (R) ピレリ・ディアブロスーパーコルサ150/60ZR17
情報提供元: MotorFan
記事名:「 【ホンダNSR達人会談】ストリート×サーキット、それぞれの極意を語る。