REPORT●佐野弘宗(SANO Hiromune)
PHOTO●神村 聖(KAMIMURA Satoshi)/平野 陽(HIRANO Akio)
※本稿は2018年1月発売の「新型スペーシアのすべて」に掲載されたものを転載したものです。車両の仕様や道路の状況など、現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。
ここに連れ出した「スーパーハイト」と呼ばれる軽自動車(以下、軽)の4台。その顔ぶれは、昨年秋に発売した『新型N-BOXのすべて』でのライバル比較とほぼ同じ。唯一の明確な違いといえば、スズキ・スペーシアが新型に切り替わって、今回の主役になったことだ。
さらに細かくいうと、ダイハツ・タントも昨年末に一部改良を受けている新型で、クルマを真上から見た映像を映すカメラ(ダイハツでの商品名はパノラマモニター)が、新規オプションで用意された。これでホンダN-BOXを除く3台で「真上映像カメラ」が選べるようになった……と思ったら、新型スペーシアのそれ(全方位モニター)はさらにハイテクな「3D映像」が見られるという。
この種のインフォテイメント技術はまさに日進月歩。いまや軽最大の売れ筋ジャンルにして、軽メーカー全社が真正面から競合するスーパーハイトでは、この分野の競争も本当に激しい。それこそ「どんな新機軸も半年あれば全車で横並び!?」というほどに熾烈な技術競争・商品力競争が繰り広げられている。
というわけで、現時点で最新のスーパーハイトを、『新型N-BOXのすべて』と同様に「カスタム系」で揃えたが、こうして眺めてみると、正直言って「横並び感」がさらに強まっているようにも見える。
その理由は簡単。これまで「他車より少しだけ背が低く、わずかに強めにキャビンを絞る」ことにこだわっていたスペーシアが、ある意味で殻を破ったからである。全長と全幅、そして両側スライドドアのボディ形式は変えようもないが、これまでの「四角い中にも伝統的なクルマらしさ」というギリギリのサジ加減によるデザインは、良くも悪くも「素直に背が高く、真正直から四角四面」なスタイルへと脱皮した。
新型スペーシアの全高値は、ホンダN-BOXにだけは5㎜の僅差で首位を譲るものの、日産デイズルークスより10㎜、ダイハツ・タントより35㎜も高く、クラス最低全高だった先代から2台抜きして、2番手の背高パッケージとなった。さらに、サイドパネルの垂直感ではN-BOXと双璧、リヤエンドの絶壁度はタントに引けを取らない。ベルトラインの水平度はクラストップといってよく、サイドのデザイン処理に、お約束の前傾モチーフが見られないのも新鮮だ。
ただ、フロントウインドウ傾斜角だけは、先代スペーシア同様にルークスに次いで寝ているのが、今回のエクステリアで唯一(?)守られた先代からの伝統である。そこが新型スペーシアもなんとかクルマらしく見える最後のトリデなのかもしれない。
また、新しいスペーシアのカスタム顔は他車と比較しても最強のオラオラ系で、メッキ量も圧倒的に多い。スズキといえばパレットSW時代から派手顔を好まないのが伝統であり、そこを評価してきた大人の客筋もあったはずなのだが、新型スペーシアは(というか、厳密には先代末期の16年12月に新たに設定された「カスタムZ」から)、この点においても、ついに殻を破ったわけだ。
今回の新型スペーシアが、背を高くしすぎない低重心ボディ、絞り込んだキャビンや前傾姿勢など伝統的クルマらしさにこだわったデザイン、そして派手すぎない大人のカスタム系……といった従来の独自性の多くを捨てた理由は、おそらく「スーパーハイトの覇権争い」に正面から挑戦すると決意したからだろう。
スーパーハイト市場は、あくまで販売台数だけでいえば、ここ数年、明確な序列が固定化している。
不動の販売トップに君臨するのは、いうまでもなくN-BOXだ。N-BOXはフルモデルチェンジ直前の先代末期でも月間1万5000台前後を売り上げて、昨年秋のフルモデルチェンジ以降は月間2万台超……というモンスター級の人気を誇る。で、これに続くのがタントで、さすがにここ数ヵ月は以前ほどの勢いがないものの、全盛期は月間平均で軽く1万台を超えており、軽全体の販売ランキングでは、最近までN-BOXとタントが1位・2位を独占する光景が当たり前だった。
残るスペーシアとルークスをこれらトップ2と比較すると、販売台数に明確なギャップがあったのは否定できない。先代スペーシアはモデルライフの大半で月間平均で6000〜7000台ほどだった。ルークスの販売台数も、兄弟車の三菱eKスペースを合計すればスペーシアに僅差で続く規模だった。
ただ、直近1年ほどは、2台とも台数が上昇傾向にあった。スペーシアでは前記の異例のタイミングで追加された「カスタムZ」がその最大要因だったことはスズキ自身が認めるところである。また、ルークスも16年の半ばに販売休止した反動と、販売再開に合わせたマイナーチェンジ効果が17年の売上に現れた、と考えるべきだろう。
直列3気筒DOHCターボ+モーター/658㏄
最高出力:64㎰/6000rpm[モーター:3.1㎰]
最大トルク:10.0㎏m/3000rpm[モーター:5.1㎏m]
JC08モード燃費:25.6㎞/ℓ
車両本体価格:178万7400円
新型スペーシアは、N-BOXやタントと同じ土俵で真正面からがっぷり四つに組み合うことで、固着したスーパーハイト勢力図に、改めて一石を投じようとしている。延長されたホイールベースと背高な四角四面スタイルの組み合わせで、前述したように新型スペーシアの室内高は一気にクラストップに躍り出たのだ。
スーツケースを平置きしたようなダッシュボードのデザインのせいか、諸元表上の室内長こそクラスで最短であるものの、拡大した室内高に合わせて乗員のヒップポイントも引き上げられており、実質的な居住空間はトップ2に肩を並べている。
しかし、やはり室内長の影響なのか、後席レッグルームだけはいまだN-BOXとタントに軍配……なのも事実。ただ、後席レッグルームが最も狭いルークスですら、実用上は使いきれないほど広く、もはや「しょせんふたりしか座れない後席がこんなに広くてどうする?」と言いたくなる。室内の広さを追い求めたスズキの涙ぐましい努力は痛いほど分かるが、「……で、意味あるの?」と、失礼なリアクションになってしまいがちなのも否定できない。
ただ、そうしたツメに火をともすような室内容積拡大競争より、居住性と使い勝手において分かりやすくも絶大な説得力をもつのが、リヤシート可倒機構である。先代のそれはスーパーハイトの定番であるダイブダウン式だった。シートを折り畳んでからフットスペースに落とし込むダイブダウン式は、収納時に低くベッタリおさまるのが利点である。シート可倒機構とはクルマの本質的コンセプトを象徴する部分だが、新型スペーシアは、それをシートバックと同時に座面が沈み込むダブルフォールディング式にガラリと宗旨替えしたのだ。この方式はワゴンRなどのハイトワゴンでおなじみの方式で、スーパーハイトではN-BOXに続く二例目となる代物である。
ダブルフォールディング式は収納時のフロアがダイブダウン式より高く残ってしまうが、収納操作は圧倒的にシンプルで、しかも可倒操作時や収納時にドラポジも制約されないという絶大なメリットがある。
たとえば、ダイブダウン式のタントやルークスでは、リヤシート収納時に前席スライドを最後端まで下げることができない。この一点だけで、筆者を含む身長175㎝以上の大柄な男性なら、自動的に新型スペーシアかN-BOXが有力候補になってしまう。ここがダイブダウン式だと、大柄なドライバーではリヤシート可倒とドラポジが両立せず、状況に合わせて、どちらかを妥協せざるをえなくなる可能性が高い。
それだけではない。新型スペーシアでは長らくルークス/eKスペース自慢の独自装備だった空調サーキュレーターも新採用。しかも、スズキのそれは、サイズ、静粛性、実効果の全種目でライバルをとことん研究した最新型だ。今回は季節がら、その真の実力を心から体感できるチャンスはなかったが、〝開発ストーリー〟での鈴木猛介チーフエンジニアの言葉を信じれば、子育て層にはタントの助手席側ドア内蔵Bピラーボディに匹敵する、キラーアイテムになる可能性は十二分にあると思う。
新型スペーシアは軽量ボディ、低燃費、豊富なアイデア収納、そしてISGによる滑らかなアイドリングストップ&再始動といった従来の強みに加えて、N-BOX同様のダブルフォールディング可倒、ルークスを追い掛けてきたサーキュレーター、そしてタントカスタムに負けないメッキ量の派手フェイス……と、ライバルのキラーアイテムをえげつないほど貪欲に取り込んだ印象が強い。
とはいっても、それぞれが火花を散らすように牽制しあいながら、細かい改良を積み重ねているスーパーハイトでは、われわれ一般人が普通に思いつく装備類は各車ともあらかた用意しているのも間違いない。
そんなスペーシアも、さすがにあまりに独特の設計を要するタントのドア内蔵ピラー構造には手を出していないし、いわゆるセミ自動運転となるアダプティブクルーズコントロールはN-BOXだけ。さらには、ルークス独特のファッショナブル路線なカラーバリエーションにも踏み込んでいない。こうした部分が各車の際立った個性ともいえるだろう。
直列3気筒DOHCターボ/658㏄
最高出力:64㎰/6400rpm
最大トルク:9.4㎏m/3200rpm
JC08モード燃費:26.0㎞/ℓ
車両本体価格:174万9600円
4台の走りについて冷静に判断を下せば、17年後半にデビューした新型スペーシアとN-BOX、そして13年デビュー組となるタントとルークスというふたつのグループの間に、埋めがたい設計年次の差を感じてしまうのは正直なところだ。
今回はカスタム系のターボ車比較がメインテーマだが、スペーシアとN-BOXという17年組の走りにおける美点は、実は安価なNA(自然吸気)車で分かりやすくもある。
スーパーハイトはいうまでもなく、軽乗用車では最も重く、空気抵抗が大きいセグメントである。街乗り主体という軽らしい用途想定なら、4台のNA車も必要十分な性能は有する。しかし、筆者のようなクルマオタクが高速道も多用するファーストカー候補としては、どうしても非力に感じてしまうのもスーパーハイトの宿命といえるものがあった。
しかし、スペーシアとN-BOXという最新17年組なら、NAエンジンでも従来のスーパーハイトのイメージを覆すほどに走るのだ。さすがに高速追い越し車線をリードするなら明確にターボに分があるにしても、単独で街中や都市高速を走りまわるパターンなら、スペーシアとN-BOXはNA車でも意外なほどに小気味よく「これならファーストカーでも……」と素直に思えてくる。
その秘密はスペーシアはいまだに他車と比較しても圧倒的に軽い車重と、明確な加速効果はなくとも、エンジンの苦手領域を黒子に徹してフォローするマイルドハイブリッドの恩恵が大きいと思われる。そして、N-BOXは軽自動車で初となるVTEC搭載のエンジンそのものが掛け値なしにパワフルで、CVTの制御もうまい。
スペーシアの走りといえば、先代ではあえて早期にペタンとロールさせて、そこからじわりと粘らせるフットワークによる濃厚な接地感とコントロール性が美点だった。対して新型スペーシアはいかにもしっかり踏ん張って、姿勢変化をきらったフットワークとなった。ロールスピードは抑制、ロールの絶対量も小さくて、N-BOXにも似た、いかにもモダンで現代的な味付けである。
姿勢変化の少なさでいえば、同じ17年組のN-BOXはスペーシアに優るとも劣らない。ただ、N-BOXはそれ以上に、ドアを開けてシートに座り、エンジンを始動して、タイヤが転がり出して……という一連のドライビングで伝わってくる剛性感、重厚感、シートの座り心地や乗り心地における潤い感、そして全体に貫かれる質感が素晴らしい。
これら17年組と比較すると、13年組の2台にはさすがに設計年次を実感させられる面はある。静粛性や剛性感といった点で、タントとルークスはスペーシアとN-BOXに明らかに譲る面があり、姿勢変化も確実に大きい。さらにいうと、ルークスのプラットフォームは前身となった先代eKワゴンからの改良版であり、良くも悪くも、タント以上に古典的な乗り味である。
ただ、いつしかスーパーハイトで最も低全高となったタントは、絶対的な姿勢変化やロールスピードは速いにもかかわらず、新型スペーシアとほぼ同寸のロングホイールベースもあり、意外にも低重心で安定した高速コーナーが心地よい。
ルークスはさらに前後左右に動きたがる古典的なシャシーである。ロールが大きいといってもあくまで現代車のレベルだから不安定なわけではなく、その積極的な姿勢変化がステアリングやシートからの鮮明な接地感にもつながっている。
よって、自分で積極的に振り回すような運転(を、この種のクルマでするマニアは少数派だろうけど)をすると、ルークスがなかなかオツな味わいであることは間違いない。ほかの3台より明らかに低いヒップポイントも、空間効率としては弱点なのだが、ドライバーズカーとしての低重心感を醸し出す効果もある。
スーパーハイトはいつしか軽でも圧倒的な売れ筋商品にして、最大派閥である。新型スペーシアはその激烈な市場で下剋上を期する意欲作だ。ライバルたちの裏の裏まで研究し尽くして、現時点では「ライバルにあって、スペーシアにないものなし、ライバルに負けている部分は(ほぼ)皆無」といっていいだろう。
しかし、これだけの力作で、ほぼ全域でクラストップ級の性能を達成した新型スペーシアであっても、そう簡単には独走させてもらえない。居住性などはもはやどれもが使いきれないほど広く、どんな新装備もあっという間に追いつく。現在のスーパーハイト市場は、そんな恐ろしいほどの激しい競争社会である。
直列3気筒DOHCターボ/658㏄
最高出力:64㎰/6000rpm
最大トルク:10.6㎏m/2600rpm
JC08モード燃費:25.0㎞/ℓ
車両本体価格:189万5400円
直列3気筒DOHCターボ/659㏄
最高出力:64㎰/6000rpm
最大トルク:10.0㎏m/3000rpm
JC08モード燃費:22.2㎞/ℓ
車両本体価格:175万5000円