日本が誇る2シーターオープンスポーツ、ロードスターと、電動可動式ハードトップを持つロードスターRF。FRレイアウトを持つピュアスポーツであり、世界で最も人気のあるスポーツカーとも言える。今やスポーツカーの世界的ベンチマークとなったこの2台で、中山道屈指の宿場町、奈良井宿を目指した。




REPORT●鈴木慎一(SUZUKI Shin-ichi)


PHOTO●宮門秀行(MIYAKADO Hideyuki)




※本稿は2017年7月発売の「モーターファン Vol.8」に掲載されたものを転載したものです。クルマの仕様や道路の状況など、現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。

NA6Cロードスター

 初めてスポーツカーをドライブしたのは、たぶん1990年か91年の冬だったと思う。ユーノス・ロードスター、いわゆる初代NA型ロードスターである。大学でちょっとぐずぐずしていたボクよりひと足早く社会人になった親友が買ったシルバーのロードスター。それを冬の間だけ預かったのだ。二輪メーカーに就職した友人は青森へ転勤になり、「冬の間、どうせ乗れないから預かってくれないか?」とボクに申し出てくれた。「好きに乗っていていいから」と付け加えて。




 こんな素敵なオファーはない。当時、ボクは社会人になりたてで、自動車とは縁のない雑誌の駆け出し編集者だった。話題のクルマに触れる機会は皆無。その日からは、自分が買った中古のトヨタ・セリカ1600GTそっちのけで、ロードスターばかり乗っていた。それまで、背が低くて2ドアのクーペのことをスポーツカーと呼ぶのだと漠然と思っていたのだが、ロードスターをドライブして、まさに眼から鱗が落ちた。「なんだ、これがスポーツカーなのか」と。




 とにかく楽しい! 慣れるまではシフトチェンジするたびにステアリングホイールを握る手が少しぶれて、クルマも4分1車線くらい横っ飛びする。ちっとも速くない。でも、思うように操れる。雨が降らない限りトップは下ろしておく。もちろん真冬でも。お気に入りのチューンだけに編集したカセットテープを、これまた厳選して数本だけ小さなセンターコンソールに入れておく。雨の日にリヤのビニール(リヤウィンドウがガラスではなくビニールだったので)を拭くためのウエスを積んでおく。パーキングエリアで停まれば、見知らぬ人から「これが、あのユーノス?」と聞かれた。面倒なことなどなにもなく、すべてが楽しかった。90年代前半がバブルの名残を引き摺っていたことを差し引いても、それはとてもとても素敵な時間だった。




 翌春になって、シルバーのNAは、青森に戻っていった。

NA8Cロードスター

 それからほどなくして、ボクは、赤いユーノス・ロードスターを買った。生まれて初めて買った新車。NA6からNA8にマイナーチェンジした1.8ℓ直4DOHCエンジンを積んだモデルである(1.6ℓモデルは、エアコンをONにしたら、とにかく走らなかったのでNA8まで待ったのだ)。カラーは赤。トランスミッションは、5速MT。電動リモコン化されたドアミラーの不格好なステーがどうしても気に入らなかったから、それを装備しない「ノーマルベース車」を手に入れた。




 ステアリングホイールをナルディのクラシックに換え、アルミホイールを交換し、ロールバーを入れた。とにかく、運転することが楽しかった。雨が降らない限り、トップはいつも下ろしていた。どこへ行くのもロードスターだった。徹夜の校了明け、そのままクルマ好きの先輩編集者と箱根へ走りに行った。




 ドライビングのスキルがあったわけではない。サイドブレーキターンはうまくできても、ヒール&トーはあやしいものだった。

中山道の宿場町、奈良井の御宿「伊勢屋」より目抜き通りを望む。

 そんなスポーツカーとの日々を過ごした後、プジョー306を買い、アルファ156の乗り換え、シトロエンに乗り、いつのまに普通のセダン(BMW320i)に乗る単なる忙しい中年男になった。取材、会議、締切、また会議、そして会議。少しずつ磨り減って、もう磨り減るものさえなくなってきているのが、今だ。週末も仕事。早朝に箱根に行くこともなくなった……。




 単なる想い出話の駄文で恐縮だが、本稿は、本誌で「スポーツカー特集」を編むにあたっての、一種の前口上である。




 副編集長Kは、「スポーツカー特集、とりわけ日本のスポーツカー特集を組みたい」と言う。スポーツカー?




 ここにひとつの数字がある。


「665分の5」。




 これは自動車産業の調査で定評のあるIHSMarkitのデータである。日本・韓国の2016年の販売台数に占めるスポーツカーの割合だ(665万台のうち5万台がスポーツカー)。わずか0.764%。150台に2台。それが日本のスポーツカーの立ち位置だ。日本の名誉のために言っておくと、同じデータで欧州のスポーツカー比率は0.728%でほぼ同じ。スポーツカー王国の北米は約2.1%である。




 日本のスポーツカーは、ざっと150台に1台。それが意味するところは、「自動車の免許を取っても、スポーツカーを一度も運転したことない人が、ほとんど」ということだ。「じゃあ、どんなクルマがスポーツカーなの?」編集会議でも、「まずスポーツカーを定義しよう」という意見がもちろん出た。2ドアじゃないと。MTじゃないとだめだよ。4ドアはダメ? FR? スポーツカーは格好だよ! モータースポーツのストーリーがなくっちゃ! ゴルフGTIはスポーツカー?軽自動車はどうなの? 速くなくっちゃ! 速けりゃいいの? 議論百出だ。「定義付けより、まずは乗り出そう」そう言ったのは言い出しっぺの副編Kである。

ND5RCロードスター

今回、我々が宿に選んだのは、築200余年もの歴史を誇る「伊勢屋」だ。伝統的建築様式が醸し出す古き佳き時代の風情ももちろん魅力的だが、地元の山の幸をふんだんに使った家庭的料理も絶品で、この味のためだけでも時間とお金をかけて足を運ぶ価値がある。アットホームな雰囲気も心地好く、何度でも訪れたい宿だ。

 最初は断った。会議が続いていてどうやっても一泊二日の時間が取れないから、と。それでも副編Kは、「いいからいいから、つべこべ言わずに。すでに2台、ロードスターの広報車を押さえましたから。行くところも決めてますから」という。




 仕方なく、6月のある平日、最新のロードスター(ND5RC型)を乗り出す。もちろん、試乗会で乗ったこともあるし、初めてではない。




 早朝、イグニッションをオンにする。盛大な排気音(と思っているのは、車内にいる人だけ。外で聞くと大人しいものだ)。カメラマンを迎えに行く。品川区の狭い裏通りを抜ける。ガード下、高架を電車が走る。とてつもなくうるさい。そうだよな、ソフトトップだもん。雨が降ってくる。リヤウィンドウは、ガラス製。初代のようなウエスは必要ない。でも、ナビゲーションシステムはなし。




 1.5ℓ直4エンジン搭載。131ps/150Nm。車重990kg。全長3915×1735×1235mm。ホイールベース:2310mm。現行ロードスターの最廉価グレードの「S」である。もちろんMT。あれれ? なんだよ、これ? 同じじゃん?




 最初に乗ったNA型ロードスターは、1.6ℓ直4エンジン搭載。120ps/137.3Nm。車重940kg。3970×1675×1235mm。ホイールベース:2165mm。税込価格は254万8800円。




 なんだよ、NDロードスター、楽しいじゃないか! 変わってないじゃないか!




 カメラマンとボクの一泊二日分の荷物はトランクにぎりぎり収まる。




 左足でクラッチペダルを、左手でシフトレバーを、右足でアクセルとブレーキペダルを操作する。目は次の信号とコーナーを見ている。五感を少しだけ研ぎ澄ます。自転車やスキーと同じだ。一度覚えた操作は、身体が忘れていない。これも楽しい。中央高速に乗る。100km/hも出せば、もう充分「速い」。




 中央高速の談合坂SAで、もう一台のロードスターに乗ってきた副編Kと落ち合う。型式NDERC型。マツダ・ロードスターRFである。RFの意味するところは、リトラクタブル・ファストバック。グレードはRS。現在最も高価なロードスターだ。試乗車は371万5200円である。RFは、ロードスターと違って、北米試乗で設定のある2.0ℓ直4DOHCエンジン(158ps/200Nm)を積んでいる。トップ上げたRFは、オトナっぽいオシャレなクーペだ。マツダが「マシーングレープレミアムメタリック」と呼ぶボディ色はじつに艶っぽくて高級だ。




 高速道路で前を走るRFは、ロードスターのベーシックモデルSと比べてるとずいぶんペースが違う。2.0ℓのエンジンとハードトップのおかげか、ペースが速い。




 高速道路をKがドライブするRFに続いて降りる。ここで、乗り換えだ。




 RFの室内は、最新のクーペモデルに相応しいの装備と質感を持っている。2.0ℓエンジン、マツダ・コネクトのナビテーションシステム、レカロ製シート、ビルシュタイン製ダンパー、205/45R17サイズのタイヤ。その代わり車重は1100kgとなっている。こちらもトランスミッションは6速MT。ドライブコースは、ビーナスラインである。




 平日の午前中に、ビーナスラインをスポーツカーで走る。これって、もしかして至福の時? ロードスター「S」とロードスターRF「RS」を乗り換え乗り換え、ビーナスラインを往復する。カメラマンが待つ撮影ポイントの前を何回となく走る。いつの間にか空は青空。もちろん、トップは両車ともに下ろしたまま。通り過ぎていったNCロードスターのドライバーが、手を振っていく。

奈良井宿は中山道六十九次の江戸から数えて34番目にあたる。屈指の難所として知られた鳥居峠を控えていることもあり、かつては奈良井千軒と呼ばれ、多くの旅人で賑わいを見せた。1978年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

 本稿のテーマとは少しずれるが、RFとSの印象を記しておく。ボクが気に入ったのは、ベーシックグレードのSだ。マツダ開発陣が想定したとおり、「NAロードスターの再来を狙った」通りの乗り味だ。リヤのスタビライザーを省略したSは、コーナーで大らかなロールを許す。これがとても気持ちいい。乗り心地も常用域ではとても素晴らしい。もっと腕のいいドライバーがもっとハイペースで飛ばせば違ったインプレッションになるのだろうが、ボクも含めたアベレージのドライバーなら、Sの乗り味はまったく不満がない。車重が重く、ビルシュタイン製ダンパーとリヤスタビライザーを奢ったRFのRSは、NDロードスターファミリーの最左翼と最右翼となるわけだが(どっちが左でどっちが右かはここでは書かない)、ボクならSを選ぶ。




 広報車を返却する際にマツダの担当者と話をしたところ、「SとRS、どちらが好みかは、完全に二分されるんです。NCの足を固めたカチッとした乗り味が好きな人は、RSが良いって言いますよ」だそうだ。「ボク、昔、NAに乗っていたんですよ」と話すと、「NAに乗っていた人は、そりゃもうSが一番楽しいっておっしゃいますよ」とのことだった。

 さて、Kが決めた目的地は、中山道・奈良井宿だった。宿に到着したのが、午後5時前。いつもなら、まだ仕事に追われている時間だ。奈良井宿に2台のロードスターを停めて撮影。地元のおじさんやおばさんが寄ってきては、「これ、あれだろ? そう、これ、マツダだろ?」と声をかけてくる。「そう、マツダのスポーツカーですよ」と答える。




 江戸時代の風情が残る奈良井宿に赤とグレーのロードスターは、自然と馴染む。日が暮れたら、撮影はお仕舞い。風呂を浴びて、手の込んだ美味しい夕食と日本酒。「おい、なんだよ、楽しいじゃないか」




 オーストラリアから来た老夫婦、バイク・ツーリングのグループとどこをどう走るか走ったか、話ながら夜が更けていく。「どうです? たまにはいいでしょ? このところ、会議と会議の間、せかせか歩き回ってため息ばかりついてますよ。こういう時間、必要でしょ? スポーツカー、いいでしょ?」と副編Kが笑う。




 そうだ。スポーツカーに乗ろう。これが本特集のテーマだ。そして幸運なことに日本にはたくさんのスポーツカーがある。多くの人たちは、一度もスポーツカーをドライブすることのない人生を歩む。「スポーツカーのある人生とない人生」なんて大げさなことは言わない。でも「スポーツカーと暮らした時間のある人生とない人生」なら、「ある人生」が断然いい。




 ボクもいつか、スポーツカーを再び手に入れたいと強く思った。そして、それはたぶんマツダ・ロードスターになるんだろうな、と。




 かつてスポーツカーと過ごしたことのある人はもう一度。ない人は、スポーツカーに「つべこべ言わずに」乗ってみてください。

■マツダ・ロードスター S


● 全長×全幅×全高:3915×1735×1235mm ●ホイールベース:2310mm ● 車両重量:990kg ● エンジン形式:直列4気筒DOHC ● 総排気量:1496cc ● ボア×ストローク:74.5×85.8mm ●圧縮比:13.0 ● 最高出力:96kW(131ps)/7000rpm ● 最大トルク:150Nm/4800rpm ● トランスミッション:6速MT ● サスペンション形式:Ⓕダブルウィッシュボーン Ⓡマルチリンク ● ブレーキ:Ⓕベンチレーテッドディスク Ⓡディスク ● タイヤサイズ:195/50R16 ● 車両価格:249万4800円

■マツダ・ロードスターRF RS


● 全長×全幅×全高:3915×1735×1245mm ●ホイールベース:2310mm ● 車両重量:1100kg ● エンジン形式:直列4気筒DOHC ● 総排気量:1997cc ● ボア×ストローク:83.5×91.2mm ●圧縮比:13.0 ● 最高出力:116kW(158ps)/6000rpm ● 最大トルク:200Nm/4600rpm ●トランスミッション:6速MT ● サスペンション形式:Ⓕダブルウィッシュボーン Ⓡマルチリンク ●ブレーキ:Ⓕベンチレーテッドディスク Ⓡディスク ● タイヤサイズ:205/45R17 ● 車両価格:373万6800円
情報提供元: MotorFan
記事名:「 「スポーツカーと暮らした時間のある人生」を──2台のマツダ・ロードスターで木曽路を目指す旅