否定派の声は、MTなのでなおさらドライバーの感性や意思とコンピューターのやろうとしていることが合致しないというものであった。 たとえば、足がつるという声があった。ペダルを踏み続けているのに速度が落ちてしまう、だからさらにペダルを踏む。ペダルの操作が難しいというのである。ドライバーは加速したいからペダルを踏み増すのに、クルマは制御マップに則ってエンジン回転を落とし、クラッチを切りシフト操作をして高い段に切り替え──と律儀に任務を完遂しようとする。しかし、ドライバーの意図と異なるから、違和感を覚えるのである。冒頭のAMTのトルク切れと、訴える内容は同じだ。
「ところがおもしろいことに、ドライバーが不満を訴える横に乗っていると、同乗者には全然なんともない。むしろ非常にうまい運転だと感じられるんです。とはいえ、やはり運転していると発進などでは非常に遅い。右折待ちで対向車が途切れたときにパッと発進したいのに怖くて行けないというご意見は多かったですね」
そのようなユーザーのためには、変速のためのタイムラグは対応策がないので、MTのようにシフトレバーを自分で動かすことが勧められた。シフトゲートに設けられたポジションスイッチが位置を検出すれば、少なくともドライバーの意思には変速動作は沿ってくれるからである。さらに高度な技として、加速したいときに少しアクセルペダルを戻すことでマップのシフトアップポイントに合わせるという手段も編み出された。アクセルでシフトアップするという方法である。
多くの意見が寄せられ、対策を施したNAVi5だったが、残念ながら4ATの登場とともに市場から姿を消すこととなる。折しも、いすゞの乗用車分野からの撤退という出来事も重なった。しかし古賀氏は、この技術はMTベースで作られたものであり、乗用車に限らず転用は容易で、非常に意義のあるものと感じていた。応用先として白羽の矢が立ったのは、同社の小型トラック・エルフ。トラックは乗用車ほどにトルク切れに対してユーザーが神経質でなく、また当時はエルフクラスのATユニットが存在しなかったことも後押しした。
SBWということで、シフトレバーはダイヤル式としコラムから生やす意欲的な設計。乗用車版NAVi5のときに散々寄せられた変速の遅さには、各シフト列ごとにアクチュエーターを備えることで対策をとった。 「ただひとつ、クラッチ保護のためにローギヤ発進としたのが難点でした。重量物積載や過負荷の時を除けば、トラックは普段セカンドギヤで発進するので、やはり遅いんです」
とはいうものの、乗用車版のNAVi5に比べれば性能も使われ方も優れていた。しかし数が出ず、独自の機構を数多く盛り込んでいたことから高価なシステムとなり、トラックにとっては致命的だった。結局、このエルフのNAVi5も長く続かずに姿を消すこととなってしまう。 これをよしとしなかったのが、Mr.エルフとも称される西谷忠邦氏であった。西谷氏もやはりNAVi5を意義のある装置ととらえていて「トラックの運転はクラッチの操作が面倒なんだから、そこだけをNAVi5から切り出せばいい」と提唱。かくして、シフト/セレクトは手動ながら自動クラッチ断続という「デュアルモードMT」ができあがる。ユニークだったのはクラッチペダルを残していたことで、モードの選択によってクラッチフリー/マニュアル操作を選択できた。
さらに後年、AT限定免許という制度が現れ、エルフのような小型トラックにも2ペダル仕様が求められるようになった。
「完全な自動クラッチにすると、95%はうまくいくんだけど残りの5%がうまくいかないんです。例えばハンドルを切って路肩に乗り上げるときなどですね。発進直後に大トルクが必要なんだけど即座にクラッチを切らなければ危ないというシーンです」
ブレーキを踏みながらアクセルを操作すればうまくいくが、トラックのペダルレイアウトではそれができない。サイドブレーキとの併用も検討されたが、そもそもAT限定免許運転者のためのシステムなので、現実的ではない。当時は半クラッチの制御も非常に高度化していたが、断続のうち「続」の方向しかできなかった。さまざま検討されたうち、結論はトルク増幅をしない流体継手・フルードカップリングであった。こうして今に続くAMT・スムーサーが誕生したのである。
売上という点ではたしかに失敗作だったかもしれないNAVi5。しかしバイ・ワイヤー技術の嚆矢としてはもちろんのこと、協調制御という観点からも非常に意義の深いシステムであった。歴史に「もし」はあり得ないが、コンピューターの技術が進んでいたら、アクチュエーターがもっと小さく高速作動したら、インジェクターがすでに普及していたら、いすゞが乗用車から撤退していなかったら──NAVi5はどのような扱いになっていただろうか。