REPORT●佐野弘宗(SANO Hiromune)
PHOTO●前田惠介(MAEDA Keisuke)
今回追加された「RF」を含む四代目マツダ・ロードスター(ND型)の商品企画プロジェクトを、現在率いているのは中山 雅である。中山がND型ロードスターの主査に就任したのは昨2016年7月のことだ。
中山主査はもともとデザイナーで ある。本書でも別項の『デザインインタビュー』にも登場いただいており、ロードスターファンはご承知のように、RFも含めたND型ロードスターのチーフデザイナーでもあった……というか、現在も主査とチーフデザイナーを兼務する。
これまた熱狂的ファンには説明するまでもなく、ND型ロードスターとRFが実際に開発された期間に主査を務めていたのは山本修弘である。山本(前)主査はみずからの後任として、中山を直々に指名した。
マツダにおける「主査」の仕事は商品企画のまとめ役だが、マツダを含む日本メーカーでは技術出身者が圧倒的に多い。実際、商品企画主査にデザイナー出身者が就くのは、マツダでは今回が初という。
「山本(前主査)も悩んだと思います。エンジニアとデザイナーに上下はありませんが、仕事の種類が根本的に違います。私以外の候補もいたはずですが、候補者が絶対的に少なかったのは事実でしょう。
山本から最初に打診を受けたのは2年以上前のことでしたが、最初は冗談だと思いました。その時も一応は“私が主査を引き受けないことで、ロードスターが路頭に迷うようなら私がやります”と答えました。その時点ではまだ先の話でしたので、本当に軽い気持ちで、半分は冗談のつもり……」と中山主査は笑う。
なるほど、クルマはあくまで機械なので、技術者が主査になるのが自然といえば自然だ。しかし、主査の本懐は設計開発そのものではないし、いかに優秀な技術者でもクルマの全技術をひとりで手掛けることも不可能だ。
主査とは企画、マーケティング、デザイン、営業、販売、コスト管理……といった各分野のスペシャリストをまとめて、魅力的な商品をつくることである。事実、海外メーカーでは非技術系出身の主査やプロダクトマネージャーは少なくない。子供のころからクルマ大好き人間だった中山主査がマツダの門を叩いたのは「乗るならスポーツカー、スポーツカーをつくるならマツダ」という思いからだったという。
中山主査の年齢を考えると、RX−7(初代と二代目)が若かりし頃の最大の憧れだったと思われるが、彼が1989年にマツダに入社した年に、初代ユーノス・ロードスター(NA型)がデビュー。中山主査も発売直後にロードスターを購入して、そのNA型には今でも大切に乗り続けている。現在は、そのほかに現行のND型も所有しているとか。
中山主査はマツダのスポーツカーに憧れてマツダに入り、入社と同時にロードスターの歴史がはじまった。さらに、欧州R&Dセンター在籍当時には、三代目ロードスター(NC型)の欧州案として、先行デザインプロポーザルも手掛けている。その時はエクステリア案でこそコンペで敗れるも、インテリアのテーマデザインが実際のNC型に採用された。そして、四代目のND型では、ついにチーフデザイナーを務めて、今回主査となったわけだ。
……と、まさしくスポーツカー小僧のサクセスストーリー(?)である。ロードスターをデザインしたい、つくりたい……という入社以来の思いを成就した理由も「いつも、そういう“空気”を出していましたから」と中山主査は笑う。山本前主査もロマンティシストな人柄だっただけに、そんな中山主査の「ロードスター愛」に期待を込めたのだろう。
ロードスターRFはリトラクタブル(格納式)ハードトップと独特のリヤクオーターフィン(スタイリング用語でフライング・バットレスと呼ばれている)から、車名こそ「RF=リトラクタブル・ルーフを持つファストバックのスタイル」と新しいが、実質的には先代NC型にあった「RHT」の後継機種である。RHTの後継がRFになった理由を中山主査は「最初からRFのアイデアがあったわけではありません。ルーフを収めるスペースがなかったんです」と正直に明かす。
「NDの初期企画段階から“RHTありき”が前提でした。NCでもRHTのほうが販売台数が多かったですから。ただ、先行してソフトトップをやっている時から、少なくともNCと同じ構造でRHTがつくれないことは、担当者全員が分かっていました。
NDではフロントタイヤと乗員との距離が伸びているのに、ホイールベースは逆に短縮しています。乗員背後のスペースは確実に減っているわけで、引き算をすれば、NC用のRHTがそのまま入るはずがないのは、誰の目にも明らかです。
しかし、ソフトトップの開発では“見て見ぬふり”とは言いませんが、その現実はひとまず横に置いていました。RHTの開発がスタートすれば、新しい技術も見つかるかもしれないと模索していたと言いますか ……(中山主査)」
現行のND型ロードスターは、現代のスポーツカーとは思えないほど小さく軽い。それでいて、今のマツダがこだわる理想のドライビングポ ジションを両立する。まさに立錐の余地もないパッケージングだ。
「しかし、ソフトトップで金型や設備などの新たな投資が発生するタイミングが来ました。そこをクリアすれば、会社的にもNDの企画に正式ゴーサインを出すことになりますから、さすがにRHTも具体的に提示しなければなりません。もはや“新しい技術があるかも”と夢を見ている段階ではなくなりました。
そもそも、NCのRHTもルーフは完全に収まりきっていません。ボディ後半に盛り上がりが残っていました。新しいNDでRHTをつくるとNC以上に大きくなります。だとしたら、どうするのがベストなのか。方法はひとつでした。NCのようにグルッと取り巻くのではなく、もっと高いフィンを立てる発想です(中山主査)」
RFはつまり、ND型の緻密なパッケージならではの弱点を、逆手に取った大逆転の発想だった。「当時は私を含めてふたりデザイナーがいましたが、ルーフを収納してもボディに残る部分を大きくする前提にしたら、RFのアイデアはすぐに出てきました。
これだと決まれば、あとはデザイナーの直感で“一撃”でしとめたといいますか、迷いはまったくありませんでした。フィンの角度や着地点も最初からほぼこれです。どんなデザイナーが線を引いても、こうなるしかありません(中山主査)」
実際にデザイン提案するには、マツダの場合は「マツダデザイン総帥」である前田(デザイン・ブランドスタイル担当)常務執行役員に話を通すことになるが、前田常務は熟慮を重ねた上で、プロのデザイナー同士、中山主査の想いを理解してくれ、一発でゴーサインを出したという。
「ただ、従来のRHTとはまるで異なる提案ですから、経営陣も勇気ある決断が必要となります。そこで、われわれとしても企画を通すために“3点セット”を用意しました。野球で三振を取る時に3球をどういう配球でしとめるか……というイメージですね(中山主査)」
その3点セットとは「エクステリアモデル」と「1/1インテリアモデル」、そして「開閉動作アニメーション」である。野球の配球と同じく、これらをバッター(=経営陣)にどういう順序で見せるかも重要だが、会議での実際の配球もここに書いたとおりの順番だったそうだ。
初球はエクステリアモデルだ。「まずは“こんな素晴らしいカタチになります”とエクステリアモデルを見せました。すると、見ている人間は当然のごとく“おっ、いいじゃん!”となります(中山主査)」
続く2球目は1/1インテリアモデル。「そこで少し冷静になって“待てよ。カッコはいいけど、これで開放感は大丈夫なのか”となりますから、次にインテリアモデルに座ってもらいました。すると“開放感も悪くない。いや、積極的にいい!”と評価されました(中山主査)」
そして、最後の決め球は開閉動作アニメーションである。「それでも最後に“でもなあ……”という不安を感じてもらいたくないので、それを使って開閉動作のアニメーションを見せました」と中山主査。こうして経営陣の心をとらえて、見事な三振に打ち取った。
「3点セットで、カッコ良さ、開放感、動作の美しさ……を表現しました。これらはそのまま、RF最大の強みでもあります(中山主査)」
ただ、この時点で、ロードスターRFの技術課題がすべて解決していたわけではない。しかし、実際のロードスターRFは、カッコも開放感も、そして流れるような「美しい」動作もほぼそのまま具現化した。
ロードスターRF開発期間の中山主査は、前記のようにチーフデザイナーだった。今回のインタビューもデザイナー視点で語られることが多かったが、そのデザイナーの理想が見事に実現した理由は、なにより「エンジニアの頑張りが大きかった」と語る。
リヤクオーターフィンとトランクリッド開口部が「嵌め合い」形状となっているのは「RFでもトランク容量は変えない」という企画当初のこだわりを貫いたからである。しかし、ボディが受ける応力とカツカツのクリアランス、そして滑らかな開閉動作をすべて両立したすごさは、見る人が見れば分かるという。
「NCからの進化として“美しく開閉すること”もRFの明確な目標でした。最初の動作アニメーションは技術的な実現性より、純粋に美しく見せる“芸術点”が第一でしたが、その製作を担当したデジタルモデラーも、ロードスター大好き人間です。まだモノもないのに、回転軸などを想像してつくりました。驚くほどリアルで、しかも絶妙な動きをしていました(中山主査)」
中山主査によれば、完成した実際の開閉動作でも、アニメーションの絶妙さが見事に再現されているという。「エンジニアに直接聞いたわけではありませんが、結果的にはほぼそのままでした。彼らもそのアニメー ションを見ていますから、プライドとして忠実に再現したのだと思います。実物がたどたどしい動きでは認めてもらえないし、彼ら自身も納得しないでしょう」と中山主査。
こうしたデザイナーとエンジニアの、いい意味で緊張感のある緊密なタッグが、今のマツダの強みだ。
「スカイアクティブと魂動デザインを二本柱と定義した新世代商品群からは、デザイナーの発言力が高まっているのは事実です。ただ、それはデザイナーが偉そうにできるようになった……のではなく、マツダ全体が“デザインの話をよく聞いて、デザインのやりたいことを実現する”という雰囲気になったという意味です。以前ならエンジニアに“できません”と一刀両断されたようなものも、今は“やってみよう”と言ってくれるようになりました。
ただ、デザイナーとエンジニアに上下はありませんし、勝ち負けでもありません。どんなに美しいデザインを考えても、モノとしてつくれなければ意味がありません。
デザイナーとしてはプライドをかけて最初に一番美しい形を提案します。それを技術的な理由で変更するのは、美しさが二番目・三番目のデザインにするということで、その被害を最終的に受けるのはお客様です。今のマツダのエンジニアは、そういう視点を持ってくれています。
ですから、今回も技術的には非常に困難でしたが“形が美しくない提案”は、そもそも今のマツダではエンジニアから出てきません。逆に、いかに優れた技術をもってしても美しくならないなら、それはデザイナーの責任です(中山主査)」
そう考えると、デザイナー出身の中山が主査になったのも、今のマツダを象徴する出来事のひとつだろう。出身がどうあれ、今なお初代NA型を通勤にも使う中山主査が、ロードスターという存在に深い愛情と理解を持っていることは間違いない。
「個人的には、RFでもっとロードスターの間口を広げたい、敷居をさらに下げたいと思っています。
NAは当時ロータス・エランのコピーと言われたりもしましたが、エランよりも明らかにカジュアルでした。手頃な価格もそうですが、NAのすごかったところは、圧倒的に耐候性の高いソフトトップです。当時のオープンカーは雨漏りが当たり前で、その不便さをあえて享受するのも“伊達”とされていました。しかし、NAは屋根なしの駐車場に置いておいても、雨漏りなんてしません。それだけで、オープンカーの敷居が一気に下がったんですね。
今はオープンカー全体のクオリティレベルが上がりましたが、ソフトトップのネガも確実にあります。たとえばソフトトップは基本的に黒くて、ただの雨傘にとしか思っていただけない人も確実にいます。一方、RFなら1台のスポーツカーとして純粋に形を気に入ってくださる方もおられると思います。
時代の変化もあって、最近はオープンカーの敷居がまた高くなった気がします。オープンカーの敷居を、このRFでふたたび下げられたら……と思うんです(中山主査)」