REPORT◉大谷達也(OTANI Tatsuya) PHOTO◉神村 聖(KAMIMURA Satoshi)
もともとホンダNSXは欲張りなスーパースポーツだった。
1990年にデビューした初代NSXは快適な乗り心地、広々とした視界、運転のしやすさ、余裕ある居住スペースを確保したうえで、軽量・高剛性なアルミボディによりコンパクトなV6エンジンでも世界トップクラスの動力性能とハンドリングを実現。これほど数多くの要素を高い次元でバランスさせたスポーツカーは他に例がなく、世界中の名だたるスポーツカーメーカーがその影響を受けてクルマ造りを改めたことは歴史が証明している。
2代目NSXの開発に際して、ホンダは同様の方針を貫いた。つまり「どこまでも欲張りなスポーツカー」を現代に蘇らせることにしたのだ。そこで初代が持つ美点を維持しつつ、21世のスポーツカーに相応しいテクノロジーを盛り込む決断を下した。それが、左右の前輪をモーターで個別制御して状況に応じたハンドリングを生み出すスポーツハイブリッドSH-AWDだった。
ヨーのコントロールこそはスポーツドライビングにおける究極の醍醐味であろう。それを電気仕掛けで行ってしまうのだから、まさに革新的技術といって間違いない。ちなみに、2014年に5代目レジェンドとともに世に出たこの技術を搭載するスーパースポーツカーは、世界中を見渡しても2代目NSXをおいてほかにない。
しかし、SH-AWDの採用によってホンダの技術者たちは重量増という新たな課題に取り組まなければならなくなった。ちなみに新型NSXの車重は1800㎏。これは同クラスのスポーツカーに比べて200㎏ほども重い数値だ。
ここでホンダが下した結論が「SH-AWDで軽快なハンドリングを実現する」というものだった。これだったら、アメリカ人好みの柔らかめな足まわりでもSH-AWDで強制的にヨーを立ち上げて俊敏なコーナリングを演出できる。この考え方をベ
ースに足まわりやSH-AWDをチューニングしたのがデビュー当時の2代目NSXだったと私は推測している。
一方で、こうした味付けに対して違和感を唱える向きも一部にあったらしい。つまり、柔らかい足でレスポンスのいい挙動を目指した影響で、SH-AWDの作動が敏感過ぎるとの指摘を受けたのだ。この辺は「好みの問題」でもあるが、メーカーとしてはユーザーの声に耳を傾けないわけにはいかないし、なによりも開発陣のなかに「自分たちの目指すNSXを造ろう」という機運が高かったと、今回登場したマイナーチェンジ版(以下MY19と呼ぶ)の開発を指揮したホンダの水上 聡LPLは教えてくれた。
では、彼らはどんなチューニングをMY19に施したのか?
まず、前後スタビライザーのバネ定数を引き上げる(前:26%、後:19%)とともに、リヤコントロールアームブッシュの剛性を21%高めた。つまり、ボディの挙動を抑えてスタビリティを高めたのである。ただし、このままでは乗り心地が悪化する恐れがあるので、これは磁性流体式ダンパーの制御ロジックを変更することで対応。足まわりの変更に伴ってSH-AWDのソフトウェアにも再チューニングを施した。さらにリヤベアリングハブの剛性を6%向上させて質感を改善させた。
以下、生まれ変わったMY19の印象をリポートしよう。
走り始めた直後の微低速域では路面から伝わるザラツキ感が減ったことで、足まわりはむしろ柔らかく感じた。まるでタイヤの踏面がソフトになったような印象である。しかし、タウンスピードで走ってみれば、サスペンションがしっかりとボディを支えている様がはっきり伝わってくる。端的にいえば足まわりが硬くなったことを実感させられるのだが、それでもまったく不快に思えないのは、NSXの圧倒的に優れたボディ剛性の恩恵だろう。リヤベアリングハブの剛性向上も、こうした印象に貢献していると推測される。
肝心のコーナリングは極めて自然でリニアリティが高い。ペースを上げるとドライビングモードの「スポーツ」では路面の大きなうねりでボディが煽られ気味になるが、これも「スポーツ+」に切り替えれば解消され、荒れた路面でのハードコーナリングでも安心感の高いフラットライドが味わえる。このような状況でもクルマ全体の印象がソリッドで、路面の様子が克明に感じ取れるのは新しい足まわりのおかげだろう。
一方でSH-AWDはこれまで以上に黒子役に徹し、その存在はほとんど感じられないが、SH-AWDの効きが最弱になるトラックモードを試したところ、一般的なスポーツカーと同じように荷重移動がコーナリングの軌跡に顕著な影響を与えるようになり、SH-AWDの恩恵を改めて実感することとなった。
SH-AWDのもうひとつの魅力は、モーターのアシストによってエンジンレスポンスやトルク特性を改善できる点にある。今回の試乗でもシャープでリニアリティの高い加速感を味わえたが、EU6d-TEMPに代表される次世代エミッション規制が導入されれば、電動化技術を備えないスポーツカーは軒並み牙を抜かれる恐れがある。そのとき、ライバルたちはどう対応するのか?
2代目で車重増と戦ったホンダはSH-AWDで操縦性や動力性能を制御する無限の可能性を手に入れた。この技術的アドバンテージは、今後のエミッション規制強化に伴ってさらに大きな意味を持つはずだ。
※本記事は『GENROQ』2019年2月号の記事を再編集・再構成したものです。
ホンダNSX
■ボディスペック
全長(㎜):4490
全幅(㎜):1940
全高(㎜):1215
ホイールベース(㎜):2630
車両重量(㎏):1800(※)
■パワートレイン
ハイブリッド方式:フルハイブリッドシステム
システム合計出力:427kW(581ps)
システム合計トルク:646Nm(65.9kgm)
エンジンタイプ:V型6気筒DOHCツインターボ
総排気量(㏄):3492
最高出力:373kW(507㎰)/6500〜7500rpm
最大トルク:550Nm(56.1㎏m)/2000〜6000rpm
電気モーター出力:Ⓕ27kW(37㎰)×2 Ⓡ35kW(48㎰)
電気モータートルク:Ⓕ73Nm(7.4㎏m)×2 Ⓡ148Nm(15.1㎏m)
■トランスミッション
タイプ: 9速DCT
■シャシー
駆動方式:AWD
サスペンション フロント:ダブルウイッシュボーン
サスペンション リヤ:ウイッシュボーン
■ブレーキ
フロント&リヤ:ベンチレーテッドディスク
■タイヤ&ホイール
フロント:245/35ZR19
リヤ:305/30ZR20
■環境性能
燃料消費率:12.4(㎞/ℓ:JC08複合モード)
■車両本体価格(万円):2370
※カーボンセラミックブレーキローター装着車は1780㎏