1980年に創設された本田賞は、科学技術分野における日本初の国際賞であり、人間環境と自然環境を調和させるエコテクノロジー※1を実現させ、結果として「人間性あふれる文明の創造」に寄与した功績に対し、毎年1件の表彰を行っている。松波博士は、電力制御に用いる半導体素子「パワーデバイス」に、高効率な電力制御を実現する素材「シリコンカーバイド(SiC)」を用いる研究を、世界に先駆けて取り組んできた。この研究を通じて実用化されたSiCパワーデバイスは、電力の供給における制御過程で発生する電力損失の削減に寄与するものであり、松波博士の取り組みは、本田賞にふさわしい成果であると認め、今回の授賞に至った。
本年で38回目となる本田賞の授与式は2017年11月16日に東京都の帝国ホテルで開催され、メダル・賞状とともに副賞として1,000万円が松波博士に贈呈される。
電力は発電所で作られてから最終的にエネルギーとして利用されるまでに、電圧昇降や直流と交流の変換、電力量調整など様々な制御が行われる。電力制御の過程において用いられる半導体素子は「パワーデバイス」と呼ばれ、シリコン(Si)が主な素材として使われている。パワーデバイスに電流が流れると、電力制御する際に電力を消費し、その一部は熱となってエネルギー損失を起こす。そこで世界的にパワーデバイスの構造を見直す試みが続けられる一方、省資源・省エネルギー化を進めるために、Siに代わるパワーデバイスに適した新たな素材の登場が期待されている。
新たな素材の一つとして、Siとダイヤモンドに代表される高硬度素材である炭素(C)を組み合わせた「シリコンカーバイド(SiC)」に関する研究が1950年代半ばにアメリカで始まり、高温で動作するエレクトロニクス用電子デバイスの実現を目指し、その研究は世界規模で広がった。
松波博士は早くからSiCに興味を持ち、その高温動作性と耐放射線性に優れた物性を活かす電子デバイスを実現すべく、1960年代後半から基礎研究に着手。
Siは規則正しいダイヤモンド構造を持つ単結晶であるのに対し、SiCは欠陥の少ない結晶成長をさせることが容易にできない取り扱いが難しい材料だった。また、結晶構造が異なる状態(結晶多形)が200種類もあるため、製品化に適した結晶多形が判明していなかった。加えて、堅牢な構造を持つSiCはダイヤモンド並みの硬度を持つため、加工作業が極めて難しいという課題もあった。多くの研究機関はSiCの実用化に挑んだものの、これらの課題を克服できず、研究機関のほとんどが撤退に至った。
松波博士はSiCの基礎研究を続け、20年ほどの歳月を経た1987年に、基板の表面を数度傾けることで結晶多形が揃った均一なSiC薄膜を形成できる手法「ステップ制御エピタキシー※2」を発表した。1990年頃にはSiパワーデバイスの性能限界が見え始めていたこともあり、この発見によってSiCの活用が世界的に注目され、SiCパワーデバイスの開発が飛躍的に進むこととなった。
2010年頃にはSiCパワーデバイスの実用化が開始。SiCをパワーデバイスに用いることで、電力損失を大幅に削減できることから、高速で高効率な電力制御が可能となった。また、SiCは高電圧・高温に耐えうる性質を持つため、これまで必要としていた冷却装置は小さくなり電力制御機構の小型化も実現。2013年には東京メトロの地下鉄路線に導入されて、従来車両に比べて30%の省エネルギー化を実現した。近年では、郊外電車や高速エレベータ、太陽電池用パワーコンディショナー、エアコンディショナー、燃料電池車に使用されるほか、ハイブリッド車、東海道新幹線での搭載実験が始まっている。今後SiCパワーデバイスの普及に向けては、量産技術の確立やコスト削減等の課題がありますが、さらなる電力消費の低減や小型化による省スペース、コストダウンの実現により電気自動車への搭載も期待されている。
松波博士の長年に渡る研究から生まれたステップ制御エピタキシーを始めとするSiCの製造方法およびパワーデバイスへの実用化技術は、パワーデバイスに用いる新たな素材としてSiCの可能性を切り開いた。また、SiCパワーデバイスが実用化されたことで、地球規模で急増する電力消費に伴う化石燃料消費・発電廃棄物の急増を解決することにも繋がることから、本田賞にふさわしい成果として今回表彰することとした。
※1エコテクノロジー(Ecotechnology):文明全体をも含む自然界をイメージしたEcology(生態学)とTechnology(科学技術)を組み合わせた造語。人と技術の共存を意味し、人類社会に求められる新たな技術概念として1979年に本田財団が提唱
※2エピタキシー:ある結晶表面に、結晶軸の揃った同じ結晶もしくは良く似た他の結晶が成長する現象。ダイオードやトランジスタなどの製造工程に応用される。
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