初夏、農作業が本格的に始まるころ、標高の高い山の斜面に残った雪の模様を人物や動物に見立てたものを雪形(ゆきがた)といいます。山梨県内では以前紹介した富士山の農鳥が有名です。

甲府盆地から望む南アルプス農鳥岳には、山名の由来となった「首の長い白い鳥」が出現しますが、時を同じくして隣接する間ノ岳にも「尾の長い黒い鳥」が姿を現します。実は「農鳥岳の農鳥」がどちらの鳥の雪形を指すのか、論争がありました。


農鳥岳と間ノ岳に現れる農鳥の雪形

甲府盆地に降り立って周囲を見渡すと、360度ぐるりと山に囲まれています。その山並みの中で最も遅い時期まで雪が残るのが盆地の西にそびえている南アルプスの北岳、間ノ岳、農鳥岳の稜線です。平家物語に「甲斐の白根」として登場し、標高は北岳が富士山に次いで全国2位、間ノ岳が全国3位。歴史も高さもあって、名実ともに日本を代表する山岳エリアです。

甲府盆地から望む北岳、間ノ岳、農鳥岳には例年7月の初めごろまで残雪がみられ、雪解けのペースは富士山とほとんど同じです。その雪がまだ解けきらない6月上旬ごろ、間ノ岳と農鳥岳に鳥の形の雪形が出現します。二羽の農鳥を同時に観察するには高台にあるJR勝沼ぶどう郷駅の周辺が適しており、次の写真のように見えます。

地元の方などによると、農鳥岳の山頂直下に「白い鳥が首を伸ばしたような形」、間ノ岳の中腹には露出した山肌に「長い尾を持つ黒い鳥の形」が現れるということです。富士山の農鳥のように誰もが鳥に見える形とは言い難いかもしれませんが、農鳥岳の山名はこういった雪形に由来しています。

ただ両方の山に農鳥が出ることから近代登山の黎明期には山名議論があったといいます。江戸時代の「甲斐国志」では、白根三山のうち最も高いものを北峯、真ん中を間ノ岳(中ノ岳)または農鳥山、南を別当代(べっとうしろ)としています。甲斐国志の記述に則ると、現在の間ノ岳が本来の農鳥岳ということです。ところが南の山にも白鳥の農鳥が出現することから混乱が生じ、明治以降に別当代を農鳥岳とする呼び方が定着していきました。もし間ノ岳がそのまま農鳥岳と名付けられていた場合、現在の農鳥岳は「別当代山」と呼ばれていたのかもしれません。


農鳥岳の雪形は鶏から白鳥に変化する

農鳥岳の農鳥は白鳥だけでなく鶏と見ることもあるようです。これは山梨県で長年活動している気象予報士に聞いた話ですが、まだ雪が多く残る5月上旬に山頂直下にまず鶏のような雪形が現れ、それが雪解けとともに痩せていき6月上旬に白鳥になっていきます。現代は雪形が見いだされた時代と比べると農作業がずいぶん早まっているため、ひと月前倒しの雪形が元来の意味での目安として機能しています。

情報提供元: tenki.jpサプリ
記事名:「 南アルプスに出現する二羽の農鳥の雪形 間ノ岳は元々「農鳥岳」だった?