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杖を構えて詠唱する魔法の呪文のような名前のルリムスカリ(Muscari botryoides)は、キジカクシ科ムスカリ属に属する多年草です。
原産地はヨーロッパからアフリカにかけての地中海東部沿岸地域。外来帰化植物には、貿易貨物などに付着して定着するパターンと、栽培のために輸入されたものが公園や庭の花壇から逸出するパターンとがありますが、ルリムスカリは典型的な後者で、1970年代ごろに東京で逸出野生化し、比較的乾燥した住宅街の土手などで野生化、次第に郊外へ分布を広げ、今や全国で普通に見かけられるようになりました。
属名のMuscariの語源は、ギリシャ語の「麝香(じゃこう)」(μόσχος,muschos)で、ムスカリ属の中に麝香(ジャコウジカの成獣の雄に見られる麝香腺から分泌される成分。ムスクとも呼ばれ、古くから香料に使われます)に似た香りをもつ種があるためにその名がつきました。
草丈は15~20cm、原産地でもイネ科の草原に好んで繁殖するように、芝の密生した空き地や土手などによく見られます。
花は英語圏ではグレープ・ヒヤシンスといわれるように、丁度デラウェアを、茎を下にして立てたような花房を作ります。ですが、全体が鮮やかな青紫、花被先端がうっすらと白くなる6つの花弁が合着してふっくらとした金魚鉢型の花姿をなし、その一つひとつは、ブドウというよりはブルーベリーに近い感じです。
ヤセウツボ(痩靭 Orobanche minor Sm.)は、ハマウツボ科(Orobanchaceae)ハマウツボ属に属する一年草。南ヨーロッパの地中海沿岸地域が原産地ですが、1970年代に千葉県で移入自生化が確認され、次第に本州、四国で分布を広げ、草原や空き地の見慣れた植物の仲間入りをしました。
葉緑素をもたず光合成が出来ないため、他の植物から栄養素を吸い取って生育する寄生植物です。特にマメ科シャジクソウ属(クローバー)に好んで寄生するので、お近くのシロツメクサやムラサキツメクサ、コメツブツメクサなどのクローバーの群落があれば、よくよくご覧ください。枯れて茶変したアスパラガスのような見た目のちょっとおかしな植物がすくすくと伸びあがっているのが見られるでしょう。
草丈は大きなものでは40cmほどにもなりますが、概ね15~25cmほど、退化した葉は互生で茎に残存します。
茎の上部にらせん状に配置された穂状花序をつけ、下から順に咲いてゆきます。1.5cmほどの唇弁花は近づいて見ますと、全体がほんのりとした薄黄色で下弁は三裂して縁がフリルになり、基部から花弁脈にかけては濃い紫色が差し、思いのほか美しいことに驚きます。牧草地や畑などに生えると収量を減少させる害草となりますが、近年、ヤセウツボが生成するポリフェノールの一種であるカテコールが、アルツハイマー病(認知症)の予防に効果があることがつきとめられ、有効活用の可能性も言及されています。
4月から6月ごろにかけ、都会の日当たりのよい芝地などに、ほっそりとした草体に段々の紫色のかわいい花をつける外来種が、昨今あちこちで見かけられるようになりました。
北アメリカ原産で、1940年代に京都府で自生化が初確認されたあと、徐々に分布を広げ、本州、四国、九州の広い地域で野生化しているマツバウンラン(松葉海蘭 Nuttallanthus canadensis)です。
草丈は20~50cmほど、花はムラサキサギゴケにも似た両翼が張り出して、中央がもりあがった仮面状花で、全体が鮮やかな藤色、中央が白く、新緑の下草の中でひときわ目を引きます。
今や日本の春の野草の代表かのようなオオイヌノフグリ、あるいはニワゼキショウなどの野の花も、こんなふうに定着し、親しまれつつ順化していったのだろうなあ、という経緯をリアルタイムで観察できる興味深い種といえるでしょう。
4月から5月ごろに、釣鐘型の純白の花を咲かせるスノーフレーク(Leucojum aestivum)。オーストリアなどヨーロッパ中南部が原産ですが、スズランに似た花と水仙のような端麗な草姿が好まれて盛んに植栽され、耐寒性があるために逸出して野生化しました。スズランスイセンという和名もつけられています。
乾いた広い場所よりは、適度に日陰になる冷涼な場所を好み、住宅街内の小さな空き地や、街路樹の足元の裸出地などにしばしば群生します。
純白の六弁の花は下向きに咲き、花冠の先端付近に緑色のポイントが入り可憐さをひきたてます。しかし、そんな美しい姿とは裏腹にヒガンバナ科に属する毒草で、剣状の柔らかな葉は、山菜のハナニラなどと似るために、葉や球根を誤って口にする危険性から、厚生労働省などは注意喚起をおこなっています。
最後に紹介するのは、全国津々浦々、あらゆる場所に進出繁殖しているナガミヒナゲシ(長実雛罌粟 Papaver dubium L.)。4月から5月ごろ、ケシ科の一年草で、花弁は基本四枚で、カップ状に展開します。見慣れたポピーよりもぐっと華奢で、ビワの実色の柔らかなオレンジの花は、きっとどなたも道端のどこかで見かけたことがあるでしょう。近年の外来植物の代表選手と言ってもいいかもしれません。
原産地は地中海沿岸ですが、貿易の積み荷とともに各地で種子で定着、世界中に分布域を広げています。どんな土壌でも適応するバイタリティで、わずかなアスファルトの隙間でも生育し、またアレロパシー活性作用(他種植物の繁殖を阻害する作用)をもつために、一時期在来種の地位を奪う危険な外来種のように喧伝されたために、ナガミヒナゲシを見かけると駆除する人もいますが、在来種であれ外来種であれ、繁殖力の強い雑草はどれもアレロパシー作用をもつものです。かつて同様の脅威が唱えられ、ススキを絶滅させると恐れられたセイタカアワダチソウも、後にむしろススキの繁殖の手助けになっていることが判明し、今や仲良く共存しています。
ただ、ナガミヒナゲシは大量の種子(一株から約8万~20万粒)を生産し、拡散力がきわめて強いため、生態系への影響を懸念する声もあります。
ケシ科といえば麻薬であるアヘン(阿片 opium)の原料となるオピオイドを生成することで知られますが、ナガミヒナゲシはポピーと同様にこの物質を含みません。葉はやわらかな印象を受ける羽状葉で、冬の間地面にぴたりと匍匐したロゼットも美しい植物です。
しかし、ナガミヒナゲシと同様のケシ科の外来種で、1960年代に愛知県の渥美半島で自生が確認されたアツミゲシ(渥美罌粟 Papaver setigerum)はオピオイドを生成する正真正銘のアヘン法で規制されている植物です。大きさは丁度栽培種のポピーと同じくらい、花色は鮮やかな青紫で、非常に美しい花です。見つけ次第駆除されているようですが、しばしば土手や空き地などに自生しているのを見かけることがあります。
この時期住宅地を歩いていると、ジャスミンの強い芳香が漂ってきます。人家の垣根などに近年好んで植えられるジャスミンですが、いずれこの花も野生化するんだろうなあ、と想像します。けれども、今や日本の歳時記に欠かせない香木である沈丁花や金木犀も外来種です。人間のする区別は植物たちにはどうでもいいこと。新参の外来種たちもまた、日本の欠かせない風物になっていくかもしれません。
参考
植物の世界 朝日新聞社
寄生植物の成分がアルツハイマーの原因物質を抑制する | 財経新聞社