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「木の芽雨」は春の初め、木の芽がいっせいに吹き出す時に降る雨、または芽吹きをうながす雨ともいわれてます。私たちにとっては冷たく感じる雨も、冬を過ごしてきた木々にとっては新たな芽を育てる恵みといえることでしょう。木の芽が膨らむようす「張る」を「春」と懸けて「木の芽春雨」ということばもできました。
≪よもの山に木の芽はるさめふりぬれば かぞいろはとや花のたのまん≫ 大江匡房
四方の山々に降る雨は芽吹きの雨、咲く花はこの雨を父や母と頼りにするのだろうか、と詠われています。雨が花の父母という発想がとてもユニークに感じられますが、歌を味わってみるとまさにその通りだと思えてきます。
雨に濡れる庭先や街路樹、また森や雑木林の木々が日差しを浴びて萌黄や緑、赤など芽生えの色の鮮やかさを見せる時、また春の息吹を確かに感じるこの時を「木の芽時」として春の初めをあらわす季語となっています。
≪やり直し出来ると思ふ木の芽時≫ 杉村凡栽
どんなことがあっても春になれば新芽を持つことができる。このような木々の姿から、春を迎えればまた新たな心で次に挑戦できる力を与えてくれる「木の芽時」は、私たちにとっても喜ばしい季語となっています。木々にとっての春は「木の芽雨」から始まる、といえるでしょう。
春、静かにしとしとと降るのが「春の雨」。初春、仲春、晩春と春を通して降る雨のことです。「雨」にはうっとうしさがまつわりますが、「春」がつけばそこには明るさや暖かさと華やぎがそなわってきます。
芽吹きを始めた草木にとって大切なのが養い育ての「春の雨」です。特に三月から四月にかけて降る「春雨(はるさめ)」には、木の芽を張り、草の芽をのばし、花を咲かせる雨の意味を持ちますが、加えて古来春が持つ艶やかな趣きも添えられているのです。
≪わがせこが衣春雨降るごとに 野辺の緑ぞ色まさりける≫ 紀貫之
私たちも春先になると実感しませんか。一雨降るごとに目に見えて勢いづく緑です。平安時代に活躍した歌人の歌ですからもう一つの艶やかな意味、野辺の緑色が増してくるように私の恋心も増していきます、という意味も込められているようです。
吹いてきた芽をはぐくみ育てるのがまさに「春雨」の役割です。草木のみならず私たちにも暖かさを運び、心を和ませてくれる潤いの雨でもあります。
日本は雨が多く降るゆえでしょう、雨にはたくさんの名前がつけられています。特に雨の降り方や働きを表現した名前は、季節のありようをも伝えています。「春霖(しゅんりん)」は仲春から晩春にかけてしとしとと降り続ける長雨。春の晴れている日に降ったり止んだりする雨は「春時雨(はるしぐれ)」。あげればまだまだありますが、枯れた冬から春の緑や花をもたらす雨には明るい期待が感じられませんか。
芽生え育ての恵みの雨をたっぷりと浴びた草木にとって、何よりも必要なのは暖かく豊かな日差しです。晴れた空から太陽がのどかに輝くようすを表すのが「うららか」。語感もやわらかく春の日差しの明るさや吹く風の穏やかさを感じられる美しいことばではありませんか。
≪うららかや空より青き流れあり≫ 阿部みどり女
「うららか」な日が続き始めると花はいっせいに開き、春はらんまんへと華やぎます。日本人にとっての春はこの花を見なければ春とはいえませんね。
≪ゆさゆさと大枝ゆるる桜かな≫ 村上鬼上
≪八重桜日輪すこしあつきかな≫ 山口誓子
春の兆しを伝える「木の芽雨」から万物を育てるバラエティに富んだ「春の雨」まで、雨の降るさまと季節の表情をとりこんだ雨の名前を見つけながら今年の春のおさらいができたようです。
四月も後半へ入りました。春は終わりへと向かいいよいよ初夏へ! しだいに増してくる心地よい暖かさに気持ちも身体もほぐれていきます。この季節の変わり目は、三月から四月へと生活の上でも多くの変化を乗り越えてきた身体をいたわる、良いチャンスになるのではないでしょうか。爽やかな緑が癒しのポイントかもしれませんよ。
参考:
倉嶋厚・原田稔 著・編『雨のことば辞典』講談社学術文庫
角川春樹編『現代俳句歳時記 春』角川春樹事務所