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遠い北国シベリアから到来する冬鳥ハクチョウ。2022年の飛来数は約76,000羽。このうちオオハクチョウが27,000羽余、コハクチョウが46,600羽余で大部分を占めます。
『史記』(前漢時代 司馬遷)の逸話として表れる、
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
(ツバメやスズメのような小鳥が、どうして大きな鳥の目指すものがわかろうか)
この鴻鵠こそ、「鴻」はハクチョウ属全体、「鵠」はハクチョウで、古来ハクチョウは大きな鳥の象徴でした。
オオハクチョウ(Cygnus cygnus)は、全長140cm、翼開長225cm内外。体重は凡そ8~13kgで、大きなオスは15kgを超える場合もあり、実は日本に自然分布する鳥類の中で最大の鳥がオオハクチョウなのです。たとえば、日本の猛禽で最大のオオワシや、ツルの最大種タンチョウヅルも体重は7kg程度。皆さんが水辺でよく見かける巨大な鳥の代表であるアオサギは全長90cm、翼開長160cm、体重は1~2kg。あの「大きくて怖い」と言われるカラスは、全長55cm、体重は500g前後です。
このように比べてみますとオオハクチョウの想像以上の大きさが理解できるのではないでしょうか。
繁殖地はシベリアの針葉樹林帯であるタイガの沼地で、日本には3,000kmの彼方から飛来します。
コハクチョウ(Cygnus columbianus)は全長120~130cm、翼開長200cm内外。体重は7~12kg。繁殖地はオオハクチョウよりも更に北方の灌木と苔に覆われたツンドラ地帯の湿地・沼地・谷間で、日本には遥か4,000kmの旅路の末にたどり着きます。
そして日本で古来ハクチョウ(古語でのくぐひ)と言いますと、京や奈良の都のあった近畿地方の琵琶湖や、山陰地方に飛来してきたコハクチョウのことでした。オオハクチョウよりも、さらに南下して越冬するためです。たとえば神奈川県藤沢市の鵠沼(くげぬま)という地名も、この地にかつてコハクチョウが飛来して越冬したことが由来となったと考えられます。
コハクチョウはその名の通りオオハクチョウより一回り小さいとされますが、実際には個体差・雌雄差もあり、大きさでぱっと見分けることは困難なほど、両種はよく似ています。
見分け方のポイントは主に二つ。
オオハクチョウの頸は細長く、水面や地上にいる時には優雅なカーブを描いています。コハクチョウはそれと比べると短めでがっしりとした頸(と言ってもハクチョウですから長い頸であることは言うまでもありません)をしており、頸のカーブが緩く直線に近く見えます。
そしてもう一つは嘴です。オオハクチョウとコハクチョウの嘴は、先端部分が黒く、つけ根付近が鮮やかな黄色の二色ですが、オオハクチョウの場合、黄色い部分が嘴の真ん中付近にある鼻孔を超えて鋭角に先端に切れ込むのに対して、コハクチョウにはその切れ込み部分が見られず、つけ根付近のみが黄色で、相対的に嘴の黒い部分が多くなります。この違いは比較的遠目からでも確認できるので、もっとも有効な見分けポイントになるでしょう。
また、成鳥は純白の羽色のコハクチョウと比べて、オオハクチョウの場合は頭部から頸部にかけて羽色が灰褐色を帯びる個体がかなりあり、幼鳥の名残である灰色の羽色が、成熟した個体でも残っているように見える場合は、オオハクチョウだという識別もできます。
ですがこれは、頻繁に採餌で水底に潜る白鳥の頭部から頸部が、泥土で汚れているだけの場合もあるので、あまりあてにはならないかもしれません。
ハクチョウ属(Cygnus)はカモ目カモ科に属し、全世界に7種(6種とも)が知られています。このうちユーラシア大陸と北アメリカ大陸の北半球には、純白もしくは灰白色の種が、南アメリカにはクロエリハクチョウ(Black-necked Swan)、オーストラリアにコクチョウ(黒鳥 Black Swan)という、体色全体もしくは一部が黒いハクチョウ属が分布します。
日本では、自然分布ではコブハクチョウ (Cygnus olor)は稀な迷鳥、コクチョウ(Cygnus atratus)は渡りの記録はありませんが、移入された個体が逸出して野生化して留鳥となり、オオハクチョウやコハクチョウよりもむしろ多くの人には見馴れて親しまれているかもしれません。
しかし、ハクチョウの優雅で優しいイメージにつられて安易に構うと大変なことになりかねません。どちらもなかなか気が荒く、特にコブハクチョウはオオハクチョウと同様の大きさ(体重15kg)で、安易に近づいて、翼アタックを受けて成人男性が骨折などの大けがを負ったケースも多くあるほどです。このコブハクチョウ、英語ではMute Swan=無声のハクチョウ、と呼ばれるほどめったに鳴きません。
千葉県、茨城県ではコブハクチョウの繁殖が見られ、湖沼のそばに巣を作り、子育てをする親子の姿が春先から初夏にかけて観察できます。ハクチョウは雌雄つがいの一夫一婦制で、相手が死なない限りそのペアは添い遂げて子供を育てます。
渡り鳥のオオハクチョウ、コハクチョウもまた、シベリアで秋までに育てた我が子を連れて、日本にやってきます。越冬地では、これらの家族が何世帯も一緒に生活するので、ハクチョウの飛来地での「コオォー。コオォー」「キャーン。キャーン」という盛んに鳴きかわす声は、家族の親同士のお隣さんへの挨拶だと言われています。かわいいですよね。
ハクチョウと言うと北国のイメージで、北海道や東北でしか見られないというイメージがあるかしれません。でも実は、ハクチョウの冬の逗留地は、本州全土なのです(北海道は渡りの中継地)。
特に新潟県の瓢湖は全国一のハクチョウの逗留地として有名ですが、近年瓢湖に次ぐ飛来地として知られているのが、千葉県北部にある印西市の「ハクチョウの郷」。今年も既に1,000羽を超えるハクチョウが飛来しているようです。
「ハクチョウの郷」に飛来するハクチョウは、多くがコハクチョウで、オオハクチョウも混じります。また日本では稀な渡り鳥として、アメリカコハクチョウが渡来するのもこの場所の特性で、近縁種のコハクチョウとの交雑種も見られる特殊なスポットです。
印西市から西に足を延ばした手賀沼には、留鳥となったコブハクチョウの500羽を超える繁殖地が知られ、日本に分布する四種のハクチョウを見られる貴重な体験もあるかもしれません。
もともとは休耕田にやってきたコハクチョウを餌付けしたことがこの地の渡来数の増加となったようですが、飼育管理者以外の餌まきは禁止されています。ハクチョウは首が長く細いので、粗大な大きさのパンなどをあげてしまうと喉にひっかかり、窒息してしまうこともあるそう。また、もともと水域の藻や水草などを食べているハクチョウにとって、油や塩分の混ざる人間の食べ物は害になることも。
ハクチョウの羽ばたき、そして10kgを超えるハクチョウの、着水。離水の際の数十メートルにも及ぶ水面の滑空は、ダイナミックで感動的!一見の価値ありです。
訪問の際は、静かに彼らの姿を見守り、楽しみましょう。
(参考・参照)
日本の野鳥 山と渓谷社
本埜白鳥の郷 いんざいパルケ-印西市の紹介
調査における都道府県別・調査種別観察数(暫定値)