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「緑」ということばには第一義として「新芽」という意味をもっているのをごぞんじですか? まだ葉の形にもならない微かな緑色です。ささやかな緑に新しい命を見つけた喜びは「緑さす」から「新緑」へ、溌剌とした初夏の到来をことほぐことばへとつながっています。
「わがせこが衣はるさめふるごとに 野辺のみどりぞ色まさりける」 紀貫之
今も昔もまったく変わっていないなぁ、と思わずクスッとしてしまう歌です。ひと雨降るごとに枯れた土色の大地が日に日に緑色に染まっていく様子を、今年もまた目にしてきました。緑の芽吹きの勢いには毎年目をみはってしまいます。
「新緑に命かがやく日なりけり」 稲畑汀子
「新緑が新緑を染め人を染め」 星野椿
「新緑」には「緑」に秘められたエネルギーが時を得て吹き出す、そんなイメージが感じられます。作者が感じる喜びが素直に叫びとなっているストレートな句は、明るい夏へとつながっていくようです。
「緑」とは「芽吹く」こと。「緑さす」「新緑」へと生まれたての新鮮さを表すことばが、連想ゲームのように湧き出てきたよう感じられます。そういえば赤ちゃんを「みどり児」というのもうなずけます。五月は身体を開いて思いっきり「新緑」の息吹を取りこんでいく時のようです。
「立夏」までもう少しとはいえ、五月の声を聞けば気分はすっかり初夏モード。「若葉」は1年の中でも穏やかで過ごしやすいこの時季の緑といえましょう。北海道へ渡った桜前線の後を追うように、つぎつぎと木々にあふれる葉は、日差しを浴びて輝き柔らかな美しさを見せます。これが「若葉」の特徴でしょうか。四月にスタートした新しい生活にでてきたちょっとした疲れも、「若葉」を見ればホッとひと息つけそうです。
「吹入るる窓の若葉や手習い子」 惟然
「若葉」とひと括りにできないのも「若葉」の特徴です。よく見ればそれぞれの木々で色合いや風情など個性はそれぞれ。「楓若葉」「樫若葉」「樟若葉」と木の名前で呼び分けたくなることもあるようです。
「水撒きの女出て来ぬ萩若葉」 岩垣子鹿
「それぞれに名のりて出づる若葉かな」 千代女
また場所によっても「若葉」の風景は違ってくるようです。「里若葉」「山若葉」「寺若葉」「庭若葉」このような見方もまたされています。
「濃く薄く奥ある色や谷若葉」 太祇
「鳥啼てしづ心ある若葉かな」 蓼太
「若葉して手のひらほどの山の寺」 夏目漱石
天候の変化も取り入れた「若葉寒」「若葉風」「若葉雨」は、音数を節約しながらも情景を読み手に見せる俳句ならではの工夫といえるかもしれません。多彩な表情をもつ「若葉」は大いに俳人の感性を刺激するようです。時を越えて心に響く句が残されています。
「町いまが一番きれい若葉風」 黒川悦子
「雨雲のかき乱し行く若葉かな」 暁台
「リストラの噂に呑まれ若葉冷え」 大竹多可志
あなたの心にも「若葉」のイメージが数々と湧いてきているのではありませんか。
「新緑」や「若葉」に感じるのは初々しさや淡い色あいですが、「青葉」には青々と漲る生気が表されています。夏に向かって厚みを増す葉には、緑濃く繁りゆく躍動感を感じます。やがて夏の強い光を遮り心地よい緑陰を作りだしてくれることでしょう。初夏の風情をいかんなく表している句として有名なのが次の句です。
「目には青葉山ほととぎす初鰹」
作者は芭蕉と同じ時代を生きた山口素堂。「青葉」がみせる初夏の明るさが美しい句です。さらに耳に聞こえてくるほととぎすの囀りと初鰹の味わいが五感に響きます。
日本料理には「あしらい」として自然のものをさりげなく取り合わせて、季節感や風情を添える習慣があります。笹や大葉、木の葉といった緑は四季を通じてあしらいの定番といえるでしょう。緑がもたらす効果はなんといっても新鮮さではないでしょうか。それぞれが持つ葉のみずみずしい艶が料理を引き立て食欲をたかめます。
「みどり葉を敷いて楚々たり初鰹」 三橋鷹女
もてはやされる初鰹ですが、緑の葉に乗せてさりげなくその存在をみせるのは、女性の感性でしょうか。家族で味わう初物の喜びが伝わります。
風に乗って爽やかな香りを届けてくれるのが、木々の枝にいつの間にか出そろった柔らかな葉っぱたち。「新緑」「若葉」「青葉」どれも見る人の心に映るさま。風に揺れる木の葉のバラエティ豊かな色あいに気づくと、初夏の楽しみも広がっていきますね。風薫る五月、木々の緑を存分に楽しんでみませんか。
参考:
『日本国語大事典』小学館
『角川俳句大歳時記』角川学芸出版