- 週間ランキング
火星は太陽系の第四惑星で、地球のすぐ外側に周回軌道をもつ、地球にとってはもっとも近くにある外惑星です。ラテン語・英語のMars(マルス/マース/マーズとも)はローマ神話の軍神 Mārs(マールス)に由来し、三月をあらわすMarchも春が訪れ、農耕や戦など、人の活動がはじまる月を「マルスの月」としたことが起源です。
赤道直径は約6,794kmと、地球のほぼ半分ほど、質量は地球の1/10ほどで、水星に次ぐ小さな岩石惑星です。
太陽からの平均距離は2億2,792万kmですが、軌道はかなり楕円で離心率も地球より大きく、遠日点(もっとも太陽から遠ざかる位置)では約1.64au(1auは地球から太陽の平均距離)、一方近日点では約1.4auと、ほぼ4分の1au(およそ3,800万km)ほどもの差があります。
つまり地球と公転軌道が近づく地点と離れる地点の差が大きく、公転軌道が近い地点を両星がちょうど互いに通過する際には、火星はいつもより大きく、輝いて見えることになります。
直近では、2018年の7月に、5,759万kmと、地球との距離が極めて近くなる衝が起き、「スーパーマーズ」として話題になりました。今年12月の衝では距離が8,145万km。かなり差がありますね。しばらく衝での火星との距離は遠い期間が続き、再びスーパーマーズが見られるのは2035年。この時の衝では5,691万kmと大接近し、極めて大きな火星が見られるとされています。
火星の公転周期は地球時間で約687日、地球との会合周期(朔望周期とも。たとえば地球と火星の衝=太陽を真後ろにして地球と火星が一直線になる点)は約780日と、93日も公転周期より長くなります。会合周期が公転周期よりも長くなる外惑星は火星のみ。他の外惑星の会合周期は公転周期よりも短い(たとえば木星は1/12、土星は1/30)のです。これは地球が外惑星よりも内側の公転周期をもち、かつ高速で回っているからですが、陸上トラックに喩えれば内側のレーンを足の速い人(地球)が回っていて、外側レーンの遅い(木星)人がトラックを一周する間に12回追い越すことを意味します。しかし火星には地球は一周の間には追いつけません。二周以上してはじめて、火星に一度追いつくわけです。
つまり火星と地球の衝は、二年と三か月毎でないと起きず、毎年衝の起きる木星や土星とはかなり運動の異なる独特の惑星であると言えます。そして、外惑星の場合、地球と衝になる瞬間の前後の期間、天球の逆行運動を見せます。火星の逆行は、木星や土星と比べてその振り幅(逆行の幅)が大きくかつ短期間(約80日間)で行われ、しかもその逆行軌道は毎回変化してランダムであり、まるで夜空を暴れまわっているかのように見えます。
当コラムで、外惑星たちの逆行と順行が空に描く秩序だった軌跡を、木星の逆行運動を12年かけた12の放射突起を持つ王冠の鋳造、土星の逆行を30年かけて咲かせるヒマワリの外輪花弁、天王星の逆行を84年かけて繋ぐ鎖の輪に喩えましたが、16年間の間に7~8回の逆行運動を見せる火星の軌跡は、奔馬が踏みまわしたあとのようで、秩序よりカオスを感じさせます。だからこそこの星は、その血を思わせる赤い輝きと相まって、古くから世界の動乱や混乱、再構築を司る星として信仰され、また恐れられてきたのでしょう。
火星の会合周期が二年三か月であるということは、その半分に当たる一年と50日ほどは地球と衝となる地球軌道側半分を周り、残りの半分の期間は反対側の軌道を移動することになります。ですから火星は、ほぼ一年中空に輝く年と、ほとんど夜明けや夕方以外には一年中見えない(太陽の近く、または完全に裏側に回るためにかき消されて)年とがほぼ交互にやって来て、昨年は「見えない」年、そして今年は「見える」年になります。
そして、今年の年末、12月1日の衝に向けて、徐々に光度を上げていく時期に突入します。
現在、明け方の東南東の暁の空に、異様に強い輝きを見せる明けの明星(金星)の右下から、控えめに弱々しく光りながら高度を上げていく火星が見えてきています。
最接近は3月16日ごろ。春霞の季節で星が冬ほどは見づらくはありますが、地球に最も近い内惑星・金星と、地球に最も近い外惑星・火星のセッションは、少々早起きしてでも見る価値ありでしょう。
現在火星にはアメリカのNASAが送り込み、2012年から稼働しているキュリオシティ(Curiosity)、昨年2021年2月に着陸した同じくNASAのパーサヴィアランス( Perseverance)と、それと相前後して到達した中国の祝融号と、三機の探査機が活動していて、特にパーサヴィアランスは昨年数々の新たなデータを地球にもたらし、火星の知見は大きく向上しました。
生命や生命の痕跡そのものは未だ見つからないものの、生命活動を示唆する物質が火星土壌の組成から今年の1月にも発見されました。地球生命が取り込む炭素の同位体の一種・炭素12が多く含まれる岩石が見つかり、生命活動による物質生成の可能性が高いとされたのです。火星で生命が生きられることが判明すれば、人類の移住を視野に入れたテラフォーミング(地球化計画)の可能性についても本格的に議論されることになるでしょう。
もともと火星は、太陽に近く灼熱の金星や水星、太陽から遠いうえに気圧などあまりに地球環境と違いすぎる木星や土星、大気が一切ない月と比べて、火星は気温が-50℃前後と極寒ではあるものの、公道傾斜や自転速度がほぼ同じ(火星の一日は24時間37分)であることからも、もっとも移住に適した太陽系の天体だと目されてきました。
と言ってもそれはあくまで相対的な話で、やはり火星と地球では環境に大きな差があります。
火星の質量は地球の10分の1ほどで、星の内核が保持する溶融鉄が放射する磁場もはるかに弱く、地球でははねのけている太陽風や宇宙線などの有害光線をほとんどさえぎることができず、人間はもろにその光線を浴びてしまうことになります。大気の組成もほとんどが二酸化炭素で、人類が必要とする酸素や窒素は、人為的に分子変化させて作るしかありません。土壌にも有害物質が多く、地球で育つ植物が定着繁茂できる環境ではありません。
その大気も薄く、気圧は地球の平地の一気圧の100分の1以下しかありません。火星が大気を引き留める力が弱く、宇宙にどんどん拡散放出してしまうためです。これらの問題を仮に科学力で解決できたとしても、根本的な問題として地球の40%程度という重力はどうにもできません。宇宙ステーションの数か月の滞在でも、日々トレーニングを欠かさず過ごしたとしても地球に帰還した際に宇宙飛行士は自力で歩くのが困難なほどの筋力の衰えに直面します。地球の重力と気圧で正常に機能している人体の骨格や筋肉だけではなく、内臓などの生命活動そのものを維持する血液循環などの循環器系の液体作動も、低い気圧と重力の中では正常に機能せず、人間の認知や感覚器に重大な障害をもたらす危険性があります。たとえば脳室や眼球の中は水で満たされていますが、外圧が変化すれば脳や眼球の形状も変化してしまいます。生殖行動や胎児の成長にも変容が起きるでしょう。
もし人類が火星で何世代にもわたり生存できるとしたら、もしかしたら極端に言えば、古典的な想像上のタコのような火星人に近い形に姿が変わってしまうかもしれないのです。
そして、地球がダメになったからと人類のみで他の星に移住することは、地球の他の生物たちを見捨てて逃亡することを意味します。やはり火星は、地球上からその暴れ馬のような姿を親しみを込めて眺めるのが一番かもしれませんね。
参考・参照
星空への旅-地球から見た天体の行動- エリザベート・ムルデル 市村温司訳
星空図鑑 藤井旭 ポプラ社
2022年3月中旬 金星と火星が接近 - アストロアーツ