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キバナアキギリ(黄花秋桐 Salvia nipponica)は、シソ科アキギリ科に属する多年草で、本州以南の山野に普通に分布します。草丈は30cmほどですがシソ科では極めて珍しい黄色の筒状唇形花はオドリコソウのように輪生してよく目立ち、林沿いのやや湿った半日陰の場所を好み、しばしば群生するさまは周辺を明るく彩ります。
近縁種で姉妹花のようなアキギリ(秋桐 Salvia glabrescens)はシソ科らしい紫色の花色で、この両種は分布がはっきりとすみわけされており、アキギリの分布は北陸と岐阜県東部、それに近畿地方に限られていて、それ以外の広域にキバナアキギリは分布します。
学名Salviaからわかるとおり、夏から秋にかけて公園の植栽や庭の花などとして親しまれているブラジル原産の真っ赤なサルビア(ヒゴロモソウ)の仲間になります。
茎の底部にある大きな葉は葉柄の付け根部分が両翼に張り出した鉾型で、この堂々とした葉のたたずまいと花の姿がキリの木を連想させることから「秋に咲く桐」でアキギリ、と名付けられました。
ツリガネニンジン(釣鐘人参 Adenophora triphylla var. Japonica)は全国の山野に自生するキキョウ科ツリガネニンジン属に属する宿根草です。明るく、やや湿った草地によく自生し、草丈は50cm~1mほど。「山で美味いはおけらにととき、里で美味いはうり、なすび」という有名な信州俚謡(田舎歌)で出てくる山菜「ととき」とは、ツリガネニンジンの春の若葉です。また、「ニンジン」の名が付くとおり、根は黄褐色で太く成長し、チョウセンニンジンに似ており、高価なチョウセンニンジンの代用として、江戸時代には盛んに生薬南沙参(なんしゃじん)として利用されました。
しかし何と言ってもこの植物の魅力は、晩夏から秋にかけ、輪生する細卵形の葉の台座からすっくりと直立した花茎に、薄紫色のベルのようなかわいい鐘形花を房状に咲かせる可憐な花姿です。
下向きに咲く花は1.5~2cmほど、雌しべがちょこんと出ているのがベルを鳴らす舌(ぜつ)にも見えて、一層かわいらしく見えます。
アキノノゲシ(秋の野芥子 Lactuca indica)は、ハルノノゲシ(春の野芥子 Sorchus oleraceus)に似て秋に咲くことから、対となってその名が付きました。
ハルノノゲシの頭花がタンポポのような黄色なのに対して、アキノノゲシはさわやかなレモン色、また草姿も、全体にずんぐりとしたハルノノゲシに比べてすらりとして、草丈は大人の背丈ほどにもなります。
稲作とともに南アジアから渡来した史前帰化植物とされ、明るい草原や切り開かれた空き地などに積極的に進出する強壮な生命力を持つパイオニア植物。都会などの道端にもしっかりと根を張り、美しい花を見せてくれます。
意外なことにレタスと近縁で、このため食用にもなり、龍舌菜(りゅうぜっさい)という野菜にもなっています。
朝に咲いた花が、昼過ぎにはしぼんでしまうという説明も見られますが、しっかりと夕方まで咲いている姿を目にします。秋の透明な空気にぴったりの、さわやかな菊の花です。
「ミント(ペパーミント、スペアミント)」といえば洋風のハーブのイメージが強く、日本の山野に普通にミントが自生しているなんて、山野草に興味のある人以外ほとんど知られていないのではないでしょうか。
しかし、なんとニホンハッカ(日本薄荷 Mentha canadensis var. Piperascens)はかつては全世界流通の大半を占めるミントの王様で、外貨獲得の重要な輸出品目でした。日本からブラジルに移民した日系人が、当地で安くニホンハッカを大量生産したこと、ノーベル化学賞を受賞した野依良治氏が人工メントールの合成に成功したことから国内のハッカ生産と輸出は衰退消滅し、残るのは野に咲くハッカのみとなりました。
草丈は10~30cmと小さく目立ちませんが、葉をもむと強烈なミントの香気がたちこめて、感動すること請け合いです。やや湿気のある明るい草地を好み、このため田んぼの畔にしばしば自生しているのを見ることができます。葉は緩やかな心形で対生し、段々になった葉腋ごとに薄いシャーベットピンクの花房を、輪のように咲かせます。
ミズヒキ(水引 Persicaria filiformis)はタデ科イヌタデ属の宿根草で、日本全土の山野に自生します。晩夏から秋、互生した広卵形の葉茎の先端または葉腋から、しゅんと伸びたムチのような花茎を伸ばし、豆粒のような小さな花を、花茎に数珠か首飾りのようにちりばめます。花は上部が赤、下部が白で、これを祝儀袋などの紅白の止め紐「水引」に見立ててその名が付きました。
その独特のしっとりとした美しさと趣きは、多くの俳句や短歌に詠まれています。
水引の こぼれて浮きぬ水たまり 村上鬼城
つゆためて 水引の紅 ふれあへる 松村蒼石
秋は咲く 水引草に吾亦紅(われもこう) 荒野のみちを人の過ぎゆく 岡麓
また立原道造の代表詩のひとつ「のちのおもひに」でもミズヒキが印象的に歌われます。
夢はいつもかへつていつた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を
「風」や「水」をあらわす媒介として、この特異な形状をもつ花序は、詩人たちの心をとらえて離さなかったようです。
ツユクサ(露草・鴨跖草 Commelina communis)は、ツユクサ科ツユクサ属の一年草。さほど花に詳しくなくても、ツユクサを知る人は多いでしょう。それほどこの小さな草の花弁の鮮やかな青は目につきます。
徳富蘆花はこの草を「つゆ草を花と思ふは誤りである。花ではない。あれは色に出た露の精である。」と思い入れたっぷりに叙述していますが、それもまたおおげさではないと感じます。
花は一日花で、花弁が二弁のように思われますが三弁で、下側にある一枚の花弁は退化して目立ちません。花弁の青とのコントラストをなす黄色い雄しべは六本あり、このうちの二本が発達して伸びて、上向きの鎌形のかたちをなします。夏の初めごろから咲き始めますが、秋にも咲き継ぎ、見た目のなよやかな弱弱しさとは真逆に、匍匐した茎から次々と根を張り、繁殖域を広げる生命力に満ちた野草です。
田んぼの畔や道端など、あちこちで見ることができますが、古名は「つきくさ」で、これは青い色素を古くから染色に使ったためで、「着き草」の意で、ウツシバナ、カキバナ、アオバナなどの呼び名があり、よく染まりますが色が落ちやすい欠点もあります。
深い青に黄色い雄しべは、黄色い満月の夜のようにも見え、「月草」でもいいんじゃない?とも感じますね。『万葉集』には、
鴨萌草(つきくさ)に 衣は摺(す)らむ 朝露に 濡れて後には變(うつろ)ひぬとも (読人不知 巻七1351)
とあり、ツユクサは「うつろいやすくはかなくあてにならないもの」の譬えとして好まれました。
月自体も日々形を変えるうつろいやすさを持ち、ツユクサの持つ色落ちのしやすさからもともと「月草」だったとも考えられます。
そうしてみますと、ツユクサが月と関連が深い秋の季語になっていることも納得がいきますね。
ヒガンバナやコスモス、キンモクセイもいいのですが、秋には趣きのある花が数多くあるものです。まだまだ花の季節は続きます。何の主張もせず路傍に咲く野の花に気づけば、日々の散策もまた一層楽しくなるかもしれません。
(参考・参照)
万葉の植物 松田修 保育社
路傍の草花 松田修 現代教養文庫
植物の世界 朝日新聞社
山野草たちの歳時記 講談社