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スズメバチ(雀蜂 胡蜂)はハチ目スズメバチ科に属し、日本列島には島嶼も含めて17種が生息分布します。ハチによる刺咬被害は数多く発生していますが、中でも死に至るほどの激甚な被害事例のほとんどは、スズメバチの中でも世界最大で、英語圏ではJapanese giant hornetと呼ばれるオオスズメバチ(Vespa mandarinia japonica)と、人家近くに巨大なマーブル柄の丸い巣を形成し、攻撃性の高いキイロスズメバチ(Vespa simillima xanthoptera)の二種によるものです。
セミだけを捕食する独特の習性をもつモンスズメバチ(Vespa crabro)や、他種に寄生して巣を乗っ取る狡猾なチャイロスズメバチ(Vespa dybowskii)など、興味深い種についてはまたの機会にゆずるとして、今回はこの二種について主に叙述します。
テレビの報道バラエティなどで、スズメバチの巣を自治体や専門駆除業者が駆除する様子を追った映像を目にすることも多いと思います。
明快な警戒色でカラーリングされた弾丸のような胴体、どんな面打師の技でもそうそう造形できない狂暴な顔面と力強い顎。スズメバチの容姿は恐怖の悪役そのものと言ってもいいかもしれません。でも本当にスズメバチは、私たちが思っているような凶悪な大害虫なのでしょうか。
近年、ミャンマーの約一億年前の白亜紀中期の地層から、琥珀に閉じ込められた原始的なミツバチの化石が発見されました。化石のハチは、ミツバチとスズメバチ双方の特徴を備えており、社会性をもち分業が徹底した大集団を形成することで知られるミツバチが、花をつける被子植物の大繁殖とともに、少なくとも白亜紀中期ごろにはスズメバチの仲間から分岐したことを裏付けています。スズメバチは、あの愛らしい蜂蜜をもたらすミツバチと、もともとは同じ仲間だったのです。
ではなぜもともと同じ種の、いわば親戚のようなミツバチをスズメバチは襲うのでしょうか。スズメバチは全般的にミツバチを個体で襲い、幼虫のえさにしますが、巣ごと襲撃するのはオオスズメバチのみです。
オオスズメバチの生態は、越冬した前年の新女王バチが、春ごろに巣がけと育雛を始め、夏にむけて次第に働きバチの数を増やして、巣の規模を拡大させていきます。多くの昆虫が飛び交い、青虫や毛虫も多い初夏から夏にかけては、幼虫のえさとなる獲物も多く、ドウガネブイブイやアオドウガネなどの大型のコガネムシ類は5~8月ごろには個体数も豊富で、オオスズメバチは好んで捉えて殻ごとかみ砕き肉団子にして、せっせと幼虫に与えます。
夏の終わりごろになると、女王は次世代の女王候補と雄バチを産卵、働きバチはその育雛に専心することになります。しかしこの時期は、豊富にあった獲物の数が減少してくる時期と同期します。体格の大きいオオスズメバチは、幼虫の大きさも他のハチとは比べ物にならず、高カロリーの獲物を大量に必要とします。女王バチ候補の幼虫の大きさは5g。そんな大きな女王バチ幼虫と、それにつぐ大きさの雄バチ幼虫の数は、一つの巣で500匹を超える数になります。このため、えさが見つからず飢餓状態に陥ると、成虫の働きバチたちは、育てていた働きバチの幼虫を殺してえさにする、育ちの良くない幼虫は育房から引き抜いて巣外に捨てるなどの間引きすら行います。
オオスズメバチはこの状況の中で、ハンティングに必死になり、大量の獲物を一気に獲得できる対象に狙いをつけるのです。同じコロニー生活を営む小型のスズメバチや、ミツバチの巣の襲撃です。他種のコロニーに目をつけると、斥候がコロニー周辺に陣取って相手の衛兵バチと小競り合いをしながら自身の仲間(姉妹の働きバチ)を誘引するフェロモンを周囲の樹木などにこすりつけ、陣容が整うと一気に襲い掛かります。
このとき、もともとオオスズメバチのいないヨーロッパで育った西洋ミツバチは、果敢に外敵であるオオスズメバチに挑み、たやすく殺されてしまいます。ヨーロッパの小型のスズメバチならば、次々と挑みかかることで相手を最終的に撃退できるのですが、オオスズメバチにはこの乱取り作戦は効果がありません。ほどなく巣に侵入され、全滅させられてしまいます。
一方長い間オオスズメバチと共存してきた二ホンミツバチは、彼らを撃退する必殺技をもっています。二ホンミツバチは単独で挑みかかることはしません。数百匹でグループになり、入口付近の限定された場所に陣取り、同時に巣と外を出入りしながら巣の中にいる仲間を呼び集めます。そして戦隊ごとに一匹のオオスズメバチを取り囲み、周りに取り付いてボール状の「蜂球」を作ってオオスズメバチを熱と呼吸困難で死に追いやり撃退するのです。
コロニーの規模が小さいと、オオスズメバチの襲撃に対抗できず負けてしまう場合もあります。この場合は成虫が早期に撤退、幼虫や蛹や蜜を明け渡す代わりに、別の場所に移って速やかに新たな巣を作るというドライな対応で全滅を防ぎます。
西洋ミツバチは二ホンミツバチよりも体がやや大きく、採蜜能力も高いため、もし両種が自然分布すると二ホンミツバチは数を減らし、絶滅に至ると言われています(ちなみに両種は交配は可能ですが、現在のところ混血で生まれた幼虫はすぐに死んでしまうので、交雑は起きていません)。しかし、日本列島には恐ろしい天敵オオスズメバチがいるために、西洋ミツバチは野生化できずに養蜂で飼われるのみなのです。
複雑で豊かな植生の日本。森林は広大で、ヨーロッパとは規模も濃密さもくらべものになりません。その森林の滋養が里に流れ出てきて作物の栄養となります。その森林の植生を支えているのが、花粉媒介者として働いてきたニホンミツバチをはじめとしたハナバチたち。そして、彼らの生存を外来種である西洋ミツバチから結果的に守っているのが、ほかならぬオオスズメバチなのです。
オオスズメバチは、ミツバチだけではなく、人家に巨大なコロニーを作るキイロスズメバチの巣も襲撃して全滅させてしまいます。オオスズメバチの巣は山間部の森林の中の樹洞や土の中で、そこから市街地や里に巣がけしたキイロスズメバチの巣をめがけて飛んでいきます。もしオオスズメバチという強力な捕食者がいなくなると、市街地のキイロスズメバチを狩る生き物はいなくなるでしょう。
「それなら駆除業者に片っ端から駆除してもらえばいい」と思うかもしれません。しかしキイロスズメバチは他のハチの巣を丸ごと集団で襲撃するような習性はない分、敏捷な身のこなしでオオスズメバチが狩りをしない小さな虫たちを旺盛にハントしています。
キイロスズメバチが市街地に定着できるのも、市街地に多い小型の昆虫(その多くが人間にとっての衛生害虫=ハエ、カ、ゴキブリなどです)を捕食しているからで、彼らがいなくなることはそれらの害虫の増加を意味します。そうして、より多くの殺虫剤を撒くことになれば、結局ミツバチも生存できなくなるでしょう。
また、キイロスズメバチの成虫は花蜜を食料としますから、ハナバチ類とともに栽培植物や自生植物の花粉の媒介者としての役割もはたしており、彼らがいなくなることはそれだけデメリットがあります。キイロスズメバチは、ゴキブリなどの人家昆虫が人の排出する生ごみや食べ残しに群がるように、生ごみにも嗜好を示します。キイロスズメバチに営巣されるリスクを軽減させるには、私たち自身が生活をスリム化し、ゴミを減らし、周辺をゴミで汚さない、といった心がけも必要となるでしょう。
まとめますと、二ホンミツバチを保護するためにはオオスズメバチの存在が必要であり、害虫の駆除にはキイロスズメバチの存在が不可欠です。とはいえ、キイロスズメバチの繁殖を抑制するには、やはりオオスズメバチが必要となるのです。スズメバチ、ミツバチともにいてこそ、生態系は維持され、私たちの日々食べる作物も豊かな実りを見せているといえるでしょう。
しかし近年、スズメバチ、ミツバチを問わず、人間のもたらすネオニコチノイド系農薬が彼らを絶滅の危機に追いやっています。ネオニコチノイド系農薬とは、害虫駆除の目的で使用される農薬で、昆虫、小動物の神経伝達を阻害して死に至らしめる化学物質を含みます。
ヨーロッパやアメリカでは、2000年ごろからミツバチが大量死する事態が起きており、その原因と考えられるために順次使用規制が強化されてきました。また最近の研究では、ネオニコチノイドには、人間を含む脊椎動物の免疫機能や生殖機能を低下させる慢性的な毒性があることも判明してきました。
日本では欧米よりも規制が緩く、農林水産省は「欧米のようにネオニコチノイドが粉塵として舞うほどの使用はしていない」「水稲に被害をもたらすカメムシには、ネオニコチノイドの使用は不可欠」ともしてきましたが、ここ十年内の調査により、水田に使用したネオニコチノイドが、ハナバチ類の死滅にも大きく関与していること、また西洋ミツバチよりも二ホンミツバチはネオニコチノイドへの感度が高く、西洋ミツバチでは問題ない使用量でも、二ホンミツバチには深刻なダメージがあることがわかってきました。
これを受けて農林水産省でもネオニコチノイド系農薬の使用に関して規制に向けた再評価がなされつつありますが、果たしてどうなるかは今のところ不明です。
日本在来のハナバチ(ミツバチ)とスズメバチは、この昆虫の多い、それゆえに豊かな植生を誇る日本列島を支えてきた小さな英雄たちです。彼らへの感謝と共存の道をさぐることこそ、「サスティナブル(持続可能)」につながる道なのではないでしょうか。
スズメバチが危険な季節は、8月末から10月までの数か月です。それ以外の時期は、決して危険でなく、私たちが過剰反応しなければ何の害も及ぼしません。殊更に恐れたりパニックにならず、適切に距離を取って共存していくことは、人間にとっても多くの利益をもたらすでしょう。
(参考・参照)
スズメバチの真実 最強のハチとの共生をめざして 中村雅雄 八坂書房
蜜蜂被害事例調査(平成25年度~平成27年度):農林水産省