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七夕は、古代中国の伝説に我が国の習俗が重なったものとされます。中国最古の詩編「詩経」から主人公の牽牛(けんぎゅう)・織女(しょくじょ)の名はあり、機織りの織女が牛飼いの牽牛と結婚後、以前のように働かなくなったことを天帝が怒り、年に一度だけ会うこと以外を禁止したという二星の悲恋話は、「文選」にある後漢(25~220年)頃作られた古詩が最も古いとのことです。
物語の成立後、中国の類書「白孔六帖(はくこうりくじょう)」に、「風俗記、織女七夕まさに河を渡るべし、鵲(かささぎ)をして橋と為さしむ」とあるように、鵲が天の川に並び羽を広げて、織女を渡したと伝えられるようにもなります。
そして、この日は乞巧奠(きっこうでん)と呼ばれる、女性が裁縫の上達を願うー巧みを乞うー祭でもありました。古代楚の国の年中行事を記した「荊楚歳時記(けいそさいじき)」に拠れば、二星が会う夜、女性達は美しい色糸を結び、七つ孔を開けた金・銀・真鍮の針を作り、台の敷物に酒を並べ、瓜を庭に置いて、その瓜に蜘蛛が巣を懸けたら願いが叶うとしたとのことです。
こうした中国の行事に、古代日本の民俗行事であった、水辺に棚を作って神の衣を機織りし、神を迎えて一夜を過ごす女性を棚機つ女(たなばたつめ)と呼んだと言われることが結びついたのだろうとされています。
万葉集では、130首余りの七夕に関する和歌が詠まれています。
〈袖振らば見もかはしつべく 近けども渡るすべなし秋にしあらねば〉
天の川が隔てる二星は、袖を振ったら互いを見交わせるほど間近なのに、秋でなければ渡れない、と詠んでいます。万葉集の七夕歌の特徴は、空の星の伝説を地上で離れている恋人のように、現実的に詠んでいる点です。
〈彦星の妻迎へ舟漕ぎ出(づ)らし 天の河原に霧の立てるは〉
〈我が背子にうら恋ひをれば天の川 夜船漕ぐなる梶の音聞こゆ〉
この二首は、七月七日に船を漕いで天の川を渡り、隔たった二星が会う状況を、立つ霧と梶の音に寄せて詠んでいますが、注目点は、牽牛(彦星)が天の川を渡って織女に会おうとすることです。しかし、上で示した中国の伝説では織女が川を渡ることになっています。例えば、院政期に編まれた「新撰朗詠集」に載る白居易の詩句にも、
〈今宵には織女 天河を渡る、朧月微雲もはら*に羅**に似たり〉 *もっぱら **薄衣
のように詠まれています。これに対して、万葉集では当時の日本の恋の形に合わせて、男の牽牛が天の川を渡って織女に会いに行くように詠んだのだと見られます。そのように見ると、中国の伝説では鵲が羽を連ねて天の川に橋を成すとありましたが、万葉集では船に乗り、梶を漕いで渡すとあるのも日本風です。
平安時代の和歌について、まず天の川を渡って来るのが牽牛か織女かを八代集から見ていきましょう。
〈たなばたの帰る朝の天の河 舟も通はぬ浪も立たなん 後撰集〉
これは、八日の別れの朝に天の川を船が渡れないほど波が立ってほしいという内容ですが、帰って行く「たなばた」は織女です。船に乗って訪れるのは万葉集から変わりませんが、訪れるのが織女になっている点で、この時代では万葉集とは違う漢風の影響を受けてもいるとわかります。
七夕の和歌について、まとめられるものを大まかに分類すると、二星が会えるのが一年に一日だけということ(A)、七月七日に会うまで(B)、別れの朝(C)の三通りがあります。
さらにその詠み方も、二星の心を推測するもの(1)、現実の作者自身の思いを主とするもの(2)、七夕伝説を一つの景のように客観的に捉えるもの(3)とに分けられます。下記に例で示します。
〈契りけむ心ぞつらき 七夕の年にひとたび会ふは会ふかは 古今集〉………A・1
〈我のみぞ悲しかりける彦星も 会はで過ぐせる年しなければ 古今集〉………A・2
二星の一年に一度しか会えない定めへの辛さが詠まれた歌と、二星が一度でも毎年会えるのに、それも叶わない人の悲しさを詠んだ歌です。
〈恋ひ恋ひて会ふ夜はこよひ 天の河霧立ちわたり明けずもあらなむ 古今集〉………B・1
〈わびぬれば常はゆゆしき七夕も 羨まれぬる物にぞ有りける 拾遺集〉………B・2
〈この夕べ降りつる雨は彦星の と渡る船の櫂(かい)のしづくか 新古今集〉………B・3
一首目は、二星が恋い続けてやっと会え、霧で夜が明けないことを願った歌、二首目は一年一度しか会えず望まれない七夕も、七月七日は羨ましいという人の心を詠んだ歌、最後は七日夕方降った雨への想像です。
〈たなばたの帰る朝の天の河 舟も通はぬ浪も立たなん 後撰集〉………C・1
〈たなばたは後の今日をも頼むらん 心細きは我が身なりけり 詞花集〉………C・2
〈たなばたは今は別るる天の河 川霧立ちて千鳥鳴くなり 新古今集〉………C・3
初めの一首は、先述のとおり別れの朝に波が立ってほしいという内容、次は二星が会うことは来年もあるが、自分にはあてがないという人の心を詠んだものです。最後は八日の朝霧の中で千鳥が鳴く天の川の情景の歌です。
ほかにも、七夕祭を詠み込んだ歌がいくつかあります。
乞巧奠(きっこうでん)で日本本来の織り姫にちなみ布や糸を供えるのを「織女に貸す」と詠んだ歌が代表的です。また、天の川を渡る船の梶と同音の梶の葉に願い事を書く風習を詠んだ歌などもあります。
〈たなばたに脱ぎて貸しつる唐衣 いとど涙に袖や濡るらん 拾遺集〉
〈天の川と渡る船の梶の葉に 思ふことをも書き尽くるかな 後拾遺集〉
一首目は、織女に脱いで貸した自分の衣が、別れの涙で袖が濡れるだろうかと、二星の悲しみを思いやった歌。二首目は、梶の葉に書く風習そのものを詠んでいます。
七夕とは、牽牛・織女(彦星・織姫)の二星が、一年に一度だけ会うことで愛を確かめるという、恋愛の極限を象徴することとして重んじられていたことがよくわかります。
七夕の日に、願い事を書いた短冊を笹に下げる風習は近世に始まるようです。それは、乞巧奠の伝統をも受け継ぐしめやかで雅びな楽しみでもあります。
今年の旧暦七月七日は、8月25日。毎年大賑わいの各地の七夕祭りは、今年は残念ながら縮小したり中止となるところもあるようです。しかし、その日に空が晴れていたら、ぜひ夜空を見上げてみてください。天の川と牽牛・織女に会えるかもしれませんよ。
参照文献
王朝びとの四季 西村亨 著 (講談社学術文庫)
荊楚歳時記 宗懍 守屋美都雄 訳注 (平凡社 東洋文庫)
新撰朗詠集 柳澤良一 校注 (明治書院 和歌文学大系)
平安朝の年中行事 山中裕 著 (塙書房)
歌ことば歌枕大辞典 久保田淳・馬場あき子 編 (角川書店)