- 週間ランキング
イソヒヨドリ(Blue Rock Thrush Monticola solitarius)はスズメ目ヒタキ科イソヒヨドリ属に分類される鳥類で、五つの亜種がユーラシア大陸、アフリカ大陸から太平洋の島嶼に広く分布し、日本には亜種Monticola solitarius philippensisが留鳥として全国に分布(北海道では夏鳥)します。ヒヨドリと名がつくもののヒヨドリとは近縁ではなく、ツグミに近い仲間です。体長は21~23cmほどで、ややメスが小型ですが雌雄のサイズの差はさほどありません。被毛の色は大きく雌雄で異なり、オスは頭部から背中、上尾筒にかけては冬の晴天のような青色で、胸から下尾筒にかけてのお腹側と下雨覆いは濃赤色(レンガ色)、そして風切羽根と尾端は濃紺、と一目で分かる鮮やかさです。メスは全体的に茶系統とベージュでカラーリングは地味ですが、全身に細かなまだら模様が入り、独特の繊細な美しさがあります。
学名のMonticola solitariusとは、山の孤独な者、といった意味で、ユーラシア大陸の広域に分布する亜種は、標高2000~4000mの高山地帯に単独生活をする鳥として知られています。日本では岩礁の多い海岸、磯場にのみ生息する野鳥とされています。
日本列島に渡ってきたイソヒヨドリが、海岸沿いの崖地などに営巣するようになった理由は、おそらく日本列島の地形特性として、広大な内陸の山岳地帯が広がる大陸と違い、海沿いに彼らの好みである高低差のある岩礁地帯が多かったからなのではないかと思われます。
ところが、都市化が進んだ1980年代の後半ごろから、次第に内陸のビル街や工場の外壁部材にイソヒヨドリの姿が見られるようになりました。1991年に改訂された「日本の野鳥(山と渓谷社)」に、内陸進出と記載されています。当初は、繁殖期が終わった秋ごろから、単独行動の季節に気まぐれに内陸地に逗留するものと考えられていましたが、次第に各地で繁殖も確認され、本格的にイソヒヨドリが内陸、しかも何十キロも海岸から離れた都市や住宅街に分布域を広げていることが確実となりました。最近では、大都市中の大都市・渋谷駅周辺でも見かけるようになったという報告があります。
性質は極めて図太く好奇心旺盛で、人間のすぐそばに飛んできて平然と佇んでいることも多いので、多くの人に目撃されることになります。他の野鳥に対してもかなり強気で、ミミズを捕って集まったムクドリの群れを、一羽のメスのイソヒヨドリが蹴散らしてしまうのを見たことがあります。
イソヒヨドリは、高く急峻な崖状の地形と、その眼下に緑のある公園や草地などの開けた餌場がある環境を好み、鬱蒼とした森林は避ける傾向があります。高山帯や海岸の崖地を好む性質から来ているものでしょう。この好みに、現代の高層の建物が多く、しかも適宜緑の多い公園を配した市街地は、マッチしていたようです。筆者の在住する地域にもイソヒヨドリが多く生息していて、レギュラーで見かける鳥の一種になっていますが、マンションの高層階でさえずり、下の芝地に降りていき餌を捕る姿がよく見られます。
鳥には変わった育雛の習性を持つ種がいくつもいますが、イソヒヨドリの育児も独特。卵の数は5~6ほどで、雛が巣から巣立つまでは両親が協力して、昆虫や小動物(ときに蛇もハントするといわれています)などの高カロリーの蛋白源をせっせと雛に運びます。ところが、雛が自分で飛べるようになる巣立ち後はクラス分けされて、父親が給餌する雛と母親が給餌する雛、それぞれが二羽から三羽ほどを受け持つようになるのです。自分が受け持ちでない雛に対しては一切面倒を見なくなり、餌も与えなくなります。家族といえども群れずに早々に解散。できるだけ小さいユニットに分散しようという性質があるようです。
こうしたところにも、「山の孤独者」と名づけられた性質があらわれているのではないでしょうか。まだこうした性質をよく知らなかった頃、成熟したオスのイソヒヨドリが、明らかに若いオスを二羽引き連れて駐車場で遊んでいるのを見て、どういうことなんだろうなあ、と思ったものでした。今思えば、分担が決まり、家族が分割された後だったのでしょう。巣立ち後の雛がこのように親の世話を受けるのはおよそ一ヶ月弱、その後は独り立ちして自分の縄張りをもつようになります。
狩猟能力に優れたイソヒヨドリは、磯ではカニやフナムシを捕らえていたように、都市部では多く生息するゴキブリやネズミをよく捕らえて食べます。都市鳥として、害虫・害獣を駆除する益鳥としての側面が見られます。飛翔昆虫を捕らえるのも巧みで、つい先日も、大型ショッピングセンターや駅の高架、高層マンションなどが林立するイソヒヨドリ好みの環境の町中で、飛び回るバッタを追い回して捕らえる鮮やかな手並みを観察することができました。
一方、イソヒヨドリによってツバメの巣が襲撃され、雛が犠牲になるという事案も発生しているようです。人家の、蛇やカラスなどの近づけない軒などに巣を構えてきたツバメにとっては思いも寄らない天敵が出現したことになり、もしこの後も住宅地にイソヒヨドリの繁殖が増え続けるとするなら、懸念材料でもあります。
鳴き声は非常に美しく、特に春から夏にかけての繁殖期ごろのオスは、縄張りの高い場所をソングエリアとして利用して高らかに歌を奏でます。マンションやショッピングセンターの屋上で、豊かな抑揚と複雑な音程の鳴き声はまさに絶品。聞きほれてしまうふくよかな美声は、イソヒヨドリの大きな魅力です。一方で鳴きまねも得意で、特にアマガエルにそっくりの声で「クケケケ、クケケケケ…」と鳴くこともよくあります。カエルをおびき寄せようとしているのかもしれません。
また、あるときイソヒヨドリが明け方、ベランダに来て手すりにとまり、家の中に向けてしきりに囀るので何かとのぞけば、餌をくれとねだっていたようです。まるでネコのような無邪気さと甘え上手です。派手な体色の鳥は、概ね警戒心が強いものですが、イソヒヨドリはほとんど人間に警戒心を持ちません。これは人間の住む環境に参入しはじめた歴史が浅く、他の野鳥たちのようにまだ人間にひどい目にあったことがないためでしょう。餌付けをすれば、比較的容易に手に乗って餌を食べるほどに慣れることもあるようです。そんな友好的なイソヒヨドリ。今後もその愛嬌のある性質を維持し、身近な親しい野鳥として生きていってほしいものです。
(参考)
日本の野鳥 山と渓谷社
小笠原諸島におけるイソヒヨドリによる外来植物の種子散布(地球環境 Vol.14 2009) 川上和人
としちょう・NOW(都市鳥研究会)