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「東のアンコウ 西のフグ」と言われるほど、冬の海の味覚として名をはせるフグ(Tetraodontidae)。日本では北海道以南の温帯・亜熱帯域全域の主に近海に生息する、暖海性の魚です。フグ目は10科50属129種を擁する大きなグループで、フグの他にカワハギ(Stephanolepis cirrhifer)やマンボウ(Molidae)、深海性でウチワ型の巨大な腹膜をもつウチワフグ(Triodon macropterus)、全身棘で覆われたハリセンボン (Diodon holocanthus)など、見た目がユニークな魚が多く属し、食用としてだけではなく観賞魚としても高い人気を有します。
フグは危険を察知すると胃袋に大量の水または空気をためてまん丸に膨れ上がるという習性を持つことで有名ですが、何と体重の2~4倍の水を一気に飲み込むことができます。膨れ上がるのは捕食者に襲われるなどの危機に際してですが、膨れ上がることでどれほどの危機回避が出来るのか、と思いませんか?でも多くの魚は、獲物に食いつくと獲物を振り回して弱らせてから飲み込みます。まん丸に膨れてしまうと、食いつきにくいし振り回しにくくなります。膨れることは、捕食回避に実際役立っているようです。また、岩場の隙間などに逃げ込んだとき、捕食者に引きずりだされるのを防ぐ、という利点もあります。フグはこのまん丸に膨れるという技のために、内臓を守る肋骨を退化させました。肋骨があると膨れることは出来ないからです。
そしてその代わり、皮膚を強靭に、そして筋肉を固い強化ゴムのように繊維質にして、内臓をガードするようになりました。フグの肉は魚としては極めて固く弾力があり、厚みがあると噛み切れないため、てっさ(フグの刺身)はあの皿が透けて見える薄作りの刺身となったというわけです。
とぼけた顔つきやぽっちゃりした体型から、どことなくのんびりした印象を受けるフグ。でも実際はかなり獰猛で危険な魚です。
ふぐの歯はアジやタイに見られるようにとがった小さな歯がずらっと並んでいるのとは異なり、カッターの刃のような板状の歯「板歯」が上顎、下顎にそれぞれ2枚ずつ、計4枚の強力なクチバシ状の吻となっていて、その切れ味は恐ろしいもの。サザエの固い殻もバキバキと噛み砕いてしまうほどですから、指などかまれれば大変な大怪我になります。またテリトリー争いも激しく、養殖の場合は喧嘩によって傷つくことを避けるために「歯切り」を行います。なんだかちょっとかわいそうですね。観賞魚、ペットとしてフグを飼育する場合も、殺し合いをさけるために単独飼育が推奨されています。
そして何よりフグが危険なのは、猛毒「テトロドトキシン」をもつのはご存知のとおり。フグの猛毒は古くから知られていましたが、その毒の正体が解明され、フグの学名Tetradontidaeからtetrodotoxinと名づけられたのは20世紀に入ってから。さらにその分子構造が完全に決定されたのは、1970年のこと。
さらに、このフグの肝臓と卵巣に主に蓄積されるテトロドドキシンが、フグ自身の体内で生成されるものではなく、ビブリオ属、シュードモナス属などの海洋細菌の中で生成され、石灰藻などの植物に取り込まれ、食物連鎖を通じてフグに濃縮されて蓄積されていることもつきとめられました。ヒョウモンダコやツムギハゼ、スベスベマンジュウ、またボウシュウボラなどの貝もテトロドトキシンを保有しています。
フグはこのテトロドトキシンを、危機に際しては皮膚から放出して、捕食の危機から回避するために使っていること、また、卵巣にテトロドトキシンが蓄積されることから、産み落とした卵塊を食べられないようにガードしているとも言われています。
ただし、テトロドトキシンの毒については未だにわかっていないことが多いのです。養殖のフグは海洋の餌からテトロドトキシンを摂取することがないため無毒なのですが、養殖のフグの中に有毒の天然のフグを入れると、養殖フグが有毒になるという現象も存在し、フグの体内構造の中でテトロドドキシンがどのように作用し、個体同士でどう移動するのか、まだまだ未解明なのです。
日本では縄文時代の遺跡からもフグの骨が見つかっていて、古代人が食べていたらしいことがわかっていますが、未熟な調理方法でどう中毒にならずに食べていたのかもまったくわかっていませんし、石川県の郷土料理である「ふぐの子」、つまり猛毒である卵巣を使ったフグの卵巣の糠漬けは、長期間ぬか漬けにすることで毒性を消し去っていますが、いかなる仕組みによって無毒化されるか、謎のままです。
つい最近の2017年、イギリスのBBCのドキュメンタリーがイルカの集団の奇妙な行動を収め、話題となりました。イルカたちは一匹の小さなフグを食べるでもなく追い回し、風船のように膨らんで逃げ惑うフグをつついたりくわえたりして延々と遊んでいます。あげくに目を半ば閉じてうっとりとしだしたのです。これは、フグを弄んで、海水に希釈されたフグが分泌するテトロドトキシンを吸入し、まるで麻薬を楽しむように快楽に浸っていると推測されています。麻痺成分のあるテトロドトキシンは鎮痛薬としても使われるため、微量であれば高等生物には一種の快楽をもたらすようなのです。
日本では以前からフグ食による中毒があとを絶たず、ここ数年は死者こそ出ていないものの、毎年20人以上の急性中毒患者を出しています。これは素人による不適切な調理で毒性のある部位を取り除ききれなかったため、という説明がされがちですが事実は違います。フグなべは以前からわずかに肝や卵巣を入れ、それによって食べたときにピリピリとする刺激、麻痺作用を楽しむ「食通」がいるのです。イルカがうっとりとしたように、フグ毒は禁断の味覚として、食べるものを魅了してきたのです。かつて昭和50(1975年)年、人間国宝の歌舞伎役者八代目坂東三津五郎は、フグの肝を四人前平らげたあと急性中毒になり死亡しました。プロの板前による提供でしたが、せがむ三津五郎に板前が折れての事故でした。
秋に毒キノコを食べて中毒死する事故も毎年起きますがこれも同じ。知識がなかったり間違って、というよりは、毒キノコと知ってあえて食べての中毒死が実は多いのです。
フグの毒は季節や個体により毒性の強さに差があるため、「これくらいなら」という油断で命を落としかねません。言うまでもないことですが、決して毒のある部位を口にしないように、安全に冬の味覚「ふぐ」を楽しみましょう。
協同組合下関ふく連盟