暮れの街にしみる人情噺 ─ 文七元結（ぶんしちもっとい）

ちょっと気が早いようですが、2018年も終わりに近づいてきました。

街中を歩くと、コートやマフラー姿の人がせわしなく行き来し、これから日を追うごとに道路も混雑し始めます。そんな街を歩くだけで、不思議と気持ちも気ぜわしくなってきますが、今回は、暮れの街を舞台にした三遊亭円朝作の人情噺（にんじょうばなし）をご紹介しましょう。

博打に負けて、すってんてん ─ 左官の長兵衛

冷たい風が吹きすさぶ暮れのある日、本所の達磨横丁に住む左官の長兵衛は、今日も今日とて博打ですってんてんに負けてしまい、はんてん一枚というみっともない格好で長屋に帰ってきました。

長屋の我が家に入ると、おかみさんが泣いています。聞くと、娘のお久が昨日からいなくなったと言うのです。

夫婦で心配していると、そこに職人として出入りをしている吉原の大きな女郎屋「佐野槌（さのづち）」から使いが来て、お久はお店に来ているという知らせが……。

長兵衛が「佐野槌」に行ってみると、「佐野槌」の女将さんは、お久が「吉原にみずから身を売って、お金を工面したい。ついては父に博打をやめるように意見してくれ」と頼みに来たというではありませんか。

娘のおかげで「佐野槌」から50両を貸してもらうことができた長兵衛は、今度こそ博打からきれいさっぱり足を洗うと約束します。女将さんは来年の大晦日（おおみそか）までに返せば、お久を女郎屋の店には出さないという約束もしてくれました。

吉原の遊郭は、こんな感じでした

長兵衛、50両を与えて文七を助ける

ところが、その帰り道、吾妻橋を通りかかると一人の若者が身を投げようとしています。

橋の欄干から体を引き離して話を聞くと、若者は鼈甲（べっこう）問屋近江屋の奉公人・文七です。

悲痛な表情を浮かべる文七いはく、「水戸様のお屋敷から回収した売掛金50両をすられてしまった、主人に申し訳がないから身を投げておわびしよう」と言うのです。

長兵衛は「帰って主人におわびをしろ、死ぬなんてやめろ」と説得しますが、文七は聞き入れません。

そこで長兵衛は「しようがない……」と、お久がこしらえてくれた50両を文七に投げつけるようにして与えて、その場から去ってしまいました。

身を投げるのをやめた文七は、店に帰ってその50両を主人に差し出しますが、実はすでに50両は店にあったのです。文七が碁に夢中になってしまったゆえ、回収したお金は先方に忘れただけだったのです。早とちりの文七は、てっきりすられてしまったと勘違いしてしまったのでした。

奉公人・文七が身投げしようとしていた現在の吾妻橋

登場人物の多い難しい演目・文七元結（ぶんしちもっとい）

翌朝、近江屋主人と文七は長兵衛の長屋を探しあて、50両を返しにお礼に赴きます。

事情を知った長兵衛は「いったん人に与えたものは受け取れない」という強情（見栄）を張りますが、やっと受け取ったところで、祝の盃を交わします。

それに加えて、娘のお久の姿もそこにありました。近江屋主人が吉原から身請け（お金を払って吉原から連れ帰ること）してくれたのでした。

親子三人は手を取って喜びあいます。

これが縁で文七とお久は夫婦になって麹町に元結（もっとい）屋を開きます。元結はまげの根元を束ねる短い紐のこと。江戸時代では必需品でした。

── 登場人物の多い難しい演目で、また長兵衛が50両という大金を見ず知らずの若者に与えるなど、不自然な部分も多いのですが、暮れの落語会にはよくかけられる噺でもあります。歌舞伎の演目にもなっており、これも暮れにはよく演じられます。

寒い季節だからこそ無私の人情が身にしみる噺です。みなさんも気ぜわしい暮れの中でも人情を忘れず、温かい心持ちでお過ごしくださいね。