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鎖国が終わり、江戸に入ると西洋の文化も日本に入ってくるようになります。クリスマスの文化が日本に広まり始めたのは明治時代の終わりごろのこと。銀座の明治屋が、日本で初めてクリスマスイルミネーションを行ったといわれています。あわせてクリスマスセールも行うようになったそう。
ですが当時は、現代のようにおもちゃやアクセサリーといった楽しいプレゼントという意味合いとは少し違ったものでした。キリスト教派の福祉団体である「救世軍」が、貧しい人々を助けるためプレゼントを大々的に渡すという壮大なプロジェクトが行われたのです。なんと、このとき救世軍がプレゼントを手渡した人数は約3万人! 救世軍の本気度が伝わる驚きの数ですね。このとき渡していたプレゼントの中身は果物やパン、おもちゃなどだったそうです。
この大プロジェクトをきっかけに、一般の家庭にもクリスマスプレゼントの習慣が広がっていきますが、プレゼントの定番のひとつになぜか「歯みがき粉」が含まれていたのだとか……。これはメーカーが歯みがき粉を売り出すために仕掛けたものでしたが、今の時代、歯みがき粉をプレゼントされたら「えっ? 歯を磨けってこと?」と困惑すること人も多そうですね(笑)。
すっかりクリスマスプレゼントの習慣が根づいた大正時代。1919(大正2)年には、帝国ホテルがクリスマスパーティーを主催しました。こちらは富裕層の楽しみだったことでしょうが、クリスマスパーティーという発想が生まれたのもこの時代でした。
さらに、一般の家庭でもクリスマスプレゼントの文化はすんなりと受け入れらていきます。日本の年末の贈り物といえば「お歳暮」。お歳暮の習慣と相まって、この時期にプレゼントをするということに抵抗がなかったことも文化として広まった要因のようです。大正に入ると、いよいよプレゼントもクリスマスらしさを感じさせるものが増えてきました。
・クリスマスの飾りつけをした家のモチーフ
・サンタクロースの人形
・チョコレート
・文房具
さらに大正らしさを感じるものとしては「タイプライター玩具」も、人気のプレゼントのひとつだったようです。今では見かけませんが、当時は貴重なものだったことでしょう。
戦後、高度成長期に入る1960年代になると、再びクリスマスにまつわる市場も活気を取り戻します。ブーツをかたどった袋にお菓子が詰め込まれた「クリスマスブーツ」が登場したのはこのころだといいます。これは包装に気を遣う日本ならではの発想だそうです。
また、子どもに向けたクリスマスプレゼントは、やはり「おもちゃ」ですね。おもちゃは昭和に入り定着したもののひとつなのです。歴史は意外と浅いのですね。
そして、おもちゃは昭和から平成にかけて日々進化していますから、そのときの流行や子どもの好みでプレゼントの傾向が大きく異なります。
ちなみにファミコンが登場したのは1983(昭和58)年、ゲームボーイが登場したのは1989(平成元)年のこと。ゲームがクリスマスプレゼントの中心になっていたのも思い出されますね。
── さう、もうすぐクリスマス。みなさんは誰にどんなプレゼントを贈りますか? いつの時代であっても、その人に喜ばれるプレゼントを選びたいものですね!