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この時期やはり目をひくのは紅葉でしょう。赤や黄に染まった里山の景色は日本の秋の美しさそのもの。ふるくから歌にも詠まれてきました。でも駅までの道や街の中を見まわしてみてください。黄色や紫に白、と色とりどりの小さな花が咲いていることに気づかされます。そんな中でもこれから目立つのは山茶花ではないでしょうか。童謡「たき火」にも「さざんか、さざんかの咲いた道、たき火だたき火だ、落ち葉焚き」と歌われている山茶花は、葉の緑色をしっかりと保った中に赤や白、黄と鮮やかな花をつけて、寒さが迫るこの季節に私たちを楽しませてくれます。今は気軽にたき火はできなくなりましたが、山茶花の垣根をみるとふと口ずさんでみたくなる歌です。
山茶花の霜や産月に辿り着く 森澄雄
山茶花のくれなゐひとに訪われずに 橋本多佳子
寒い中に誕生する命の明るさ、寂しいひとり住まいに明るさを添える花の色と、作者の心情を山茶花の花に託して心に響く句だなぁと感じます。
鳥というと、この季節はやはり越冬のために飛んでいく鳥を思います。群をなして飛ぶ姿が大空に広がると力強い生命力に見とれてしまうものです。冬になるとひときわ美しく色づくのが鴛鴦の雄です。緑、藍、紫、橙にと夏の地味さとはうって変わって色鮮やかな羽になるのは繁殖期だからです。いつも雄と雌が離れずに並んで泳ぐ姿からおしどり夫婦と夫婦仲の良いたとえに使われます。眠る時にも翼を交わし首もまじえての仲睦まじさは、見ているとただただほほえましいですね。
鴛鴦のいづれ思い羽思われ羽 鷹羽狩行
鴛鴦に月のひかりのかぶさり来 阿波野青畝
寒さを避けるように羽を交わす鴛鴦の姿、月の光に照らし出された雄の羽の美しさ、と寒いなかにも作句の心をかき立てるものが鴛鴦にはあるのですね。
11月、霜月の風といえばどうしても木枯らしを思い浮かべてしまいますね。冬の初めにまるで春を思わせるようなあたたかな天候に恵まれるひがあります。そう、小春日和です。こんなときの春を思わせる風を「小春風」というようです。冬へ向かっていく中で心身ともにのびのびできるこんな日はたいせつにしたいものです。
玉の如き小春日和を授かりし 松本たかし
先生と話して居れば小春かな 寺田寅彦
小春日和の貴重さが玉を授かったようだ、とその言葉遣いから伝わってきます。もう一句の先生は言わずと知れた夏目漱石ですね。高等学校から続いた二人の師弟愛。穏やかでぬくもりのある関係、安心して心を開く寅彦の信頼感が「小春」というたった二文字のことばで表されています。俳句の十七文字のマジックを感じませんか。
今年の仲秋の名月は10月4日でしたね。きれいなお月さまを見ることができたラッキーな方はいらっしゃいますか? 雲の中に隠れて輝きだけがほんのりとみえるぐらいという方もいらしたことでしょう。今日の「十三夜」はいかがでしょうか。栗や豆をお供えして「栗名月」「豆名月」ともいわれる今日のお月さま。片見月になってしまうかもしれませんが、やはりきれいなお月さまは見たいものです。
祀ることなくて澄みけり十三夜 川崎展宏
どこまでも豆名月ののぼるなり 大峯あきら
寒くなってくると空は澄んで月もよりきれいに見えてきます。無心に仰ぐ空には十三夜の月。月のまわりの静謐な空気が漂ってくるような感じがします。
今回「花鳥風月」をキーワードにいくつか俳句作品をみてきました。その中には次の句ように
山茶花に月さし遠く風の音 加藤楸邨
風雲の夜すがら月の千鳥かな 蕪村
それぞれ「花」「鳥」「風」「月」の中から三つが入ってきています。このような「花鳥風月」を組み合わせた句が大変多いことに気づきました。そこから日本人の心には「花鳥風月」が渾然一体となって、しみこんでいるのだなぁとあらためて感じたしだいです。
自然の移り変わりは大きな規則によって統べられていますが、日々の移ろいはその時限りのもの。五官を研ぎ澄ませて自然界に向き合うのは、生きることそのものかもしれません。
参考:
『俳句歳時記 秋、冬』 角川学芸出版