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まず、そのものずばり、「夏めく」「夏兆(きざ)す」という季語があります。
〈磨く匙(さじ)きらりと水に夏兆す〉山下喜子
銀色の匙を磨いていると、匙がキラリと光る、そんな瞬間をとらえた句です。「水」の語感がさわやかです。
都会では麦が風に揺れている風景を見ることはできませんが、この季節に麦が熟するため、「麦秋」という季語もあります。小津安二郎の映画のタイトルにもなっています。
〈文鎮の青錆(あおさび)そだつ麦の秋〉木下夕爾
〈麦秋や書架にあまりし文庫本〉安住敦
いずれも書斎の風景でしょう。この季節、窓際での読書は、視界の端に外の緑が写り込んで、気持ちのいいものです。
この季節の緑の美しさに注目する季語は多く、「新樹」「若葉」「葉桜」などがあります。葉桜は、ピンクとグリーンが混じりあう様子がきれいです。
〈老樹なり独樹なり又新樹なり〉相生垣瓜人
〈まざまざと夢の逃げ行く若葉哉(かな)〉寺田寅彦
〈書庫暗し若葉の窓のまぶしさに〉竹下しづの女
〈柿若葉ほどの夢をみてゐたり〉平井照敏
〈葉桜の中の無数の空さわぐ〉篠原梵
〈葉桜や夕べ必ず風さわぐ〉桂信子
食べ物に関する季語もあります。もっとも有名なのは「初鰹」でしょう。
〈目には青葉山ほととぎす初松魚(がつを)〉山口素堂
〈初鰹襲名いさぎよかりけり〉久保田万太郎
万太郎の句は歌舞伎役者の襲名を読んだ句です。かつおのさっぱりとした味わいと襲名の鮮やかさが対比されています。
この時季、新茶も出始めますね。「夏も近づく八十八夜」という唱歌がある通り、この季節につんだ今年の茶を新茶といいます。香りが新鮮です。
〈彼一語我一語新茶淹(い)れながら〉高浜虚子
筍(たけのこ)の季節でもあります。晩春から出まわり始め、5月中旬までが旬とされます。目黒は筍飯の名所でした。野菜では、蕗(ふき)もこの季節に大きく成長します。あくが強いので、手間はかかりますが、独特のほろ苦さがおいしいですね。
〈子が育つ筍飯の大盛りよ〉清水基吉
〈筍や目黒の美人ありやなし〉正岡子規
〈竹の子や児(ちご)の歯ぐきの美しき〉服部嵐雪
〈母の年越えて蕗煮るうすみどり〉細見綾子
〈切り口を揃えて蕗の煮付かな〉川崎展宏
── この季節は、ものが生まれる春に感じられた生命感が、いっそう充実して感じられる季節です。それがみずみずしさや食べ物の美味しさにつながっていきます。