四月を迎えました。桜をはじめ、春を彩る花が咲き始めています。春という季節は、美しいものを美しいと思える感性が敏感になるように思います。現在、東京都庭園美術館では、没後90年を記念して、初期から晩年までの作品を網羅した初めての回顧展「並河靖之七宝展―明治七宝の誘惑―透明な黒の感性」が開催中です。期間は4月9日まで、カウントダウンに入りました。週末は通常18時までの開館時間を20時まで延長して、庭園の桜とともに出迎えてくれます。

(詳細は下記参照)

宵闇の東京都庭園美術館・本館


並河靖之と七宝

並河靖之(1845-1927)は幕末の京都で武家に生まれ、青蓮院宮の家臣・並河家の養子となり、青蓮院宮(のちの久邇宮)に仕えながら七宝と出会いました。明治6年頃から七宝製作を始め、明治8年京都博覧会を皮切りに、評価を得ていきます。当初は、龍や鳳凰をモチーフにした中国七宝の影響が色濃いものでしたが、次第に日本的な、京都らしい雅やかな作品へと変貌を遂げていきます。その途中には、輸出を手掛けていた商社から「模様に工夫が見られない」という理由で契約解除を受けるなど、紆余曲折もあるのですが、並河はそれをバネに作風の工夫を試み、七宝の美を追求して行ったのです。


明治中期の代表作とその後

明治中期の作品に《菊唐草文細首花瓶》があります。鮮やかなトルコブルーに菊と唐草の文様が大きく全体に描かれています。この作品は年代的に新たな作風を追求し始めた頃と考えられますが、初期に比べて色彩の豊かさが印象的です。和装に例えれば、総柄小紋のような華やかさとでも言いましょうか。その後時代を追うごとに余白の使い方が変わり、絵画性が強くなっていきます。新館ギャラリー1に展示の、香炉の作品群にその傾向が顕著に見られます。金閣寺・平安神宮・修学院・平等院などの名所の風景を、季節・時間で描き分けたと思われ、あぁ、こんな景色を当時の京都人は見ていたのだな…と往時に想いを馳せることができます。香炉の作品の中で筆者のお気に入りは《波濤文香炉》(ギャルリー・グリシーヌ蔵、c1900-20)です。この作品はギャラリー2での作品説明でも登場しますが、緑と青の中間のような地の色に、青と白で波模様が描かれていて、色彩といい、波の様子といい、なんとも言葉にしがたい作品です。茶会などで季節を問わずに使えると紹介されますが、実用性と別に、見る人の心のありようによって、その波が強くも、優しくも感じるであろうと思う作品です。

並河靖之 菊唐草文細首小花瓶 並河靖之七宝記念館蔵


視線を誘う色彩の透明感

今回の展覧会では、サブタイトルにある「透明な黒の感性」も見どころです。並河の色彩は、釉薬の使い方により透明感のある黒を追求しているという特徴があります。確かに、黒地はもちろん、どの色彩も適度な透明感があり、これも和服で言えば、綸子(りんず)のような品のある光沢を感じます。その光沢を生かすべく、模様の色彩にグラデーションを付けて立体感をほどこしているため、見る者の視線が吸い寄せられるのですね。この黒地に桜を大胆に描いた花鳥の壺も、思わず、じ~っと見入ってしまいました。

並河靖之 花鳥図飾壷 清水三年坂美術館蔵


並河の右腕が描いた絵画世界

今回の展示には、並河工房の下絵もあり、作品とともに楽しむことが出来るのですが、ドレスコードにもなっている「蝶」をモチーフに描かれた「桜蝶文皿」の下絵は、見ているだけでうららかな気持ちになります。並河の右腕と呼ばれた、工場長でもある中原哲泉による下絵は、並河ブランドの特徴の一つである蝶を柔らかな色彩に描いています。蝶のモチーフを並河は早くから文様に取り入れていて、明治中期からの作品にも散見します。菊や唐草などからの脱却の想いを、蝶という幼虫から成虫へと変化を遂げる生き物に託したのではないか…そんな想いをいだきました。七宝は、長い間「工芸品」とひとくくりにされ、芸術として評価されてきませんでしたが、並河靖之没後90年を記念したこの回顧展を機に、七宝の芸術性に出会ってほしい。素直にそう感じています。尚、東京都庭園美術館は、この展覧会の後エレベーター設置工事のため休館に入ります。アール・デコがお好みの方も、この機会にぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。館の内外で春を感じられることと思います。

並河工房七宝下図 「桜花蝶文皿」 並河靖之七宝記念館蔵

情報提供元: tenki.jpサプリ
記事名:「 四月・花の月~「並河靖之七宝展」京の雅に酔う