1. 概要
 東京都立大学 理学研究科物理学専攻の水口佳一准教授らの研究グループは、遷移金属元素(Tr)とジルコニウム(Zr)を構成元素とする新しい高エントロピー合金型(HEA型)の超伝導体Co0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2を開発しました。HEAの概念は、新しい合金や化合物材料の開発において注目を集めている新概念であり、本研究は新しいHEA型超伝導体を開発する今後の研究の指針となります。
 本研究は、超伝導体データベース(NIMSデータベースSuperCon)による情報収集により、超伝導体であるCuAl2構造を持つTrZr2(Tr:遷移金属)に着目し、Trサイトを5種類の異なるTr元素で固溶させることで、TrサイトをHEA化し、HEA型超伝導体を設計しました。Trサイトは、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)を含み、Co0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2は転移温度が8 K(ケルビン)の超伝導体であることがわかりました。今後、今回得られた物質開発指針に基づき、既存の超伝導体を参考にした新たなHEA型超伝導体の開発が期待されます。

2. 研究成果のポイント
□新しい高エントロピー合金型(HEA型)超伝導体の開発が求められていた
□新しいHEA型超伝導体Co0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2を開発し、その転移温度がHEA型超伝導体の中では高い8 Kであることを確認
□既存の超伝導体データベースを利用した新たな超伝導体開発が可能に

3. 研究の背景と経緯
 超伝導(1)は1911年に発見された量子現象であり、様々な金属、合金(2)、金属間化合物(3)、層状化合物(4)などの超伝導体が発見されてきました。1986年に銅酸化物系の高温超伝導体(5)が発見されて以降、より高い転移温度(Tc)の実現を目指した新超伝導体の開発競争の舞台は、複雑な結晶構造を持つ層状化合物にシフトしていました。そんな中、2014年に高エントロピー合金(HEA)(6)の超伝導体が発見されました。HEAは単純な結晶構造を有しますが、5種類以上の異種金属が均等に近い比率で固溶した特殊な合金であり、構造材料や耐熱材料、生体医療材料などの分野で近年盛んに研究がおこなわれています。Ta-Nb-Hf-Zr-TiからなるHEAをはじめとした様々なHEA超伝導体が報告され、さらにHEA超伝導体が200万気圧の超高圧下でも超伝導状態を維持することが報じられ、HEAは超伝導体探索の新たな舞台となりました。
 一方で、HEAの結晶構造は単純であるため、新物質開発には限界があります。そこで、水口准教授らは化合物中の特定の原子サイト(7)をHEA化した、「HEA型化合物」の概念を2018年から提唱し、層状超伝導体の一種であるBiS2系超伝導体(8)や、銅酸化物系高温超伝導体、NaCl型の金属テルライドのHEA化を進めてきました。その中で、化合物中へのHEAサイト導入が超伝導特性に及ぼす影響は、その化合物が持つ結晶構造の複雑さや次元性に依存していることを見出しました。
 本研究は、新しいHEA型超伝導体の開発を目的としました。データベース等を利用し、既存の超伝導体を参考にすることで、HEA化が可能な結晶構造を探索し、HEA型超伝導体を合成しました。なお、この研究開発は、東京都都市人材外交高度研究(H31-1)の助成を受けて行いました。

4. 研究の内容
 本研究は、超伝導体データベース(NIMSデータベースSuperCon)および論文から超伝導体に関する情報を収集し、研究対象とする結晶構造を選定しました。TrZr2はTrサイトに遷移金属(9)を中心としたSc、Fe、Co、Ni、Cu、Ga、Rh、Pd、Ta、Irを含む超伝導体が報告されており、特にTrがCo、Rh、Irの場合はTcが5.5 K、11.3 K、7.5 Kと比較的高いことがわかりました。そこで、Co、Rh、Irに加え、NiとCuを含むCo0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2の合成を試みました。Co、Ni、Cu、Rh、Ir、Zrの純金属をアーク溶解(10)することでCo0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2多結晶試料を合成しました。合成した試料の結晶構造と組成を粉末X線回折装置およびX線蛍光分析装置により同定しました。超伝導特性は電気抵抗率、磁化率、比熱の測定から評価しました。
 粉末X線回折の結果から、Co0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2は正方晶系のCuAl2型構造を持つことが確認されました。元素分析の結果から、合成時の仕込み組成と非常に近い多結晶試料が得られたことを確認しました。図1に示す通り、Trサイトに5種類の遷移金属が固溶しており、HEA型サイトととらえられます。図2に示す(a)電気抵抗率(磁場中)および(b)電子比熱の温度依存性の評価から、Co0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2がTc ~ 8 Kの超伝導体であることを確認しました。観測されたTcは、HEA型超伝導体の中では高く、Trサイトの元素選択により、さらなる転移温度の上昇が期待できます。

5. 今後の展開
 本研究で得られた成果は、新しいHEA型超伝導体の開発指針を示しています。既存の超伝導体に関する情報(データベースや論文)の中から、多元素を固溶させられる可能性の高い超伝導体を抽出し、特定の結晶サイトをHEA化することで新しいHEA型超伝導体を開発できます。様々な結晶構造や構成元素を含むHEA型超伝導体を開発できれば、HEA効果により超伝導体の特性を飛躍的に上昇させるための道筋が見えてくると期待しています。

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図1. 開発したHEA型TrZr2超伝導体(Co0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2)の結晶構造図.

 
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202012218940-O1-nnev5iX7
図2. Co0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2の超伝導特性.(a) 磁場中電気抵抗率測定における超伝導転移.(b) 電子比熱における超伝導転移.

【用語解説】
(1) 超伝導
 特定の金属を低温に冷却するとある温度(超伝導転移温度:Tc)以下で電気抵抗が消失します。この現象を超伝導と呼び、超伝導転移を示す物質を超伝導体と呼びます。
(2) 合金
 金属を固溶させた(同一の結晶サイトを異種金属で占有させた)金属を合金と呼びます。一般的な合金は、主となる金属に微量の異種金属を固溶させ、合金化します。
(3) 金属間化合物
 異種金属を反応させたときに、それぞれの金属元素が異なるサイトを占有する場合がある。そのような化合物を金属間化合物とよび、単一サイトからなる合金より複雑な結晶構造をとります。本研究対象のTrZr2も金属間化合物の一種です。
(4) 層状化合物
 一般的に金属間化合物より複雑な構造を持ち、シート状の化合物層が積層した結晶構造を持つ化合物を層状化合物と呼びます。
(5) 高温超伝導体
 超伝導は一般的に低温で起こる現象ですが、銅酸化物系のように液体窒素温度以上で超伝導転移を示すような物質も一部存在し、高温超伝導体と呼ばれています。
(6) 高エントロピー合金(HEA)
 5種以上の異種金属元素からなり、それぞれの元素の占有率が5-35%の範囲にある特殊な合金です。高い混合エントロピーを有し、高性能材料として主に合金研究分野にて研究が進められています。
(7) 原子サイト
 結晶中の原子は特定の位置を占有しており、その位置を原子サイト(サイト)と呼びます。
(8) BiS2系超伝導体
 銅酸化物系と同様の層状超伝導体で、水口准教授らが2012年に発見しました。
(9) 遷移金属
 周期表で第3族元素から第11族元素の間に存在する金属元素の総称です。
(10) アーク溶解
 アルゴン雰囲気中のチャンバー内で電極間にアークを生じさせ、金属や合金を溶融する合成手法です。

【論文情報】
令和2年12月21日
Taylor &Francis Group刊行の英文誌「Materials Research Letters」(オンライン版)に掲載。
“Superconductivity in CuAl2-type Co0.2Ni0.1Cu0.1Rh0.3Ir0.3Zr2 with a high-entropy-alloy transition metal site”
Y. Mizuguchi, Md. Riad Kasem, T. D. Matsuda
Mater. Res. Lett.
Manuscript DOI:10.1080/21663831.2020.1860147

理学研究科物理学専攻 水口 佳一准教授

情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 新しい高エントロピー合金型超伝導体を開発