概要


実行機能の評価に使用した課題の一例


場面別の活動と課題成績の関連性


座位行動と睡眠時間を減らして低強度の身体活動を増やした時に予想される課題成績の変化

公益財団法人 明治安田厚生事業団(本部:東京都新宿区、理事長:中熊 一仁)は、高齢者の24時間の行動と、認知機能の関連性を検討しました。その結果、1日に占める身体活動の中で、ゆっくりした歩行や家事などの低強度の活動時間が多い高齢者ほど、目的に向かって自分の行動や思考を制御する「実行機能」を評価する課題のスコアが高いことがわかりました。さらに統計学的予測により、1日あたり30分の座位行動や睡眠時間を低強度身体活動に置き換えることで、スコアが5-10%程度向上すると試算されました。

この研究の成果は、神経科学系の国際学術雑誌「Frontiers in Human Neuroscience」で公開されました。

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/345642/LL_img_345642_1.jpg
概要

【ポイント】
●活動量の実測データに基づき高齢者の1日の行動と認知機能の一つである実行機能※1 の関連性を検討しました。
●24時間に占める低強度の身体活動※2 の時間が多い高齢者ほど実行機能スコアが高いことがわかりました。
●統計学的予測※3 により、1日あたりの座位行動や睡眠時間を30分減らして、低強度の身体活動に充てることで実行機能スコアが5-10%程度向上すると試算されました。


【背景】
実行機能は高齢期に自立した生活を営む上で重要な役割を果たしますが、加齢に伴い低下しやすい機能です。これまでの研究から、身体活動(運動や家事など体を動かす全ての活動)で実行機能を維持・改善できることがわかってきました。一方、1日は24時間と有限であり、身体活動(例:運動)の時間を増やすには、別のある行動(例:TV視聴や睡眠)の時間を同じだけ減らす必要があります。しかし、従来の研究では、こうした有限性と相互依存性が十分に考慮されてきませんでした。そのため、高齢者が実行機能を良好に保つには、「24時間のどのような行動を減らして、代わりにどのような身体活動を増やすと良いのか」がわかっていません。
そこで、本研究ではこうした依存関係を統計手法で適切に対処したうえで、高齢者の身体活動と実行機能の関連性を調べました。


【対象と方法】
本研究は健常高齢者76名を対象にした横断研究です。参加者の24時間の行動を評価するために、活動量計※4 を用いて身体活動と座位行動の時間を測定し、調査票を用いて睡眠時間を評価しました。
実行機能評価のため、参加者はパソコンでストループ課題、Nバック課題、タスクスイッチング課題を行いました。これらの課題により、抑制機能※5 、ワーキングメモリ※6 、認知的柔軟性※7 といった実行機能の要素を評価しました。そして、組成データ解析と呼ばれる統計手法により、1日の行動時間が持つ相互依存性を考慮したうえで、身体活動と各課題成績の関連性を調べました。

画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/345642/LL_img_345642_2.jpg
実行機能の評価に使用した課題の一例

【結果】
分析の結果、1日に占める低強度の身体活動の時間が長いほど、抑制機能を評価するストループ課題の成績が高いことがわかりました。また、統計学的予測により、座位行動や睡眠時間を1日30分減らして、低強度の身体活動に充てることでストループ課題成績が5-10%程度高くなることが試算されました。一方、運動やスポーツといった比較的強度が高い活動(中高強度の身体活動)と実行機能の間に、統計的に有意な関連性は確認されませんでした。また、ワーキングメモリや認知的柔軟性を評価する課題の成績は、いずれの強度の身体活動とも明確な関連性が確認されませんでした。

画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/345642/LL_img_345642_3.jpg
場面別の活動と課題成績の関連性

画像4: https://www.atpress.ne.jp/releases/345642/LL_img_345642_4.jpg
座位行動と睡眠時間を減らして低強度の身体活動を増やした時に予想される課題成績の変化

【まとめ】
本研究では、世界で初めて1日の行動時間の特性を考慮したうえで、高齢者の身体活動と実行機能の関連性を調べました。そして高齢者の抑制機能の維持・向上には、座位行動や睡眠の時間を見直し、低強度の身体活動をたくさん行うことが効果的である可能性を確認しました。低強度の身体活動は運動やスポーツよりも体への負担や心理的な負担感も少なく、日常の様々な場面で実践可能です。本研究成果は、高齢期の実行機能を適切に管理するための、実践・継続しやすいプログラムの開発に寄与すると考えられます。
本研究では身体活動と実行機能の因果関係は明らかになっていないため、今後の研究による更なる検討が期待されます。また統計学的予測の結果も、個人が行動変容した際に同じ結果が得られるとは限らないことに注意が必要です。


【発表論文】
掲載誌 : Frontiers in Human Neuroscience
タイトル: Association between intensity or accumulating pattern of
physical activity and executive function in
community-dwelling older adults: a cross-sectional study
with compositional data analysis
著者 : Kazuki Hyodo, Naruki Kitano, Aiko Ueno, Daisuke Yamaguchi,
Yuya Watanabe, Takayuki Noda, Sumiyo Nishida,
Yuko Kai, Takashi Arao
DOI番号: https://doi.org/10.3389/fnhum.2022.1018087


【用語解説】
※1. 実行機能:目的に向かって自分の行動や思考を制御する能力。例えば、料理を作る際に何を作るか決め、必要な具材を買い、効率的な手順で同時並行的に調理する場合などに必要な能力です。
※2. 低強度の身体活動:1.6-2.9METsまでの強度の身体活動。ゆっくり歩行や家事などが含まれます。
※3. 統計学的な予測:集団の座位行動/睡眠時間の平均値を1日30分減らして、代わりに低強度の身体活動時間を30分増やした場合に、実行機能の課題成績がどのように変化するかを予測しています。よって、この結果を個人に当てはめることはできません。
※4. 活動量計:3軸加速度計センサーを搭載し、日々の身体活動や座位行動を詳細に評価することができる機器。
※5. 抑制機能:ある刺激に対して優位に起こる不適切な反応(行動)を抑制して、適切な反応(行動)をおこなう能力。例えば、横断歩道を渡るときに信号が赤になっていることに気付き、瞬時に止まる場合などに必要な能力です。
※6. ワーキングメモリ:頭の中に情報を一時的に保存しながら情報を処理する能力。会話や暗算などに必要な能力です。
※7. 認知的柔軟性:変化する状況の中で、柔軟に思考を切り替えて行動する能力。例えば運転中に交通状況を見て適切に状況判断する際などに必要な能力です。


【利益相反】
著者には開示すべき利益相反はありません。


【財源情報】
本研究はJSPS科研費(19K20138)および健康体力づくり事業財団の助成を受けて行なわれました。記して深謝します。
情報提供元: @Press