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9月3日より、テレビ朝日系列にて、仮面ライダーシリーズの最新作『仮面ライダービルド』が始まりました。主人公の桐生戦兎は天才物理学者にして仮面ライダー。しかし、彼はここ1年間より以前の記憶を失っています。
物語としては興味をそそる設定ですが、それって現実にあり得ることなのでしょうか? 「アリエナイ理科」シリーズでおなじみの亜留間次郎氏に解説していただきました!
記憶喪失は、現実にもある精神病の1つです。その概要は以下のとおり。
ちなみに、我々が記憶喪失というときにイメージする「私は誰? ここはどこ?」という状態は「全般性健忘」といいます。これまでのすべての記憶を失っているんですね。『仮面ライダービルド』の第1話では、桐生戦兎がカフェのマスターである石動惣一に発見されたとき、まさに「ここは? 俺は誰だ?」と言っていたので、この全般性健忘にあたるでしょう。これ以外に、部分的に記憶をなくす症状として「限局性健忘」「選択的健忘」「持続性健忘」「系統的健忘」があります。
記憶喪失は、どうやって起きるのでしょうか? フィクションの世界では、頭を殴られるなどの外傷によって記憶喪失になったりしますが、これは現実でありえません。もちろん、逆に、殴るなどの外傷を与えることで記憶が戻ることもありません。
現実において、記憶喪失の原因は100%心因性です。簡単に言えば「自分が受け入れられない黒歴史を消したい人」が記憶喪失になります。そのため、記憶喪失になっている間は負の要素がゼロなので明るいけど、記憶を取り戻すと鬱になってしまうことが多く、治療した後の経過観察が重要だったりします。
『仮面ライダービルド』の第1話では、同様に人体実験を受けた万丈龍我はその詳細を覚えているのに対し、桐生戦兎は断片的に思い出せるだけの状態。もしかしたら、桐生戦兎はそこから逃げ出す際に何か重大なことが起きて、記憶を失ったのかもしれません。
ちなみに、敵であるスマッシュは、倒されると怪人であった期間の記憶がなくなるようです。これはちょっと謎技術っぽいですが、人体実験によって解離性同一性障害(いわゆる「多重人格」)を起こして怪人の人格が生まれ、倒されるとその人格が消滅する、とかなら説明がつくかもしれません。
全般性健忘になると、もといた場所から逃げ出す場合が少なくありません(医学用語で「解離性遁走(dissociative fugue)」という)。黒歴史をリセットしたいのに、記憶を思い出すトリガーとなるものが周囲にあるのは都合が悪いからでしょうか。解離性遁走では身分証明書など自分の名前や経歴がわかるものも捨ててしまうため、手がかりになるものを何も持っていないことが多いようです。その結果、「ここはどこ? 私はだれ?」となるんですね。第1話を観たかぎりでは、桐生戦兎もこの状態にあてはまるように見えます。
記憶喪失の治療は、基本的に医者に任せるしかありません。素人が無理に治そうとすると、解離性障害のあらゆる症状を起こして壊れてしまうので非常に危険。記憶探しの旅をするなど、現実ではもってのほかです。強いショックを与えると治るというのもフィクションなので、決して真似をしないでください。桐生戦兎が記憶を取り戻したときに正気でいられるのか、ちょっと心配です。
現実の治療法としては、主に「麻酔面接(アミタール面接)」が行われています。催眠鎮静剤のアミタール(薬価名アモバルビタール)を注射することで意識の覚醒水準を低下させ、心的緊張・防衛機制・抵抗感を弱め、記憶の想起や感情の解放を促す治療法です。
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と、現実世界での記憶喪失はこんな感じなのですが、『仮面ライダービルド』は謎の技術が存在する世界観です。どのような理由付けのもとに描かれていくのか、楽しみにしたいところですね!
※本記事は書籍『アリエナイ理科式世界征服マニュアル』から一部抜粋し、加筆修正を加えたものです。本書では、映画やマンガなどのフィクションで描かれる「“悪の組織”による世界征服」が現実社会で可能なのかを大真面目に検討しています。支配者になる前に知っておきたい知識が満載!