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自分にとって良い映画を作る唯一の方法は身近なものについて作ることだ、と本作のマイク・ミルズ監督は語る。
『人生はビギナーズ』では父との関係を、『20センチュリー・ウーマン』では母との関係を題材に丁寧で親しみのこもった映画を撮ってきたミルズ監督。
そんな監督の最新作は、子供との関係に焦点を当てた愛しさと爽やかさに溢れるドラマだ。
子供の扱いに苦労する体験の中で自分自身にも向き合い人生を前に進めようとする男ジョニー(ホアキン・フェニックス)と、9歳の男の子ジェシー(ウッディ・ノーマン)とのやり取りがモノクロ映像で描かれる。
この作品、監督自身が息子をお風呂に入れている時に思いついたとのことだが、映画の中で主人公ジョニーには子供はおらず、彼が向き合うことになる子供とは妹の息子、つまり甥っ子だ。
ジョニーは妹に頼まれて一定期間ジェシーと暮らすことになるが、自分には子供もいないため決して子供の扱いに長けているわけではなく、案の定、好奇心旺盛なジェシーの言動に振り回されることになる。
ラジオジャーナリストのジョニーが疎遠になっていた妹に電話するのは、出張先のデトロイトだ。
彼がその後訪問する妹家族が暮らす自宅があるのはロサンゼルス。
そこから彼がジェシーを連れて戻るのは自身が一人暮らしをしているニューヨークだ。
そしてジョニーがジェシーを同伴させて訪れる新しい出張先がニューオリンズ。
ヴィム・ベンダースの名作ロードムービー『都会のアリス』にインスパイアされたことも認めるミルズ監督は、映画の舞台としてこれら4つの都市を用意し、ジョニーがジェシーとの関係性を変化させていく過程をさりげないリアリティと優しい眼差しで描いていく。
甥っ子との新鮮で刺激的な共同生活を通して、ジョニー自身が家族との関係を見つめ直し、やがて子供たちの未来に対する大人の責任やあり方というスケールの大きなテーマに物語が広がりを見せていく流れが素晴らしい。
ホアキン・フェニックス演じる等身大で優しい叔父さんは、彼にオスカーを授けた『ジョーカー』とは対極の好感度と共感力に溢れていて、決していいことばかり続くわけではない人生でもこの手で改めて抱きしめたくなるような気持ちにさせてくれる。
この映画のそんなポジティブな魅力をさらに高めているのが、甥っ子ジェシー役の新星ウッディ・ノーマンだ。
大人のジョニーに対しても全く悪びれずに物を言い行動しては困らせる子供のわがままをしっかり表現しつつも、そのキャラクターは全く憎めない。
一方で少年時代の多感な性格と繊細な一面を自然に演じ分けていて、観ている大人の自分もハラハラしたり一緒に嬉しくなったり悲しくなったりと、良い意味で完全に心を支配されてしまい、ジョニーと一緒に振り回されてしまった。
その美男子っぷりと大人顔負けの堂に入った演技はポスト・ティモシー・シャラメのような魅力に輝いている。
彼の存在と魅力があるからこそ、観客の多くがこの映画の物語を他人事ではなく自分の家族内での経験や現状に引きつけて心打たれ、また映画自体が普遍的なテーマに到達できているような気がした。
『都会のアリス』だけでなく、『ペーパー・ムーン』『グロリア』など、擬似親子を描いた感動作はジャンルを問わずいろいろと制作されてきた。
そんな中でも本作は、特異な設定や大胆な展開で目を引くのではなく、ともすれば淡々と過ぎ去っていく日常に埋もれてしまいがちな「かけがえのない瞬間」に目を向けた控え目でドキュメンタリータッチの作品だ。
それでいていつまでも心に残るような深い感動を呼び起こすのは、この映画が切り取る日常の全てが決して特別な人だけが手にするものではないからかもしれない。
家族の一人として生まれてきたこの世界の多くの人なら誰しも理解・共感できる普遍的な関係性やすれ違い、後悔、不安、喜びといった情緒。
映画はそれらを丁寧にすくい上げ、あえてモノクロの映像美のフィルターを通すことにより、教えてくれる。
何気ない日常や家族の関係性が何よりも特別であるということを。
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